書いてあること
- 主な読者:残業に関するトラブルを防ぎたい経営者
- 課題:社員に「残業するな」と言うと、ジタハラ(時短ハラスメント)になる?
- 解決策:社員の課題(業務量や納期など)に向き合い、解決のための具体策を示す
残業が一向に減らない……。今日だってもう定時を回っているのに、誰も帰ろうとしない。ここは経営者の私が帰りやすい雰囲気を作ろう! こう思ったA社の社長は言いました。
「もう定時を過ぎているぞ。さぁ、今日は残業禁止だ! 早く帰ってくれ!」
全員すぐに帰るだろうと思った社長でしたが、みんな座ったまま動こうとしません。そのうち、社員の1人が口を開きました。
「社長、今の業務量では残業しないと終わらないです。それなのに一方的に『残業禁止』だなんて……。今の発言はジタハラ(時短ハラスメント)です!」
困ったことに他の社員もこの意見に賛同する始末……。社長は釈然としません。
「社員の体調やプライベートを考えて言っているのに。それをジタハラって言うのは、どういうことだ。この国はおかしくなってしまったのか?」
1 社員のための「時短」も行き過ぎるとハラスメントに……
コスト削減、働き方改革、SDGs……会社はさまざまな観点から、積極的に長時間労働の是正に取り組んでいます。しかし、こうした会社の姿勢が、時にジタハラになることがあります。ジタハラとは、
「時短」、つまり社員の労働時間を短くすることに関連した嫌がらせ
です。法令上の定義はありませんが、一般的には、
業務量などに関係なく、会社が一方的に残業を禁止したり、シフトを減らしたりすること
を指します。
ポイントは、「会社が一方的に」という部分です。会社は社員のためを思って時短に取り組むわけですが、それが一方的だと、
- 業務量の変わらないまま時短を強制された社員が、こっそり隠れ残業をする
- 無理なスケジュールでの仕事を余儀なくされた社員が、ケアレスミスを連発する
- 合理的でない時短が続くことによって、社員がやる気を失う
などの問題が発生します。ジタハラを直接規制する法令はありませんが、
このように社員の仕事に支障を来すような極端な時短は、違法なパワハラ(パワーハラスメント)とみなされる恐れがある
ので注意が必要です。
2 パワハラの「過大な要求」に該当すると違法になる
パワハラは、労働施策総合推進法で定義されたハラスメントで、
職場の上下関係など優越的な関係を利用した嫌がらせ
です。具体的には、次のような業務上必要のない(または行き過ぎた)言動によって、社員の仕事に支障を来すことを指します。
- 身体的な攻撃:暴行、傷害
- 精神的な攻撃:脅迫・名誉毀損、侮辱、ひどい暴言等
- 人間関係からの切り離し:隔離、仲間外れ、無視
- 過大な要求:業務上明らかに不要・遂行不可能なことの強制、仕事の妨害等
- 過小な要求:不合理に程度の低い仕事を命じること、仕事を与えないこと
- 個の侵害:私的なことへの過度な立ち入り
パワハラについては、2022年4月1日から中小企業にも防止措置が義務付けられていて、会社の対応が不十分なために社内でハラスメントが発生すると、民法の使用者責任などを問われる恐れがあります。
ジタハラがパワハラ(違法)になる場合、上の「4.過大な要求」に該当する可能性が高いです。違法になる例とならない例について、弁護士にヒアリングした結果は次の通りです。
ケース1~3に共通して言えることは、
- 社員を定時で帰らせるための対策を講じず、残業禁止を言い渡すだけだと違法になる
- 「業務を引き取る」「改善点を指摘する」など対策を講じた上で、社員の残業を禁止するのであれば違法にならない
という点です。違法にならない例については、
- 業務の一部を他の社員に振っていいから、今日は帰りなさい
- 納期がきついなら取引先と交渉していいから、今日は帰りなさい
などのケースもあります。とにかく、具体策が必要なわけです。結局のところ、ジタハラの最大の問題は、
会社が社員の抱えている課題に向き合わないまま、時短を強制する
ことだと分かります。
経営者からすれば、「決められた時間内に終業できるよう工夫するのも仕事のうちだろう、そこまで会社が面倒を見ないといけないのか」という印象かもしれませんが、法令や社員の権利意識が変わってきている今、不要なトラブルを防ぐ意味でも、会社のほうから歩み寄る姿勢を見せるのがよいでしょう。
このシリーズでは、思わず頭を抱えたくなったり、不満が噴き出したりしてしまうような「世知辛い人事労務のルール」を紹介していきます。次回のテーマは、「社員の病気のことを、社員の上司に話すのは違法?」です。
以上(2022年8月)
(監修 弁護士 田島直明)
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画像:metamorworks-shutterstock