書いてあること

  • 主な読者:退職代行を使って退職(自主退職)を申し出る社員への対応を知りたい経営者
  • 課題:社員を通さずに退職について交渉していいの? 仕事の引き継ぎはどうなるの?
  • 解決策:弁護士、労働組合は直接交渉可(民間事業者は不可)。社員に出社してもらっての引き継ぎは期待しにくいので、業務に関する質問内容を送って回答してもらう

退職代行とは、

会社に直接「退職(自主退職)したい」と言えない(言いたくない)社員が、他者(以下「退職代行者」)に依頼して、退職手続きなどを代行してもらうこと

です。最近はサービスとして退職代行を行う民間事業者が急増し、入社したばかりの新入社員がこうしたサービスを利用して早期退職してしまうニュースが世間を賑わせています。

「退職の手続きを人任せにするなんて非常識だ」と思うかもしれませんが、

退職代行であっても、社員本人の意思による申し出であれば、退職は成立する

ので、むげには扱えないのがつらいところです。

これまで社員に退職代行を使われた経験がない場合、「社員を通さずに退職について交渉していいの?」「仕事の引き継ぎはどうなるの?」など、いろいろと疑問もあるでしょう。この記事では、そんな経営者の疑問に答えるべく、退職代行の対応のポイントをまとめました。

Q1 なぜ、社員は自分で「退職したい」と言わないのか?

退職は本来、社員が自分の口で会社に申し出るのが礼儀です。社員に退職代行を使われると、経営者としては「なぜ自分の口で言わないの?」という腹立たしさもあり、同時に「最後なのに顔も見せてくれないのか……」という悲しさもあって、複雑な気持ちになります。

社員はなぜ、自分で退職を申し出ずに退職代行を使うのでしょうか? 人それぞれではありますが、例えば次のような理由が考えられます。

  • 人手不足で会社が非常に忙しいなど、「退職したい」と言えない雰囲気がある
  • 過去に退職を申し出たが、会社から引き留められ退職させてもらえなかった
  • 職場に問題(過重労働やハラスメントなど)があり、一刻も早く退職したい
  • うつ病などの精神疾患を患っていて、自分で退職手続きをしたくない
  • 自身がトラブルを起こして会社に居づらくなり、バツが悪いので黙って退職したい
  • 経営者や上司など、退職の窓口となる人間との折り合いが悪く、顔を合わせたくない

1.から4.は、「会社の対応に期待できない」という諦めや「自分の安全を守らなければ」という焦りから来るもので、退職代行を使われても仕方がないといえる面もあります(特に3.は、明らかに会社に問題がある)。5.と6.は、単純に「居心地が悪い」という不快感から来るもので、社員のわがままにも取れますが、直接「退職したい」と言いにくい心情は理解できるでしょう。

いずれにせよ、上のように

退職代行を使う社員は、会社に対して少なからずネガティブな感情を持っているケース

が多いです。「退職代行を使うなんて非常識だ」という考えも分かりますが、会社がこうした社員と直接退職について話をしようとすると、お互いの感情がヒートアップするなどして、かえってトラブルになることもあります。つまり、ポジティブに捉えるなら、

退職代行者が会社と社員の間に入ることで、退職手続きを円滑に進められる可能性がある

という考え方もできるわけです。

Q2 退職代行者って何者? 具体的に何ができる?

ここから退職代行の具体的な話に入ります。まずは「退職代行者とは何者で、具体的に何ができるのか」を確認していきましょう。一般的に、退職代行者は次の3種類に大別できます。

  • 弁護士:社員との委任契約により退職代行を行う法律の専門家
  • 労働組合:組合員となった社員について退職代行を行う労働者団体
  • 民間事業者:1.と2.のいずれにも該当せず、サービスとして退職代行を行う民間の会社

なお、2.の労働組合については、自社で労働組合を持たない中小企業の社員の場合、個人単位で加入できるユニオン(合同労働組合)が退職代行を行うことになります。

この3種類の退職代行者ですが、実は弁護士、労働組合、民間事業者それぞれで、退職代行で行えることが異なります。具体的には次の通りです。

退職代行で行えることの違い

お気付きかと思いますが、

民間事業者は「退職手続き」は代行できるが、会社との「交渉」は代行できない

のです。弁護士は弁護士法により、社員の代理として会社と直接交渉することが認められていますが、弁護士以外の者が同じことをすると非弁行為(違法)になるからです。ただし、労働組合は労働組合法により、労使関係や労働条件について会社と交渉すること(団体交渉)が認められているので違法になりません。言うなれば、

  • 弁護士、労働組合は、会社と直接交渉できる社員の代理
  • 民間事業者は、社員の要望を会社に伝えるだけのメッセンジャー

というイメージです。

なお、弁護士と労働組合については、退職に関する交渉がこじれて訴訟などに発展した際、弁護士は引き続き社員の代理として会社と争ったり、和解の交渉をしたりできるのに対し、労働組合にはその権限がないという違いがあります。

Q3 退職代行者から連絡が来たら、まず何をする?

