書いてあること
- 主な読者:自社の退職金制度の方向性について考えている経営者
- 課題:「退職一時金と企業年金」「DBと企業型DC」、結局どの制度を選べばいいのか?
- 解決策:社員の手取りが増え、会社にとっても負担の少ない制度を選択する。税金のルール(退職所得控除、公的年金等控除など)、運用の責任・利回りなどに着目する
1 退職金をいかに魅力的な制度にするか?
大卒の社員が定年退職したときにもらえる退職金は、2012年(約1224万円)から2022年(約1092万円)にかけて、10年間で約132万円減少しています。高専・短大卒、高校卒の場合も傾向は同じで、特に2022年の退職金は両者とも1000万円を下回っています。
退職金が減っている主な理由は、昔に比べ定年まで働く社員が減り、退職金制度の在り方を見直す会社が増えてきたからだといわれています。そんな状況なので、逆に今、退職金の額を増やそうとしている会社は、社員にとって魅力的に見えるかもしれません。
「ウチの会社の規模ではそんなに退職金を払えない……」という経営者もいるでしょうが、
- 税金の負担が少なく、控除後の手取りが多くなる退職金制度
- 会社の負担は一定で、社員が運用に成功すれば手取りを増やせる退職金制度
などもあるので、諦めるのはまだ早いです。
第1回では、「人生100年時代」の中で、社員が老後を過ごすのにどのぐらいの費用が必要で、いくら退職金があれば生活費を賄えるかをシミュレートしました。85歳までの生活を想定した場合、夫婦2人暮らしでは912万円、独身では744万円の退職金が必要でした。
今回は、「社員の手取りが多くなる退職金制度は何か」に注目し、「退職一時金 vs 企業年金」「DB vs 企業型DC」を比較し、どの制度が退職金の手取りがより多くなるのかをシミュレートします。なお、シミュレーションは、統計データを参考にした一例であり、実際の内容は会社の制度や社員の働き方、運用結果などによって異なります。
2 退職一時金 vs 企業年金
退職金の受け取り方には「退職一時金」「企業年金(退職年金)」の2つがあります。
退職一時金は、退職金を一括で受け取る方法です。退職所得控除(課税計算をする際、退職金の収入額から差し引くことのできる非課税枠)が利用でき、退職金が一定金額以内であれば所得税や住民税はかかりません。
企業年金は、退職金を年金形式で受け取る方法です。退職金を受け取り切るまでは勤めていた会社が運用してくれるので、一時金で受け取るより年金額が多くなることがあります。ただし、退職所得控除は受けられず、代わりに公的年金等控除(課税計算をする際、公的年金と企業年金の合算額から差し引くことのできる非課税枠)が適用されます。
両者のどちらが魅力的かですが、結論、退職金が退職所得控除の範囲内に収まるのであれば「退職一時金」で問題ありません。一見、企業年金のほうがお得に感じますが、なぜでしょうか。その理由を次のシミュレーションで解説します。
【試算条件】
- 65歳男性で、配偶者はなし
- 勤続43年で、再雇用はなし
- 退職金額は1000万円
- 一時金で受け取る場合と、年利1.0%の10年確定年金(年間101万円)で受け取る場合で試算
- 公的年金は年180万円(月15万円×12カ月)を65歳から75歳まで受け取るものとする
- iDeCoや企業型DCは未加入とする
- 社会保険料は考慮しない
退職金が退職所得控除の範囲内に収まるのであれば、退職一時金で受け取ったほうが手取りは多くなります。額面上多く見える企業年金を選びたくなりますが、退職一時金で受け取ったほうが支払う税金が少なくなるのです。その理由は、退職所得控除と公的年金等控除の非課税枠の違いにあります。
退職所得控除は、勤続年数が20年超の場合、「800万円+70万円×(勤続年数-20年)」で算定します。勤続年数が長いほど、非課税枠を大きく利用できる仕組みです。勤続43年なら、
退職一時金の非課税枠=2410万円(800万円+70万円×(43年-20年))
となります。
一方、公的年金等控除は、社員の年齢と「公的年金+企業年金」の額をベースに算定されます。社員が65歳以上で「年110万円<公的年金+企業年金<年330万円」(その他所得を考慮しない)の場合、公的年金等控除は年110万円です。今回のケースでは「公的年金(年180万円)+企業年金(年101万円)=年281万円」なので、10年間で見ると、
企業年金の非課税枠(10年間)=1100万円(110万円×10年間)
となるのです。額面上は企業年金のほうが多くても、税金の非課税枠を考えると、退職一時金のほうがお得なわけです。
改めて、退職一時金と企業年金のメリット・デメリットを確認してみましょう。
