書いてあること
- 主な読者:“労務の勘所”が分からず、判断に迷うことが多い新任管理職
- 課題:労務管理は幅広く、1つ1つを学んでいる時間はない
- 解決策:トラブルになりがちな「残業」「年次有給休暇」「労働災害」「ハラスメント」の4つの基本を押さえる
1 申請がなくても残業になる
1)Aさんの場合
Aさんが勤める会社の就業時間は9時~18時です。ある日、Aさんは私用で定時退社するため、朝礼で「今日、残業する人は17時までに申請するように」と部下に伝えました。17時になっても残業申請はなく、Aさんは定時で退社しました。
翌日Aさんが出社すると、顔をしかめた社長がAさんに話し掛けてきました。
社長:昨夜、Aさんの部下が遅くまで残って仕事をしていたぞ。君が残業を命じたの?
Aさん:いいえ、私は命じていませんし、部下からの申請も受けていません。部下が勝手に残業したのですね。困ったものだ……。
社長:確かに困った部下だ。しかし、君も「困ったものだ」で済ませてはダメだよ。残業申請がなくても労働時間に当たるケースがあるのだから。
2)業務量が多過ぎる場合や残業を黙認している場合は、労働時間に当たる恐れがある
「残業」とは、一般的に、
労働基準法(以下「労基法」)の法定労働時間を超える労働のことで、「時間外労働」と定義されているもの
です。法定労働時間とは、労基法で定められている労働時間の上限のことで、原則として1日8時間、週40時間(休憩時間を除く)です。
会社は本来、この法定労働時間を超えて社員を働かせることはできないのですが、
通称「36(さぶろく)協定」と呼ばれる労使協定の締結・届け出をすることで、36協定に定めた時間数の範囲内で、社員に残業を命じられる
ようになります。実際は、社員が手書きの申請書や勤怠管理システムで残業申請を行い、管理職が内容を確認して残業を命じる(承認する)のが一般的です。
ここまでを聞いて、「社員から残業申請がなく、管理職も残業を命じていなければ残業(労働時間)にならないのでは?」と思った人がいるかもしれませんが、それは誤りです。実は、
残業しないと終わらない量の業務を与えたり、社員が残業をしていることを知りながら放置したりすると、明確に残業を命じていなくても、命じたものとみなされる
というルールがあるのです。これを「黙示の指示」といいます。
3)未申請の残業がまかり通らないよう、管理職から社員に働き掛ける
社員が管理職に黙って残業をするようでは、過重労働を助長しかねません。特にリモートワークでは、社員の状況が分かりにくくなります。もし「残業申請が形骸化し、未申請の残業がまかり通っている」のであれば、いま一度、残業申請を徹底しなければなりません。
また、「自分の業務が滞っていることを管理職に知られたくない」ので残業申請をしない社員もいます。こうした社員には、管理職が定期的に業務の進捗を確認し、「今日は◯時間残業してくれ」「今日は定時で上がってくれ」などと指示をするとよいでしょう。
2 年次有給休暇は社員が求める時季に与えるのが基本
1)Bさんの場合
Bさんの部下が、「今週の金曜日に年休を取得したい」と言ってきました。推しのアイドルの握手会に行くようです。Bさんが「この忙しいときに、そんな理由は認められない!」と叱ると、部下は落ち込みながら席に戻りました。
その日の昼、Bさんが休憩を取っていると社長が話し掛けてきました。
社長:アイドルの握手会に行くために年休を申請した部下を叱ったそうだね。なぜかな?
