書いてあること
- 主な読者:賃上げ(定期昇給やベースアップ)をするか否か決めあぐねている経営者
- 課題:賞与や退職金への影響を回避するためにはどうすればよいのかが分からない
- 解決策:賞与・退職金制度を、基本給をベースとしない「基本給非連動型」に変更する
1 賃上げの影響範囲を把握できているか?
人手不足や物価高の影響を受け、「賃上げ」に向けた動きが活発化しています。一般的には、
- 年齢や勤続年数に対応した賃金テーブル(賃金表)や人事考課の結果に基づき、定期的(毎年1回など)に賃金を引き上げる「定期昇給」
- 賃金テーブルを書き換えて賃金水準を一斉に引き上げる「ベースアップ」
のいずれか(または両方)で賃上げを実施する会社が多いです。
経営者は「頑張っている社員に報いたい」と思って賃上げを検討しますが、人件費への影響は無視できません。例えば、
基本給をベースに賞与・退職金の支給額を決める「基本給連動型」の場合、賃上げによって基本給が上がると、賞与や退職金の支給額まで変わる可能性
があります。一度賃上げをすると、簡単には賃金を引き下げられないので、賃上げはその影響範囲を把握した上で、慎重に実施する必要があります。そこで、この記事では、
賃上げの影響を受けにくい「基本給非連動型」の賞与・退職金制度
を紹介します。
2 基本給連動型と基本給非連動型
基本給連動型では、基本給をベースに賞与や退職金を計算します。具体的には、
- 賞与の支給額=賞与支給時の基本給×支給率(支給月数や資格等級に応じた係数)
- 退職金の支給額=退職時の基本給×支給率(退職事由や勤続年数に応じた係数)
などのように計算します。基本給がベースなので、前述した通り賃上げの影響を大きく受けます。特に「能力や会社への貢献度が高い社員には、賞与や退職金を手厚くしたい」と考えている場合、注意が必要です。
例えば、ベースアップを実施する場合、全社員の基本給が一斉に引き上げられるので、
能力や会社への貢献度が低い社員であっても、ベースアップに伴い賞与や退職金の支給額が大きくなる
という問題が出てきます。定期昇給の場合は、人事考課の結果を昇給に反映することもできますが、基本給に占める年功給(年齢や勤続年数に基づく部分)の割合が大きいと、人事考課の結果を反映しにくくなります。
一方、基本給非連動型では、
会社の業績や社員の勤務成績など、基本給以外の要素をベースに支給額を計算
します。制度の内容にもよりますが、賃上げの影響を受けにくく、能力や会社への貢献度を支給額に反映しやすい面があります。この記事では、代表的な制度として「業績連動型賞与」「ポイント制退職金制度」を紹介します。
3 基本給非連動型の例その1:業績連動型賞与
業績連動型賞与では、会社の業績と社員の勤務成績をベースに賞与を計算します。計算方法はさまざまですが、例えば、賞与原資を会社の業績によって決定するという前提のもと、次のような計算式にすれば、業績や勤務成績を賞与に反映できます。
賞与の支給額=賞与原資を踏まえた基準額×社員個人の勤務成績に基づく支給率
賞与原資は、次のように会社が重視する業績指標に一定率を掛けて計算します。一般的には、営業利益や経常利益などの「利益」がよく用いられます。部門ごとに決定する例や会社の業績と部門の業績の双方を勘案する例もあります。
- 「売上高」基準(売上高、生産高など)
- 「利益」基準(営業利益、経常利益、当期純利益など)
- 「付加価値」基準(付加価値)
- 「キャッシュ・フロー」基準(営業CFなど)
- 「株主価値」基準(ROA、ROE、ROIなど)
支給率は、人事考課などの勤務成績を基に設定します。
- 人事考課(A評価なら配分率○%など)
- 資格等級(○級なら配分率○%など)
- 出勤率(週○時間勤務なら配分率○%など)
4 基本給非連動型の例その2:ポイント制退職金制度
ポイント制退職金制度では、一定のルールに基づいて社員にポイントを付与し、そのポイント累計にポイント単価と支給率を掛けて退職金を計算します。
退職金の支給額=退職時のポイント累計×ポイント単価(1ポイント当たり1万円など)×支給率(退職事由や勤続年数に応じた係数)
ポイントには次のような種類があり、一般的に複数のポイントを組み合わせて運用します。
- 勤続ポイント(勤続年数に応じて付与)
- 等級ポイント(資格等級などの格付けに応じて付与)
- 業績ポイント(会社の業績の良し悪しに応じて付与)
- 職務ポイント(個人の業務の難易度や責任に応じて付与)
- 個人ポイント(人事考課の結果などに応じて付与)
ポイントの組み合わせ次第で、例えば「等級ポイントや個人ポイントの比率を上げて、能力重視の退職金制度にする」「職務ポイントの比率を上げて、職務重視(ジョブ型)の退職金制度にする」といった運用が可能です。
支給率は、例えば「勤続5年で自己都合退職した場合は○%」など、退職事由や勤続年数に応じた係数を設定します。この辺りは、一般的な退職金制度と変わりません。
5 労働条件の不利益変更に注意
賞与・退職金制度を変更する場合、付いて回るのが「労働条件の不利益変更(労働条件を現状よりも引き下げること)」の問題です。例えば、
現状の制度であれば年齢や勤続年数などに基づいて確実にもらえる額があるのに、制度変更によってその部分の額がもらえなくなったり減額されたりする可能性がある場合
などが不利益変更に当たります。
通常、賞与や退職金のルールは就業規則(本則、賃金規程、退職金規程など)で定めますが、労働条件の不利益変更を行う場合、原則として各社員との合意が必要です。例外的に、就業規則を変更して不利益変更を行うことも可能ですが、その変更は合理的である必要があります。具体的には、次の要素に照らして合理性を判断します。
- 社員の不利益が大き過ぎないか
- 労働条件を変える必要があるか(経営上の理由など)
- 内容は適切か(変更の相当性、不利益の緩和のための経過措置、一般的な同業他社の状況など)
- 労働組合等との交渉を行っているか
- その他、就業規則の変更に当たって考慮すべき事情を見落としていないか
年齢や勤続年数などによって確実にもらえていた部分の額がもらえなくなる(または減額される)というのは、金額によっては大きな不利益となり得ます。ですから、
- 業績連動型賞与の場合、業績に関係なく支給する最低保障額を決めておく
- ポイント制退職金制度の場合、等級ポイントや職務ポイントの比率を高めにしつつも、勤続ポイントもある程度計算に含める
など不利益を小さくする措置や、段階的に制度を変更するなどの経過措置を検討しましょう。
以上(2024年3月更新)
(監修 TMI総合法律事務所 弁護士 池田絹助)
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画像:ChatGPT