社員が退職代行を使う場合、まずは退職代行者から会社に対し、「電話」「メール」「内容証明郵便」などで、社員に退職の意思があることや退職理由などについて連絡が来ます。

連絡が来たら、まずは退職代行者に対し、

  • 退職代行者が「弁護士」「労働組合」「民間事業者」のどれに当てはまるのか
  • 社員本人からの依頼であることを証明できるもの(委任状、本人直筆の退職届など)があるか

を確認しましょう。1.を確認するのは、退職代行者が退職について直接交渉できる相手なのかを判断するためです。2.を確認するのは、社員本人以外(社員の家族など)からの依頼だった場合、後々退職について本人とトラブルになる恐れがあるからです。

なお、民法上、

退職代行であっても、社員本人の意思による申し出であれば、退職は成立する

ので、社員本人からの依頼にもかかわらず、「退職代行を使っての退職は認めない」などと、退職代行者を拒絶することはできません。仮に拒絶したとしても、

  • 正社員等(無期雇用)の場合、退職の申し出から2週間が経過すれば退職できる
  • パート等(有期雇用)の場合、契約期間が満了すればいつでも退職できる(期間満了前の退職が認められる場合もある)

というルールがあるので、退職の成立自体を妨げることはできません。

Q4 退職に関する社員の要望には、どう答えればいいの?

退職代行者からの連絡が来る際は、社員に退職の意思があることや退職理由の他に、

退職に関する社員の要望(退職日、年次有給休暇の取得、未払い残業代の支払いなど)

も併せて伝えられます。

基本的に会社の選択肢は、

  • 社員の要望に異論がなければ、それに従う
  • 社員の要望に異論があれば、交渉して条件を決める

のいずれかになります。なお、2.については、退職代行者によって次のように対応が変わります。

  • 弁護士、労働組合:会社が退職代行者と直接交渉して条件を決める
  • 民間事業者:会社の要望を退職代行者から社員に伝えてもらい、社員からの回答を待つ

社員の要望に答える際は、口頭だと「言った、言わない」のトラブルになる恐れがあるので、

社員の要望に対する会社の回答を「回答書」などにまとめ、退職代行者に渡す

ようにしましょう。社内で検討すべき内容がある場合は、その内容についてだけ後日回答する旨を伝えます。

Q5 社員本人の口から退職理由を聞くのはNG?

退職代行者から連絡があった場合、経営者が特に気になるのは「なぜ、社員が退職することになったのか」でしょう。ただ、退職理由については、例えば

内容証明郵便で届いた書面に「一身上の都合により退職します」とだけ書かれているなど、表面的な理由しか分からないケース

が少なくありません。経営者としては、ちゃんとした退職理由を知りたいところですが、

退職代行者は、社員本人から伝えてよいと言われていること以外は基本的に話せない

ので、詳細を聞くのは難しいと考えられます。

「ならば、社員本人と直接話したい」という経営者もいるでしょうが、この点についても、

そもそも社員は会社とコミュニケーションを取りたくなくて退職代行を使っている

という事情があるので、基本的には避けるべきです。どうしても気になるのであれば、

退職代行者に「退職理由をもう少し詳しく知りたいと、社員に伝えてほしい」と依頼

するとよいでしょう。強要はできませんが、社員が同意した場合であれば、退職代行者もその範囲内で話をすることができます。

Q6 仕事の引き継ぎをしてほしいが、頼めるの?

多くの会社は、社員が退職する際に業務が滞らないよう、就業規則に

退職する社員は、会社の指示する期間内に速やかに後任者に業務の引き継ぎを行わなければならない

などの規定を設けています。退職代行の場合も、退職するまでは就業規則が適用されるので、

就業規則の内容を退職代行者に伝え、社員に引き継ぎをするよう働き掛けてもらうことは可能

です。ただ、問題は、会社とコミュニケーションを取りたくない社員が、

退職日までの間、年次有給休暇を使って休むなどして、引き継ぎを拒否するケース

があることです。年次有給休暇は、労働基準法で認められた社員の権利であり、会社も原則として取得を拒否できないので、こうしたケースでは引き継ぎが難航します。

難しいところですが、対応としては、

会社側で社員の担当業務に関する質問内容を取りまとめ、退職代行者経由で社員に渡し、回答してもらう

といった方法が考えられます。社内の人間と対面しない形での引き継ぎであれば、社員もある程度は応じてくれるかもしれません。

Q7 急な退職は正直迷惑……損害賠償は請求できるの?

通常の退職であれば、会社は社員と、退職日や引き継ぎなどについて綿密に話し合いながら、退職手続きを進めることができます。一方、退職代行の場合、退職代行者を挟んでの話し合いになる上に、会社もあまり社員を刺激したくないため、退職日や引き継ぎなどについては、通常の退職よりも会社が社員に譲歩せざるを得ない面があります。

経営者としては、「急な退職な上に、引き継ぎも不十分で迷惑が掛かった。少しは社員に補填してほしい」と考えるかもしれません。この点、民法上、

退職時に会社が具体的な損害を受けた場合であれば、社員に損害賠償を請求できる可能性

はあります。ただし、引き継ぎ不十分などを理由に請求が認められる可能性は低く、例えば、

社員が担当していた業務について、代替要員を急遽採用する必要に迫られたため、採用に掛かった費用の実額○○円を請求する

など、具体的な損害内容を会社側が立証する必要があります。

なお、損害賠償を請求せずに、退職時に発生した損害を賃金や退職金から差し引くことは、社員本人の自由な意思に基づく同意がなければ認められないので、注意が必要です。

以上(2024年7月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

pj00662
画像:ChatGPT

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です