書いてあること
- 主な読者:役員退職慰労金を使って自社株式の評価を引き下げたい経営者
- 課題:税務上、適正な役員退職慰労金の決め方や自社株の評価方法が分からない
- 解決策:役員退職慰労金の損金算入時期をきちんと把握し、純資産価額方式で評価する
1 役員退職慰労金と純資産価額方式で評価を下げる
株式の評価額は評価方式によって大きく変わります。そのため、株式を高額で譲渡したい場合と低額で譲渡したい場合とで評価方法を自由に選択できたら便利です。しかし、実際はそうはいかず、相続税法において「取引相場のない株式」は、「純資産価額方式」や「類似業種比準方式」などによって評価することになっています。
本稿でご提案するのは、役員退職慰労金(以下「役員退職金」)を支払うタイミングで、前述の純資産価額方式を採用することで自社株式の評価を下げる方法です。例えば、事業承継(代替わり)では、現在の経営者の退任と、新しい経営者の就任があります。現在の経営者には役員退職金が支払われる一方、新しい経営者には基本的に“安く”会社を渡したいものです。このようなときに検討する方法です。具体的には、役員退職金を内部留保から支払って純資産を減らし、(純資産価額方式で評価すると)自社株式の評価を下げるということです。
2 さまざまな面から検討しなければならない
1)純資産価額方式とは
純資産価額方式は、企業の純資産に着目した企業価値の評価する方法であり、算出方法は次の通りです(財産評価基本通達185)。評価差額は資産の含み益ですが、これに37%を乗じて評価差額に対する法人税等に相当する金額を算出します(財産評価基本通達186-2)。
一般的に、純資産価額方式は他に比べて株式の評価額を引き下げる手段が少ないと考えられますが、役員退職金の支払いを利用すれば大丈夫な場合もあります。内部留保から役員退職金を支払えば、その分だけ純資産は減少します。純資産価額方式で算定される株式評価額を引き下げられるというわけです。
2)基本的に役員退職金は損金になる
役員退職金を内部留保から支払って純資産を減らし、純資産価額方式で評価すると、自社株式の評価が下がるという方法ですが、役員退職金が税務上の損金になるかどうかも同時に考えなければなりません。純資産価額方式で評価額を下げたとしても、法人税等の納税が多額に発生してしまう可能性があるからです。
この点、役員退職金は、債務(支払い)が確定した日の属する事業年度の損金となります。役員退職金の支払いによる当期利益の大幅な減少を避けるため、毎期、有税で積み立てている場合は、役員退職金支給時に引当金と相殺し、引当金取崩額を損金計上することになります。具体的な取り扱いは法人税基本通達で定められています。
【法人税基本通達9-2-28(役員に対する退職給与の損金算入の時期)】
退職した役員に対する退職給与の額の損金算入の時期は、株主総会の決議等によりその額が具体的に確定した日の属する事業年度とする。ただし、法人がその退職給与の額を支払った日の属する事業年度においてその支払った額につき損金経理をした場合には、これを認める。
損金になるか否かは重要なポイントなので、以降でもう少し説明します。
3)期中に退職した場合、支払いが確定したときに損金となる
役員が期中に退職した場合、内規により未払い計上することはできます。しかし、債務は確定していないので損金にはなりません。株主総会の決議や取締役会の決議で、役員退職金が具体的に確定した事業年度に損金計上するのが原則です。ただし、役員退職金の額が確定していても、会社の資金繰りの都合上、支払われない場合は、実際に支払った事業年度に損金計上することも認められています。
4)役員退職金を分割支給する場合、支給するべきときに損金となる
中小企業ではオーナー経営者や同族の役員が多く、役員在任期間が長くなりがちです。仮に在任1年当たりに換算した役員退職金が少額でも、在任期間が長期にわたると役員退職金は高額になります。このような場合、役員退職金を分割して支給することもあります。
税務上、役員退職金を分割支給する場合、支給するべきときに損金計上できます。株主総会の決議等による確定前に役員退職金の総額を費用で処理したとしても、未支給分は損金に算入できません。仮に、役員退職金5000万円を2分割支給(年間2500万円ずつ支給)する場合の税務上の取り扱いは、次のいずれかとなります。
- 株主総会の決議等により、金額の確定した日の属する事業年度において一括して損金計上する。未払いの役員退職金分は未払い計上となる
- 分割支給する日の属する事業年度ごと、2年間にわたって損金計上する
役員退職金を長期間で分割支給すると、支給額を恣意的に操作することで会社の利益を減少させるなどして課税を逃れることができます。これを防ぐため、役員退職金の分割支給は、資金繰りの悪化などの合理的な理由が求められるといわれています。また、長期間の分割支給は、退職年金支給と指摘される可能性もありますので、注意が必要です。
3 役員退職金による自社株式の評価引き下げは可能?
自社株式の評価が「ゼロ」であれば、譲渡であれ贈与であれ、原則課税はありません。例えば、創業者が後継者となる子供に自社株式を譲渡するとしましょう。その際、会社は創業者役員に多額な役員退職金を支払います。その金額が、貸借対照表上の純資産の部の合計に土地などの含み益または含み損を加減算した金額を上回った場合、創業者役員に役員退職金としてこの金額を支払った段階で、純資産価額方式で株式を評価すると、自社株式の評価は「ゼロ」となります。
会社は多額の役員退職金を支払うことになりますが、役員退職金規程が整備されていれば支払いの根拠ができます。また、退任役員への退職慰労金贈呈が株主総会の決議により承認されていれば、会社法上の問題はありません。
一方、会社が過大な役員退職金を支払った場合、法人税法上、役員退職金の損金計上が否認されるケースがあります。ただし、役員退職金が「不相当に高額であるか否か」の判定は企業規模や役員の在任期間などから税務署が下すため、会社では支払った役員退職金が「不相当に高額であるか否か」の判断をしにくいのが実情です。通達などで明らかにされていない事項もあります。税務署の判断と会社の税務上の処理が異なるリスクを低減するために、税理士などの専門家に相談しましょう。
以上(2021年2月)
(監修 税理士法人アイ・タックス 税理士 山田誠一朗)
pj30069
画像:pexels