会計には、財務会計、税務会計、管理会計の3種類があります。財務会計とは「株主や金融機関などの利害関係者に会社の状況を説明するための会計」、税務会計とは「法人税や住民税などを申告・納税するための会計」、管理会計とは「経営者が会社の状況を知って意思決定するための会計」といったところです。

ビジネスでよく聞く「損益分岐点」とは、管理会計で用いられる最もポピュラーな項目の1つです。英語では「Break-even Point」と訳され、文字通り、「利益を出すために必要な売上高」ということになります。裏を返せば、「いくら売れば利益が出るのか」ということであり、経営者にとっては、足元の状況を確認するときや、将来の経営計画を立てるときに重要な指標となります。

経営者の興味は損益分岐点の計算方法を暗記することではなく、いかに損益分岐点を下げるかにあるでしょう。つまり、どのようにして効率的に利益を上げていくかということです。これを検討するには、やはり損益分岐点の構造を知る必要があります。その上で、目標利益に応じて必要な売上高を計算するなど、より実践的な使い方をしていくことが大切です。

1 損益分岐点=固定費/限界利益率

タイトルでも示している通り、損益分岐点は「固定費/限界利益率」で求めることができます。とにかく、この基本を覚えてください。この公式を覚えたら、これらが何を意味しているのか、具体的に確認していきましょう。

1)費用を「固定費」と「変動費」に分ける

損益分岐点とは、売上と費用が収支トントンになるポイントです。ここでいう費用の内容は、財務会計でいうところの売上原価や販売費及び一般管理費(以下「販管費」)をイメージすればよいのですが、区分の仕方が違います。財務会計では、売上に直接的に関係するものを売上原価、売上を上げるための活動に関係するものを販管費に区分します。

しかし、損益分岐点を求める際は、費用を「固定費」と「変動費」に分けます。固定費と変動費の考え方はとてもシンプルです。固定費とは、販売数量などにかかわらず一定額が発生する費用であり、減価償却費や建物の賃借料などが該当します。変動費とは、販売数量などに比例して増加する費用であり、仕入原価や材料費などが該当します。固定費と変動費のイメージは次の通りです。

固定費と変動費のイメージを示した画像です

固定費は販売数量などにかかわらず常に一定額なので、真横の線になります。変動費は販売数量などに比例して増加するので、右肩上がりの線になります。そして固定費と変動費の合計額が費用総額となります。

2)「限界利益」と「変動費率」を求める

先に損益分岐点のイメージを確認しておきましょう。上の図表【固定費と変動費のイメージ】に売上高の線を加えると次のようになります。売上高と費用総額の線が交差するポイントが損益分岐点になります。そして、売上高が損益分岐点を超えると利益が生まれます。この利益は、財務会計の営業利益と考えればよいでしょう(売上原価と販管費は、固定費か変動費として認識しているためです)。

損益分岐点売上高のイメージを示した画像です

では、「限界利益」と「変動費率」を確認しましょう。限界利益とは、売上高から変動費を引いたものです。具体的には、次のように限界利益を計算します。

限界利益=売上高-変動費

変動費は販売数量などに応じて変動するものですから、売上が増えるときも減るときも一緒についてくるイメージです。基本的には限界利益を超える利益を出すことはできず、限界利益は会社に残る利益の源泉といえます。つまり、限界利益で固定費を賄えれば利益が出るということであり、限界利益と固定費が同じになるポイントが損益分岐点です。

さて、計算の話に戻りましょう。限界利益が分かれば、「限界利益率」も理解しやすくなります。限界利益率とは、売上に占める限界利益の割合です。具体的には、次のように限界利益率を計算します。

限界利益率=限界利益/売上高

限界利益率が高ければ(変動費率が低ければ)、損益分岐点は低くなる傾向となります(固定費の状況にもよります)。そして、固定費を限界利益率で割ることで、どれだけの限界利益率ならば固定費を賄うことができるかが分かります。これが損益分岐点です。具体的には、次のように損益分岐点を計算します。

損益分岐点=固定費/限界利益率

なお、損益分岐点の計算式としては、次のものを見かけることが多いかもしれませんが、意味する内容は同じであることを理解いただけると思います。「(1-(変動費/売上高))」の部分が表しているのは、限界利益率のことなのです。

損益分岐点=固定費/(1-(変動費/売上高))

2 損益分岐点を計算してみよう

1)本当にもうかっているのかな?

次のように判断することが、結構多くありませんか。しかし、「40万円の黒字」というのは本当なのでしょうか?