手取りの観点では、シミュレーションでも紹介した通り、退職一時金に軍配が上がることが多いようです。ただ、一度に大金が手元に入るため、計画性がなかったり浪費癖があったりする社員の場合などは、使い込んでしまうリスクを考えて、企業年金のほうがよいという考え方もできるでしょう。
3 DB vs 企業型DC
DB(確定給付企業年金)は、受け取る年金額があらかじめ決まっている企業年金です。労使間の規約に基づいて運用する「規約型」と、会社とは別法人の基金を設立して行う「基金型」に分けられます。想定通りの運用ができない場合、会社が追加の拠出をするので、社員は決められた年金額を必ず受け取れます。
一方、企業型DC(企業型確定拠出年金)は、会社が掛け金を拠出するものの、運用は社員が自分の責任で行う企業年金です。運用に成功すれば退職金を本来の額よりも増やすことができますが、運用に失敗した場合は、元本割れで退職金が減ることもあります。
結論から言うと、両者のどちらが魅力的かは、ケース・バイ・ケースです。具体的に、次のシミュレーションで解説します。
【試算条件】
- 65歳男性で、配偶者はなし
- 年収400万円で試算
- 勤続43年で、再雇用はなし
- DB・企業型DCともに、65歳になったときから10年間、年金形式でもらうと仮定
- DBは、企業年金連合会の規約型のデータを基に年100万円で試算
- 企業型DCは、22歳で加入とし、運用失敗(元本割れ)した場合と、運用成功(月2万円を年利2.0%で運用)した場合の両方を想定
- 公的年金は年180万円を65歳から75歳まで受け取るものとする
- 社会保険料は考慮しない
計算結果を確認すると、手取り合計は、
企業型DC(運用成功)>DB>企業型DC(運用失敗)
となっています。上記のシミュレーションの場合、運用成功した企業型DCの金額は魅力的ですが、運用に失敗した場合のリスクもなかなかです。確実に退職金を用意したい社員にとっては、DBを選択したほうが無難かもしれません。
なお、DBの受け取り方や企業型DCの積立金額・利率によって試算結果は異なるので、実際の額のイメージについては、専門家などに確認してみましょう。また、企業型DCは最大で5.5万円までの掛け金を設定できるため、上記の試算結果よりも多くの退職金を用意できる可能性があります。
改めて、DBと企業型DCのメリット・デメリットを確認してみましょう。
シミュレーションでも紹介した通り、DBと企業型DCは対照的な制度です。「将来の受給額を確定させたい」という社員にはDBが、「運用次第で元本以上の退職金を受け取りたい」という社員には企業型DCがオススメです。
4 「制度の併用」も視野に入れる
退職金制度は、必ずしも1つに絞る必要はありません。複数の退職金制度を組み合わせる「制度の併用」も可能です。例えば、DBと企業型DCの併用がそうです。
前述した通り、DBは将来の受給額が決まっていて安心な半面、会社にとっては追加拠出のリスクがあり、企業型DCは会社が運用成績について責任を負わない半面、社員にとっては元本割れのリスクがあります。この点、両制度を併用すると、それぞれの制度の長所を活かしつつ、リスクを低減できる可能性があります。
なお、DBと企業型DCを併用する場合、2024年12月からの制度改正についても押さえておきましょう。両制度を併用する場合、
2024年11月までは、企業型DCの掛け金は「月額2.75万円」が上限
となります。つまり、DBの運用に関係なく、企業型DCの掛け金の上限が一律で決まってしまうルールになっているのですが、制度改正により、
2024年12月からは、企業型DCの掛け金は「月額5.5万円-DBの掛け金相当額」が上限
になり、改正前よりも柔軟な制度運用が可能になります。詳細については、厚生労働省ウェブサイトをご確認ください。
■厚生労働省「確定給付企業年金制度の主な改正(令和6年12月1日施行)」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/newpage_00041.html
次回は、「退職金制度を見直してみたが、それでも十分な退職金を用意できそうにない……」という経営者向けに、財形貯蓄やiDeCo+(イデコプラス)などの福利厚生と退職金制度を併用して、社員の資産形成をサポートする方法を紹介します。
以上(2024年11月作成)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)
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