Bさん:私の部署は今が一番忙しくて、1人でも欠けると業務に支障が出ます。それなのに、アイドルだなんて……。
社長:気持ちは分かるが、年休は取得理由に関係なく与えるものだ。業務に支障が出るのなら、部下には違う対応をすべきだったね。
2)業務に支障が出る場合は、その旨を部下に伝えて年休の取得時季を変更する
年休は、入社後6カ月以上勤務し、なおかつ全労働日の8割以上出勤した社員に与えられます。
正社員の場合、年休の付与日数は次の通りです。
注意しなければならないのは、年休をどのように利用するかは社員の自由であり、
原則として取得理由によって年休取得の可否を決めることはできない
ということです。休暇申請書に休暇の取得理由を記入する欄を設けているケースでも、年休の場合は取得理由の記載は任意であり「私用のため」といった程度で有効です。なお、「私用のため」などの抽象的な理由が記載されていた場合に、上司が部下に有給取得の具体的な理由を口頭で尋ねることは、場合によってはハラスメントに該当し得るので注意が必要です。
また、原則として、社員は申請した時季に年休を取得できます。ただし、例外として、
社員が申請した時季に年休を与えると会社の事業運営に支障が出る場合に限り、年休の取得時季を変更することができる
というルールがあります。これを「時季変更権の行使」といいます。
3)時季変更権の行使は慎重に判断し、確実に年休を取得させる
過去の裁判では、「1人の欠務者も許容できないほど員数の余裕がなかったわけではない」ことなどから、時季変更権の行使が無効となった例もあるため注意が必要です(横手郵便局事件 秋田地裁昭和61年1月31日判決)。
また、会社は
年10日以上の年休が付与される社員(正社員など)について、年5日の年休を時季を指定して取得させる義務
があります。会社の方針などを確認しながら、「1日単位の年休に比べて取得がしやすい半日単位の年休の取得を勧める」「年度初めなどに各社員に年休を取得する日を決めさせる」など、年休の取得が滞らないよう注意しましょう。
3 通勤途中のけがでも労災になるとは限らない
1)Cさんの場合
Cさんの部下が顔に絆創膏(ばんそうこう)を貼っていました。理由を聞くと、昨日、会社から帰宅する途中に転倒したとのこと。「労災になりますよね?」と部下に聞かれましたが、Cさんは確信が持てません。
周囲に労務に詳しい人がいないため、Cさんは思い切って社長に尋ねました。
Cさん:社長、私の部下が会社からの帰宅途中に軽いけがをしました。これは労災ですか?
社長:その部下がけがをした状況によるな。寄り道をせず直接自宅に帰ったのかな?
Cさん:いえ。映画館に立ち寄り、劇場内でステップにつまずいて転倒したそうです。映画館は通勤経路の途中にあるのですが……。
2)「合理的な経路の逸脱」「移動の中断」があると、労災に当たらない可能性が高い
「労災」(労働災害)とは、「業務上の事由または通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等」のことです。労災のうち、
- 業務上の事由による労災を「業務災害」
- 通勤による労災を「通勤災害」
といいます。
社員が労災に遭った場合、所定の手続きを行うと、労災保険の給付を受けられます。例えば、「療養(補償)給付たる療養の給付請求書(下記URLからダウンロード可能)」を、労災保険の治療に対応した「労災指定医療機関経由」で所轄労働基準監督署に提出すると、無料で治療や薬剤の支給を受けられます(通勤災害の場合は、一部負担金として原則200円が徴収されます)。
■厚生労働省「労災保険給付関係請求書等ダウンロード」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/rousaihoken.html
さて、帰宅途中に被災したCさんの部下の事案が、通勤災害に当たるか否かを見ていきます。まず、通勤災害が成立するのは、
「1.自宅と就業場所との間」「2.就業場所と他の就業場所との間」「3.帰省先と単身赴任先との間」のいずれかを、合理的な経路・方法で移動していて被災した場合
です。ただし、
- 合理的な経路を逸脱する(通勤上、不要な遠回りなどをする)
- 移動を中断する(通勤と関係ない行為をする)
といった場合、逸脱・中断の間とその後の移動は、原則として通勤とはみなされず、その間に被災しても通勤災害には当たりません。映画館が通勤経路上にあったとしても、映画を観るために通勤を中断しているため、労災認定されない可能性が高いです。
