この記事では、現役社労士が直面した小さな製造業の労災の事例として、「業務により腰痛が悪化した社員について、『もともと腰が悪かったのなら、労災ではない』と判断してしまった会社」の話を紹介します(実際の会社が特定できないように省略したり、表現を変えたりしているところがあります)。

1 もともと腰が悪かったので、労災保険を使わせなかった……

社員数5人の機械メンテナンス会社に勤めるDさん。出張先の工場で重い機械の点検作業をしている最中、腰をひねって激痛に襲われました。もともと腰痛持ちのDさんは「持病が悪化しただけかもしれない」と考え、社長には報告せずに病院へ向かいます。

医師からは「椎間板ヘルニアの疑いがあるため、一定期間の休業が必要」と診断され、Dさんは社長に報告しました。

しかし、社長は休業を認めたものの、「もともと腰が悪かったのなら、業務とは関係ない」と労災にはしない方針を示し、Dさんは「自己都合休業」になってしまいました。

2 業務により腰痛が悪化したのなら、労災になり得る

腰痛はビジネスパーソンであれば大抵の人が抱える悩みなので、労災と関係ないように思われがちですが、実は状況次第で労災認定されます。

具体的には業務起因性について、図表のように独自の基準が定められています。「災害性の原因による腰痛」「災害性の原因によらない腰痛」にそれぞれの基準がありますが、今回は業務中に腰をひねったことによる腰痛なので、前者(赤字部分)に注目してください。

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このケーススタディーでは、社長が「もともと腰が悪かったのなら、業務とは関係ない」と言っていますが、Dさんは点検作業中に腰をひねり、椎間板ヘルニアを疑われるほど腰を痛めているので、

医師が「業務により症状が著しく悪化した」と明確に結論付けたのなら、業務起因性が認められる可能性が高い

です。業務遂行性については、そもそも業務時間中に発生した事故ということで認められるので、このケースが労災認定される可能性も高いといえるでしょう。

3 腰痛については医師の判断に任せつつ、社内では腰痛予防対策を講じる

腰痛は製造業の現場で起きやすい職業病の1つですから、まずは前述した図表の考え方をしっかり押さえましょう。

「災害性の原因による腰痛」の場合、腰痛の悪化に医学的な根拠があるかどうかを判断するのは医師なので、社員本人や社長が勝手に判断せず、まずはきちんと医師に相談するようにしましょう。

また、毎日不自然な体勢での作業を行っていて腰痛が悪化した場合なども、「災害性の原因によらない腰痛」として労災認定されることがあります。ですから、

  • かがんで作業をしなくても済むよう、高さを調節できる作業台や椅子を用意する
  • 重量物を運ぶ作業が多い場合、腰への負担を和らげるアシストスーツを着用させる
  • 作業前に、社員全員でストレッチを中?とした腰痛予防体操をする

などの腰痛予防対策を講じて、社員が腰を痛めにくい環境をつくることが大切です。腰痛予防対策についてより詳しく知りたい場合、厚生労働省が予防のポイントやチェックリストを公表しているので参考にするとよいでしょう。

■厚生労働省「腰痛予防対策」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_31158.html

以上(2025年5月作成)

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画像:ChatGPT