書いてあること
- 主な読者:賃金引き下げなど、いわゆる「労働条件の不利益変更」を検討している経営者
- 課題:労働協約の変更手続きの流れが分からない
- 解決策:労働組合が組織され、労働協約を交わしている場合は、労働協約の変更によって労働条件を変更する。非組合員の労働条件を変更するには就業規則の変更も必要
1 労働組合がある会社が労働条件を変更する方法
会社の経営状況や働き方の変化などを理由に、労働条件を引き下げることを「労働条件の不利益変更」といいます。労働条件を変える場合、
労働組合がある会社なら、原則として「労働協約」の変更が必要
です。また、変更の際は
- 労働組合との団体交渉などを、正しい手続きで進めること
- 労働組合との交渉に失敗した場合の対応など、必要なポイントを押さえること
が大切です。以降で確認していきましょう。
2 労働協約とは?
労働協約とは、会社と労働組合が交わす書面の協定で、作成は任意です。労働協約に記載する事項は、労働条件(賃金、労働時間など)、組合活動(組合専従者、組合費の給与天引きなど)、団体交渉(交渉担当者、交渉手続きなど)などです。
労働協約の効力が及ぶ範囲は、
- 原則:組合員のみ
- 例外:労働組合が事業場(本社、支店など)の4分の3以上の社員で組織されている場合、組合員と非組合員
です。
労働条件は、労働協約、就業規則、労働契約のいずれかによって決まりますが、これらには、
「労働協約>就業規則>労働契約」という力関係
があります。そのため、就業規則や労働契約を変更しても、組合員には労働協約の労働条件が引き続き適用されます。つまり、
労働協約のある会社が組合員の労働条件を変える場合、まず労働協約を変更する必要
があるわけです。
なお、労働組合の組織率は減少傾向にあります。会社に労働組合がないようであれば、就業規則や労働契約の変更によって労働条件の不利益変更を行います。
3 労働協約による不利益変更の流れ
1)労働組合に対し、団体交渉を申し入れる
労働協約は、会社と労働組合の約束事なので、両者が合意しないと内容を変更できません。合意するには、労働組合と「団体交渉」をする必要があるので、まずは会社がその申し入れをします。申し入れの方法は労働協約などで定めます。例えば、「所定の書面を開催要望日時の○労働日前までに提出する」といった具合です。
申し入れの際は、労働条件の不利益変更を行う理由を明確にします。賃金引き下げを行う場合であれば、「業績が悪化している中で、全社員の雇用を維持するため」などが考えられます。
2)労働条件の不利益変更を行うことについて、会社と労働組合が合意する
労働組合との団体交渉を通して、労働条件の不利益変更を行うことについての合意を得ます。例えば、賃金引き下げを行う場合、団体交渉では次のような点がポイントになります。
- 賃金引き下げの必要性を裏付ける資料があるか(会社の収益・支出、人件費の推移など)
- 賃金引き下げの方向性は明確か(基本給を引き下げるのか手当の一部を廃止するのか、具体的にいくら引き下げるのかなど)
- 賃金引き下げの内容は合理的か(例えば、社員の基本給は引き下げるが、経営者や役員の役員報酬は引き下げないというのは合理的と言いにくい)
団体交渉は1回で決着がつくとは限りません。例えば、賃金を引き下げることについては合意できても、その方法や引き下げ金額について反対意見が出ることなどがあります。そうした場合、ある程度労働組合の意見を尊重するなどして、妥協点を見つけていくことも必要です。
なお、団体交渉を繰り返しても、会社と労働組合が合意できない場合の対応については、第4章をご参照ください。
3)新しい労働協約を作成・締結し、組合員の労働条件を変更する
会社と労働組合が合意した場合、変更箇所や有効期間を確認しながら新しい労働協約を作成します。会社と労働組合それぞれの署名または記名押印があれば有効で、就業規則と違い、所轄労働基準監督署への届け出は不要です。なお、労働協約に決まった書式はありません。
4)就業規則または労働契約を変更し、非組合員の労働条件を変更する
労働協約を変更しても、基本的に非組合員には効力が及びません(事業場の4分の3以上の社員で組織されている労働組合を除く)。そのため、非組合員については、
- 原則:就業規則を変更
- 例外:就業規則と異なる労働条件で労働契約を交わしている場合、労働契約を変更
することによって、労働条件の不利益変更を行います。また、
労働協約や就業規則に定めのない労働条件を変える場合については、労働契約を変更
する必要があります(契約期間、契約の更新基準(有期の場合)、就業場所など)。
4 労働協約による不利益変更のポイント
1)労働組合との交渉に失敗した場合は、労働協約の解約を検討する
団体交渉を繰り返しても会社と労働組合が合意できない場合、労働協約の解約を検討するのも1つの方法です。具体的には、
- 労働協約に有効期間(最長3年)の定めがある場合、期間満了の際に解約
- 有効期間の定めがない場合、90日以上前に予告した上で解約(予告は、署名または記名押印した文書で行う)
します。
労働協約を解約した場合、労働条件の不利益変更は、就業規則または労働契約を変更して行います。
2)労働協約解約後の規律
労働協約が失効した後の措置について別段の合意がない場合、協約の効力は消滅しますが、新たな労働契約が成立したり、就業規則の合理的改訂がなされたりすれば、これらによって規律されることになります。
以上(2024年2月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 渡邉和也)
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