3)逸脱・中断があっても労災として認められる例外がある
逸脱・中断の間とその後の移動は、原則として通勤とみなされません。ただし、次のいずれかに該当する場合は、逸脱・中断の後の移動については通勤とみなされます。
- 日用品の購入等(惣菜等の購入、クリーニング店への立ち寄りなど)
- 公共職業能力開発施設での職業訓練等
- 選挙権の行使等
- 病院・診療所での診察・治療等要介護状態にある配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹、配偶者の父母の介護(継続的にまたは反復して行われるものに限る)
労災に当たるか否かの判断は複雑な面があるため、自身の判断に不安がある場合は、所轄労働基準監督署に確認するようにしたほうがよいでしょう。
4 パワハラの境界線として「業務上適正な範囲」を知る
1)Dさんの場合
Dさんとその部下は商品パンフレットの制作担当です。部下は誤字・脱字などのミスが多く、配属から1年たっても改善しません。耐えかねたDさんが「同じミスを繰り返すな!」と叱ると、部下は「一方的に怒るのはパワハラだ!」と、出ていってしまいました。
Dさんは、思い切ってこのことを社長に相談してみました。
Dさん:社長、部下の仕事ぶりを注意したら、パワハラと言われてしまいました……。
社長:業務上適正な範囲なら、本人が不満に感じてもパワハラにはならないよ。君はその部下を他の社員の前で、長時間叱ったかい?
Dさん:いえ、私の部署は私と部下の2人だけです。それに一言注意しただけです。
2)業務上必要な指導であれば、パワハラにはなりにくい
「パワハラ」(パワーハラスメント)とは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる行為です。厚生労働省では、パワハラの類型として次の「パワハラの6類型」を示しています。
- 精神的な攻撃:侮辱、暴言など精神的な攻撃を加える
- 過大な要求:遂行不可能な業務を押し付ける
- 人間関係からの切り離し:仲間外れや無視など個人を疎外する
- 個の侵害:個人のプライバシーを侵害する
- 過小な要求:本来の仕事を取り上げる
- 身体的な攻撃:蹴ったり、殴ったり、体に危害を加える
「業務の適正な範囲」とは、管理職などが、職位・職能に応じて、業務上必要な指揮監督や教育指導を行うことです。会社の商品パンフレットの品質を損なわないための指導は、管理職がその職責を果たすための行為といえます。
ただし、そのやり方(言動)には注意が必要です。例えば、
部下を指導する過程で管理職の感情がヒートアップして、「こんな仕事なら新入社員でもできる」と暴言を浴びせてしまう
といったケースです。こうした場合、管理職に悪意がなくても、その言動は「精神的な攻撃」などに該当し、パワハラとなる恐れがあります。
3)部下が萎縮し過ぎないよう、コミュニケーションにも配慮する
管理職が特に注意すべきなのは、
部下からパワハラと言われることを恐れて、本来すべき指導ができなくなってしまうこと
です。そのため、日頃から部下に対して「業務上必要があれば指導を行う」という姿勢を徹底することが大切です。
一方、管理職の「自分の指導は正しい」という思いが強過ぎると、部下は萎縮して本音を話しにくくなってしまいます。厚生労働省ウェブサイトでは、上司が部下との相互尊重を実践するためのスキルとして、
- 事実ベースで100%褒めて、一緒に喜ぶ(できたことはできたと褒める)
- 事実で叱り、解決策は情報共有(何が問題かを事実で指摘し、解決策を社内共有する)
- メンツを気にせず部下に謝る(上司がミスをした場合は、取り繕わずに謝る)
- 権限委譲する(一度部下に仕事を任せたら、途中で口出ししない)
- 逆「ホウレンソウ」する(上司が部下に対して報告や相談をする)
の5つを紹介しているので、コミュニケーションの参考にするとよいでしょう。
■厚生労働省あかるい職場応援団「言い方ひとつで変わる会話術(第5回)」■
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/manager/conversation-technique/c5
以上(2024年4月更新)
(監修 弁護士 田島直明)
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画像:unsplash