1 社員の体調を思えばこそ、情報共有したいのに……
最近、元気がないAさん。上司のB課長が心配して理由を聞いてみました。最初は「大丈夫です」としか言いませんでしたが、B課長が「でも体調が悪そうだよ?」と聞くと、Aさんはしばらく沈黙した後、小さな声で答えました。「実は○○という病気なんです。でも重い病気じゃないので大丈夫です。放っておいてください」
ある日、出張に出ることになったB課長は、Aさんの先輩であるCさんに伝えました。
「ここだけの話だけど、Aさんが○○という病気らしい。Cさん、私が出張に出ている間、Aさんのことを気遣ってあげてくれ。具合が悪そうだったら早めに帰すようにね」
数日後、B課長が出張から帰ると、Aさんが詰め寄ってきました。どうやらB課長の出張中、Cさんが、体調の優れないAさんを帰そうとした際に、「B課長から病気については聞いているから」と口を滑らせてしまったようです。
「なんで病気のことを勝手にCさんに話したんですか? 知られたくなかったのに……。個人情報を勝手に話すなんて非常識です!」
B課長はAさんの気持ちも分かる一方で、どこか釈然としません。
「病気が機微な情報なのも、知られたくないのも分かる。でも、私が出張中、Aさんに万が一のことがあったら困るから、Cさんにだけ伝えてフォローをお願いしたんだ。それもダメなのか? 個人情報は社員の健康よりも大事なの?」
2 個人情報と社員の健康、結局どちらが優先?
個人情報保護法では、
「要配慮個人情報」という取り扱いに注意を要する極めて機微な個人情報については、原則として本人の許可を得ずに、第三者に提供してはならない
とされています。社員の健康に関する情報であれば、次のようなものが要配慮個人情報に該当します。
一方、労働契約法には、
「安全配慮義務」といって、社員が安全で健康に働けるよう配慮すべきという会社の義務
が定められています。体調の優れない社員を早く帰らせたり、軽い業務に転換させたりするのもこの義務の一環で、当たり前ですが、見て見ぬふりをするといった対応は許されません。
冒頭のAさんの事例は、詰まるところ「要配慮個人情報の保護と安全配慮義務はどちらが優先されるのか」という問題なのですが、ざっくり言うと、
どちらも同じくらい重要で、原則、両立させなければならない
ということになります。
2 社員の許可を得て、必要最小限の情報のみを共有する
社員の病気について本人の許可なく、第三者に提供していいのは、例えば、
社員が病気で倒れ、医師に病名を告げないと生命の危険がある
など、緊急性の高いケースに限定されます。逆にこうしたケースでなければ、本人の許可なく、第三者に話すべきではありません。ですから、冒頭の「B課長がAさんの許可なく、病名をCさんに伝える」という対応は、たとえAさんのためであっても法令違反になる可能性があります。
では、要配慮個人情報の問題をクリアしつつ、安全配慮義務を果たすにはどうすればよいのでしょうか。ポイントは、
社員本人の許可を得て、業務をサポートする上で必要最小限の情報のみを共有すること
です。細かい説明は一旦置いておいて、まずは図表2を見てください。冒頭のB課長が、Aさんからサポートに必要な情報をヒアリングする際の会話の例です。
図表2の会話の赤字部分に注目してください。重要なのは次の3点です。
- どんな病気かではなく、労務を提供できる状況かを確認することを意識する
- 会社には安全配慮義務、社員には自己保健義務があることを伝える
- 必要最小限の情報を、必要最小限の社員にのみ共有する
1.どんな病気かではなく、労務を提供できる状況かを確認することを意識する
図表2では、B課長がAさんの病気の話を聞いて、まず「仕事をするのに支障がないか」を確認しています。前述した通り、要配慮個人情報は極めて機微な情報です。「どんな病気か」という視点で情報を収集しようとすると、不要な情報まで詮索してしまう恐れがあるので、「労務を提供できる状況かを確認する」という意識で、必要最小限の情報のみを収集します。
2.会社には安全配慮義務、社員にも自己保健義務があることを伝える
図表2では、仕事への支障について話したがらないAさんに対し、B課長が安全配慮義務と自己保健義務の存在を伝えています。要配慮個人情報は、本人の許可なく収集できないので、自発的に話してもらう必要がありますが、「話したくないなら話さなくていい」というスタンスだと情報を得られないので、「社員の健康を守る」ことに対する会社の本気度を伝えます。
3.必要最小限の情報を、必要最小限の社員にのみ共有する
図表2では、B課長が「Cさんには病気のことを話さず、Aさんをフォローする上で必要な措置だけを話す」と言っています。社員のサポートに支障がなければ、病気に関する情報は話しません。必要な措置について共有する相手も、社員のフォローに関わる人だけに限定します。共有する情報量や相手が増えてしまうと、社員の病気に対する臆測が飛び交ったり、腫れ物に触るような雰囲気が広がったりする恐れがあるからです。
今回は少し難しい問題を取り上げました。社員の健康を守ることは会社の義務ですが、そのために知られたくない個人情報が周囲に伝わり、会社に居づらくなってしまうようなことは避けなければなりません。逆もまたしかりです。
以上(2024年12月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)
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画像:metamorworks-shutterstock