「よし、2000個を完売! 仕入原価が160万円(800円×2000個)で、売上は200万円(1000円×2000個)なので、40万円の黒字だ!」

実は、上の説明だけでは40万円の黒字と判断することはできません。仕入原価は変動費であり、売上高から変動費を引いたものが限界利益です。そのため、「40万円の限界利益」あるいは「限界利益率は20%」という説明は正しくても、「40万円の黒字」と判断するのは早計です。

なぜなら、損益分岐点を求める際は固定費も考えなければなりません。例えば、製造機械の減価償却費や、建物の賃借料などが固定費となります。この固定費を限界利益で賄えているかどうかが重要です。仮に「固定費が50万円」だったらどうでしょうか。40万円の黒字どころか、10万円の赤字に転落してしまいます。計算式は次のようにシンプルです。

200万円(売上高)-160万円(変動費)-50万円(固定費)=-10万円

2)いくら売ればよい?

では、このようなケースでは、いくら売れば利益が出るのでしょうか?

これを求めるのが損益分岐点です。損益分岐点の求め方はこれまで紹介した通り、「損益分岐点=固定費/限界利益率」となります。具体的には、次のように損益分岐点を計算します。

損益分岐点=50万円/20%=250万円

参考として、よく見る計算式も紹介しておきましょう。この2つの計算式は同じことを示しています。

損益分岐点=50万円/(1-80%)=250万円

3 損益分岐点を下げる

ここまでの内容で、損益分岐点やそれに関連した数値の求め方についてご紹介しましたが、冒頭で触れた通り、 経営者の興味は損益分岐点を下げることです。実際のビジネス上では、より多くの利益を上げる、つまり損益分岐点を下げるために、硬軟織り交ぜた戦略が取られますが、その効果を感覚的に検証するだけでは十分ではありません。損益分岐点の考え方を加え、定量的に捉えるようにしましょう。以下で2つの例を紹介します。

1)目標利益を達成する売上高の求め方

ビジネスプランを練る際、「夢のあるトップライン(売上高)から決める!」という人がいます。悪いことではないものの、利益についても考慮しないと、目標売上は達成しているのに、利益が出ていないということになりかねません。そこで、目標利益をきちんと設定し、それを達成する売上高を求める必要があります。具体的には、次のように目標利益を達成する売上高を計算します。

目標利益達成売上高=(固定費+目標利益)/限界利益率

仮に、「固定費は400万円」「目標利益は500万円」「限界利益率は30%(変動費率:70%)」といった場合、次のように目標利益を達成する売上高を計算します。

目標利益達成売上高=(400万円+500万円)/30%=3000万円

さて、上の例では500万円の目標利益を達成するためには、3000万円の売上が必要ということになります。単純にいえば、利益を上げる方法は売上高を上げるか、費用を抑えるかの2通りしかないわけです。仮に、費用を抑える施策を打つとしましょう。仕入先を変えて変動費率を10%削減できれば、変動費率の裏返しである限界利益率は10%向上します。その結果、目標利益を達成する売上高は次のようになります。

目標利益達成売上高=(400万円+500万円)/40%=2250万円

2)広告と値下げ、どちらが効果的か?

損益分岐点を下げる、つまり売上高を上げるか、費用を抑えるかの方法について、今度は売上高を上げる施策を取った別の事例を見てみましょう。売上高を上げるために広告を打つか、それとも値下げをするか。ビジネスでよくあることです。どちらの施策が効果的なのかを検証してみましょう。

ここで販売するのは「商品A」です。この商品Aの過去の販売実績は次の通りです。

  • 単価:1000円
  • 販売数量:1万個
  • 売上高:1000万円
  • 変動費:600万円
  • 固定費:350万円

商品Aの販売数量を30%伸ばすために、次の2つのプランを検討しています。どちらが効果的だと思いますか?

  • プラン1:広告戦略。100万円で広告を打つ
  • プラン2:値下げ戦略。販売単価を10%引き下げる

この前提条件で考えた場合の結果は次の通りです。

損益分岐点売上高のプランです

プラン1:広告戦略の利益は70万円、プラン2:値下げ戦略の利益は40万円なので、このケースではプラン1:広告戦略が効果的という結果になります。ただし、状況によって結果は大きく変わるので注意が必要です。図表3の【参考_値下げ戦略】の欄を見てください。仮に商品Aの価格弾力性が高く、値下げによって販売数量が45%伸びると予想すれば、利益は85万円となります。

4 固定費と変動費をどう分ける?

