この記事では、現役社労士が直面した小さな運送業の労災の事例として、「業務中にぎっくり腰を起こした社員について、『もともと腰が悪かったのなら、労災ではない』と判断してしまった会社」の話を紹介します(実際の会社が特定できないように省略したり、表現を変えたりしているところがあります)。
1 荷物の積み降ろしや長距離運転で腰痛に。でも会社が労災申請してくれない……
社員数5人の配送会社に勤めるドライバーのDさん。重たい段ボール箱を1人で何度も積み降ろしする作業を続けていました。フォークリフトはあるものの、使い勝手が悪く、「急いでいるから手作業のほうが速い」という社長の考えから、ほとんど使われていない状態です。ある日、Dさんは作業中に積み荷を落としそうになって腰をひねり、病院で「急性腰痛(ぎっくり腰)」と診断されます。数日は安静が必要と言われ、配送業務を休まざるを得なくなりました。
また、Dさんに加え、もう1人ぎっくり腰になってしまった社員ドライバーがいました。勤続10年以上の長距離トラックドライバー、Eさんです。Eさんは、座った姿勢を長時間維持し続ける運転業務で腰に負担がかかり続け、ある日、トラックから降りた拍子に腰を痛めてしまいました。
しかし、社長はDさんにもEさんにも「もともと腰が弱かったんじゃない? ぎっくり腰なら健康保険で通院して、休むなら有休を消化してくれ」と言い放ち、労災申請をする気配がありません。2人とも「仕事が忙しいから無理が祟ったのかも」と考え、会社に迷惑をかけたくない一心で、そのまま健康保険を使ってしまいました。
2 実務のポイント(正しい認識)
腰痛の業務起因性については、図表のように独自の基準が定められています。「災害性の原因による腰痛」「災害性の原因によらない腰痛」にそれぞれの基準がありますが、今回の場合、体勢を崩して腰をひねったDさんは赤字部分、長時間立ち上がることができずに業務を続けたEさんは青字部分のルールが適用される可能性があります。
Dさんは作業中に腰をひねり、ぎっくり腰と診断されているので、
医師が「業務により症状が著しく悪化した」と明確に結論付けたのなら、業務起因性が認められる可能性が高い
です。業務遂行性については、そもそも業務時間中に発生した事故ということで認められるので、このケースが労災認定される可能性も高いといえるでしょう。
Eさんは、長時間立ち上がれず、同じ姿勢を保って行う業務に従事したことにより、腰を痛めています。災害性の原因によらない腰痛は、災害性の原因による腰痛に比べると、業務との因果関係が証明しにくい面がありますが、こちらも
医師が「長距離トラックの運転業務に従事したことにより、筋肉等の疲労を原因とした腰痛を発症した」と明確に結論付けたのなら、業務起因性が認められる可能性が高い
です。なお、いずれのケースも、医師の判断も待たず、健康保険で通院させることは、労災かくしにつながる恐れがあるのでやめましょう。
また、このケースでは社長がDさんとEさんに「休む場合は、有休(年次有給休暇)を消化するように」と指示していますが、そもそも労災により休業する場合、一定の要件を満たすことで労災保険の休業補償給付が受けられるので、有休よりもそちらを利用したほうが、会社も金銭的リスクを軽減できます。
3 腰痛については医師の判断に任せつつ、社内では腰痛予防対策を講じる
腰痛の悪化に医学的な根拠があるかどうかを判断するのは医師なので、社員本人や社長が勝手に判断せず、まずはきちんと医師に相談するようにしましょう。
Dさんの場合、フォークリフトなどの機器を導入していても、活用せずに手作業を行っていたことがぎっくり腰の遠因になっていますが、こうした状況は、会社が安全配慮義務に違反していると判断されかねません。1人で扱える荷重の目安や、チームで分担して運ぶルールを設けるなど、労災予防策を整備しましょう。
また、Eさんの場合、長時間座った姿勢を保持することの悪影響を考慮して、トラックドライバーの限度基準告示などを確認しながら、「複数のドライバーが交代で運転する」「休憩時間を十分に確保する」などの対応が必要になってきます。
以上(2025年7月作成)
00769
画像:ChatGPT