書いてあること
- 主な読者:「ほめる」のが苦手、「ほめ下手」なリーダー(経営者・部下を持つ上司)
- 課題:叱られた経験がほとんどない、若手社員との良好な関係を築くために「ほめ下手」を解消したい
- 解決策:本連載を通じて「ほめる」ことができるリーダーへと進化できる。今回は、なぜ「ほめる」ことが必要なのかを解説
1 ダメ出しの達人から「ほめる達人」へ
「働き方改革」が叫ばれて久しい現在、長時間労働や休日出勤が横行している企業は減ってきていると思います。ところが、就業時間を短くし、お休みもしっかり与えているのに、「離職する社員が減らない。特に若手の離職が止まらない……」という悩みを抱えるリーダーは多いようです。
どうすれば社員が辞めずに、やる気を高めて仕事に取り組んでくれるのかと悩む中で、「ほめる」ことが課題解決につながるのではと考えて、我々、一般社団法人 日本ほめる達人協会(以下「ほめ達」協会)に研修を依頼する企業の担当の方が、引きも切らずいらっしゃいます。
私は、今でこそ「ほめ達」協会を設立して活動していますが、もともとはダメ出しの達人でした。転機となったのが、家業のホテル経営で人材定着に悩んでいたところ、ダメ出しの逆、「ほめて、認めて、アドバイスして」というやり方に変えた途端、驚くほど社員が成長し、辞めなくなり、ホテルの業績も上がる経験をしたことでした。
「ほめる」ことで、なぜこれほどの成果が上がるのか。不思議で仕方なかった私は、12年前から「ほめる」効果についての研究を始めました。すると、脳科学、コーチング、カウンセリング、NLP(神経言語プログラミング)、ファシリテーション、心理学、TA(交流分析)などと関連づけて、「ほめる」効果を説明することができました。それらの理論を体系立てて、誰もが、すぐに、再現性を持って実践できるように整理したものが、「ほめ達」研修なのです。今回の連載では、「ほめ達」研修の内容の中から、重要なポイントをえりすぐってご紹介してまいります。
2 「ほめる」ことで、アドバイスを受け止められるようになる
今どきの若手社員は、親や大人から叱られた経験がほとんどない人が多いのです。叱られることに慣れていないため、社会に出て、ちょっと注意されただけで、「非難された、中傷された、パワハラだ」と感じます。成長のために必要な、ストレス耐性が弱いのです。ストレス耐性とは、周りからのフィードバックをアドバイスとして受け止め、それを成長のバネに変える力です。言い換えると、若手社員はアドバイスというボールを受け取る構えができていない、手が体の後ろに回っている状態です。その状態で、リーダーがいきなりボールを投げると、若手社員はうまくボールをキャッチできずに、体や顔に当ててしまい、「痛い!」という反応を示します。
ですから、リーダーは一手間かけて、まず若手社員が受け止めたくなるようなボールを投げることで、手を体の前に出させ、受け止める準備をさせることが必要なのです。そして、この構えを作らせるために、まず相手に投げる緩いボール、これが「ほめる」という行為なのです。
例えば、「君は、こういうところ頑張っているよね」「この部分が成長したよね」「会社に対して、このような貢献をしてくれているよね」と伝えた上で、「あと、惜しいところは……」と続ける必要があります。ほめて、認めて、アドバイス。この順番が大切です。「いやぁ、面倒臭い時代になったなぁ……」とお嘆きの方もいらっしゃるかもしれませんが、今の時代には必要なことです。
そして、「ほめる」ことは若手社員の離職防止にとどまりません。「ほめる」ことを正しく理解して、実践していくと、職場での人間関係がうまくいくだけでなく、夫婦関係、親子関係(子育て)など、身近な人との関係性が改善したという声が「ほめ達」研修の受講生から寄せられています。
3 「ありがとう」の反対は
ここで、私たち「ほめ達」協会が、「ほめる」をどのように定義しているかを説明させていただきます。
私たちが定義する「ほめる」とは「価値を発見して伝える」ことです。おだてたり、おべんちゃらを使ったり、相手の心地いいことだけを伝えたりということではありません。
そして、「価値を発見して伝える」対象は、「人・モノ・出来事」です。「人・モノ・出来事」の「価値を発見して伝える」ことができるようになると、ビジネスパーソンとしての能力、スキルが一気に上がります。今回の連載では、このスキルのうち、特に「人」に関わる部分についてお伝えしていきます。
まず、価値を発見するということにおいて、最初に知っていただきたいことがあります。それは、「ありがとう」の反対は何か? ということです。考えたことはあるでしょうか。
「ありがとう」の反対は、「当たり前」です。家族がいて、当たり前。家族は自分の世話をしてくれて、当たり前。自分や家族は健康で、当たり前。仕事はあって、当たり前。社員は出社してきて、当たり前。予算は達成されて、当たり前。
そう、当たり前だと思った瞬間に感謝はなくなり、価値を感じられなくなるのです。当たり前だと、ついつい思ってしまうことに意識を向けて、言葉や感謝を伝える。これも「ほめる」の本質の一つであり、重要なポイントの一つです。
4 「心の報酬」が必要な時代
「働き方改革」では解決されない課題、それを解決するのが「働きがいの創造」です。これからのリーダーには、この「働きがいの創造」という能力が求められます。では、そのためには何が必要か、その答えが「心の報酬」です。お金ではない報酬、出世や肩書ではない報酬、それが「心の報酬」であり、「ほめる」ことと深く結び付いています。
「心の報酬」には、大きく二つのものがあります。一つは「成長の実感」、もう一つが「貢献の実感」です。まず「成長の実感」ですが、今ときの若手社員は、成長の実感を求めながら、それを得られないという状況に苦しんでいます。なぜ、成長の実感を求めるのか、それはそのように育ってきたからです。今の若い人は、「ゲーム世代」で、物心ついたときからゲームをして育ってきました。そして、ゲームとは、つまるところ「成長を実感させることで時間やお金を消費させるもの」だといえます。成長して、レベルが上がって、倒せなかった敵を倒せるようになる、使えなかった道具が使えるようになる、行けなかった町に行けるようになる。成長することで自分の世界が広がる。ところが、実社会では、そのような実感を得ることがほとんどない。ですから、「成長実感の演出」というものも「心の報酬」を考える上では重要になってきます。
そして、二つ目が「貢献の実感」です。東日本大震災以降、特に若い人の貢献欲求が高まっているようです。仕事はそこそこなのだけれども、休みの日にボランティアですごく活躍している、実際には活動まではしていないけれども、誰かの役に立つ仕事がしたいと考えている人が非常に多いのです。しかし、よく考えてみると、本業においても、誰の役にも立たない仕事などありません。リーダーが自分たちの仕事の再定義をして、自分たちの仕事の意義を説き、自分たちの仕事と顧客や社会とのつながりを伝えることができれば、若手社員の貢献欲求も満たされていくはずです。
そして、実はこの「成長の実感」と「貢献の実感」の二つよりも、もっと手軽で価値の高い「心の報酬」があります。私たちの周りにもうすでにありながら、なかなか光が当たっていないものです。次回は、このすぐに使えて、効果が高い「心の報酬」を取り上げます。次回以降は、より実践的な内容になりますので、ぜひお楽しみに。
※「心の報酬」について、もっと詳細にお知りになりたい方は、拙書最新刊『リーダー必読!「ほめ達」の極意 やる気を引き出す「心の報酬」』(PHP研究所)も併せてお読みください。
以上(2020年2月)
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画像:photo-ac