取引先X社に、自社製品を最終プレゼンする大事な日。こちらからは中堅社員のAさんの他に、部長と課長が出席しました。また先方からは、社長をはじめ役員全員が出席しました。

熱のこもったAさんのプレゼンは大成功で、最後の質疑応答の時間となりました。そのとき、Aさんのスマートフォンが鳴りました。Aさんは無視していましたが、何度も着信があるのを見かねた先方の社長が、「急ぎの用件のようなので連絡をしてきたら。一旦休憩にするから」と言ってくれました。

Aさんは、おわびをしながら会議室を出て、着信履歴を確認しました。相手は留守を任せている部下のBさんです。早速Bさんに連絡してみると、慌てた様子で報告してきました。

「大きなトラブルが発生しました……」

しかし話を聞くと大した問題ではなく、Aさんは矢継ぎ早にBさんに指示を出したのでした。

「権限委譲」で「働き方改革」が進む

多くの上司にとって、「権限委譲」は古くて新しいテーマです。権限委譲によって部下に一定の裁量権を与えることで、自主性を育て、モチベーションを高めることを目指します。「働き方改革」を進めるためには、文字通り、「決められる部下」を育成し、マネジメントの負担を軽くすることが欠かせません。そして、指示待ちではなく、ある程度、自身の判断で仕事を進める部下を育成するために、権限委譲が大事です。

また、現場の中堅社員としては、部下に権限委譲しないと定例的な仕事に忙殺され、自身が本当に取り組むべき重要な仕事がおろそかな状況に陥ってしまうのです。

基本は委譲する権限の明確化

中堅社員としては、権限委譲を通じて自主性の高いチームを作りたいところです。そのための重要な第一歩は、委譲する権限を明確にすることです。部下が、自分の任された範囲を迷うようでは、自ら判断して行動することなどできません。まずは、取引先の担当、プロジェクトの役割、予算額など、比較的分かりやすい基準に基づいて権限委譲しましょう。

この他にも権限委譲で大切なポイントが2つあるので、以降で紹介します。

1)部下に意思決定の経験を積ませる

意思決定には一定の責任が伴うため、これに慣れていないと、必要以上に責任を重く感じ、尻込みしてしまいます。そこで、小さなことでいいので、部下に意思決定の経験を積ませます。

最初から、何も責任を負いたくないという部下は問題外ですが、通常は、場数を踏んでいくことで、意思決定することへの抵抗感や恐怖心が拭われていき、決めることに慣れてきます。

2)上司は部下を信頼する

部下に権限委譲したのであれば、上司は部下を信頼し、できるだけ部下が決めたことに口を出さないようにします。もちろん、取り返しのつかない結果を招きそうな場合は、上司は部下の意思決定を改める必要があります。しかし、ささいなことにまで上司が口を出してしまうと、部下は、「結局、何でも上司が決めてしまう」とやる気を失ってしまいます。

効率の悪い進め方をしているなど、上司の目からは多少問題があるように見えても、「部下の成長のため」と見守るくらいの余裕を持ちましょう。また、口を出すのであれば、「このままだと、大きなトラブルになる恐れがある」など、明確な理由を部下に伝えることが大切です。

悪いのはBさんだけではない

以上を踏まえた上で、冒頭のAさんのケースについて考えてみましょう。

最終プレゼンの最中という切羽詰まった状況で、Aさん自身も判断に迷うところです。ただ、「Bさんの権限で意思決定すべき案件である」と考えたのであれば、短い時間で省略した指示を出すよりも、思い切ってBさんに任せるべきだったかもしれません。大した問題ではなかったので、AさんとしてもBさんに任せやすい案件だったはずです。それに、Bさんにとって、意思決定のよい経験になります。

こうした意思の疎通は、上司と部下が離れた場所にいる場合に、より難しくなります。このあたりのマネジメントをそつなくこなすことが、これからの中堅社員に求められます。

そうした意味でいうと、Aさんは、自分への連絡がとりにくくなる時間を、Bさんに明確に伝えておくべきでした。そうすれば、よほどのことでない限り、その時間にBさんが連絡をしてくることはなかったでしょう。また、万一、トラブルが生じた場合に備え、まずはチャットツールで状況を共有するなどの対応手順を決めておくことも大切です。

「権限委譲」は意味づけとセットで!

権限委譲は、部下に対する仕事の丸投げではありません。上司が部下に期待していることをきちんと伝え、自分(上司)のやり方と違ったとしても、部下が目的に向かって自走することをサポートするものです。

かつては、権限委譲は“上司の期待の証し”でした。しかし、若い世代の部下は、「なぜ、その仕事を自分が行うのか?」という理由を求める傾向にあります。“部下が仕事をする理由”を伝えることがポイントです。

Point

  • 「決められる部下」を育てるには、部下に意思決定の経験を積ませつつ、権限委譲することが大切。
  • 仕事の意味づけも忘れずに!

以上(2019年8月)

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画像:Eriko Nonaka

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