損益分岐点を求める際の基本である固定費と変動費について、現場において最も迷う点について触れておきます。それは、費用を固定費と変動費のどちらに区別するかということです。

例えば、「広告宣伝費は、固定費か、変動費か」と聞かれたら、迷う人もいるのではないでしょうか。利用する広告媒体などによって違いますが、原則として、広告宣伝費は売上高の金額に比例して増加しないので、固定費に分類します。

それぞれの費用を厳密に分類するのは難しく、時間もかかります。少し大ざっぱでもよいので、経理・会計上の勘定科目に基づいて、次の方針に従って分類するとよいでしょう。その上で、不都合が生じれば、実情に応じて見直しましょう。

  • 仕入原価、材料費、外注費のように、明らかに変動するものは変動費とする
  • その他の費用は、全て固定費とする
  • 水道光熱費のように発生場所が明らかなものは、その場所(区分)の費用とする

5 損益分岐点を用いた主な財務指標

1)損益分岐点比率

損益分岐点比率とは、実際の売上高に占める損益分岐点売上高の割合で、企業がどれだけの売上減少に耐えられるかが把握できます。この比率が低ければ低いほど良く、一般的に80%以下であるのが望ましいとされています。具体的には、次のように損益分岐点比率を計算します。

損益分岐点比率=損益分岐点売上高/実際の売上高

2)安全余裕率

安全余裕率とは、実際の売上高に占める、実際の売上高と損益分岐点売上高の差額の割合で、企業の経営状況にどの程度余裕があるのかが把握できます。この比率は高ければ高いほど良く、一般的に20%以上であるのが望ましいとされています。具体的には、次のように安全余裕率を計算します。

安全余裕率=(実際の売上高-損益分岐点売上高)/実際の売上高×100

6 損益分岐点の活用方法

1)価格設定の最適化

損益分岐点を計算することで、取り扱う商品やサービスに対して最適な価格を設定する助けになります。思うように商品が売れなかったり、集客がうまくいかない状況が続いたりすると、安易に価格を下げすぎてしまったり、割引セールなどの施策に走ってしまったりしがちです。そういった場合でも損益分岐点を押さえておくことで、利益とのバランスを考慮した価格設定を意識することができます。

2)売上目標の設定

損益分岐点を分析することで、売上目標の設定にも役立ちます。分析結果を基に、事業として目指すべき売上高を定量的に定めることができます。これによって、営業活動やマーケティング戦略を具体的かつ効果的に策定するための指標として利用でき、また貴重な経営資源も効率よく配分することが可能になります。

3)リスク管理の強化

損益分岐点を把握することで、市場の変動や経済状況の悪化に対するリスク管理を強化できます。例えば、市場が予想よりも縮小した場合に、どれだけの売上が減少するか、またそれによってどの程度利益に影響が出るかを事前に把握することができます。こういった情報は、不測の事態に備える上での貴重なデータとなり、将来的にも持続可能な成長を支える基盤となります。

7 損益分岐点の分析におけるAIの活用事例

ここまでの解説で、損益分岐点の分析が、いかに企業の健全性や効率的な経営戦略を把握するために重要かということが理解できたのではないでしょうか。近年では人工知能(AI)の進化により、こういった売上関連の分析手法も革新的な変化を遂げています。最後に、身近なAIの活用事例をいくつかご紹介しておきたいと思います。

1)ダイナミックプライシング

ダイナミックプライシングとは、需要と供給のバランスに合わせて価格設定を変動させるシステムのことです。これまで商品やサービスの価格設定は、この記事でもご紹介したように、損益分岐点などの分析結果や経営者の経験に基づいた判断などによって決定されてきました。そのため、どうしても属人化に対する費用や時間の面で、価格設定の変更には大きな負担が伴っていました。

ところがAIの活用により状況は一変、より高度で複雑な価格設定が即座に反映できるようになりました。飛行機や新幹線のチケット、ホテル・旅館などの宿泊料金などは、このダイナミックプライシングのシステムの身近な導入事例として、なじみがあるのではないでしょうか。

2)ECプラットフォームでもAI機能が活躍

近年、ShopifyなどのECプラットフォームでも、AIによる技術が積極的に導入されています。これによりオンラインストアの運営がさらに効率化されるだけでなく、売上データの分析にも大きな影響を与えており、販売戦略や価格設定の最適化などにも活かされています。

以上(2024年5月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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