書いてあること

  • 主な読者:退職した社員から未払賃金の支払いを求められている経営者
  • 課題:どのように対応すればよいのか分からない
  • 解決策:すぐに弁護士に相談し、事実を確認する。請求の取下げを迫ったり、請求を放置したりするのはNG

1 円満退職したはずの社員が未払賃金を請求してきた

シーン:弁護士名義の内容証明郵便

社長室でくつろぐA社長。そこに、人事部長が1通の郵便物を持って駆け込んできました。その郵便物は、差出人を「X代理人弁護士B」とする内容証明郵便。Xは、先月に退職した社員です。書面の内容は、

「2020年12月1日から2022年11月30日までの2年分の未払賃金として、200万円を支払え」

というものでした。「Xは円満退職じゃなかったのか?」と、ショックを隠せないA社長でした。

Q1:そもそも、なぜ未払賃金が発生する?

「未払賃金が発生している」とは、要するに、会社が本来支払うべき賃金(基本給、手当、割増賃金など)を正しく支払っていないということです。特に発生しやすいのは割増賃金の未払いで、理由としては、例えば次のようなことが考えられます。

  • 「課長職だから」という理由で割増賃金を支払っていなかったが、実は労働基準法上の管理監督者に該当しなかった
  • タイムカードで労働時間を管理していたが、実は社員がタイムカードを打刻した後、サービス残業を行っており、割増賃金の一部が支払われていなかった
  • リモートワークの社員について、日々の労働時間を本人からの自己申告で把握していたが、申告漏れがあった場合は、実態を確認せずに「所定労働時間を働いたもの」として扱っていた。その結果、実際は残業しているのに割増賃金が支払われないことがあった

Q2:未払賃金は、どのような方法で請求される?

未払賃金の請求は、

退職者が依頼した代理人弁護士から内容証明郵便の形式で受けるケース

が多いです。

また、労働組合との団体交渉によって、未払賃金の支払いを求められることもあります。

社内に労働組合のない会社であっても、退職者が個人でユニオン(合同労働組合)に加入し、そのユニオンが会社に団体交渉を申し込んでくるケース

があります。

Q3:請求された未払賃金は、全額支払わなければならない?

会社が未払賃金を支払わなければならないのは、本来支払うべき額を正しく支払っていなかったときだけです。ですから、退職者から未払賃金を請求されたとしても、

請求された額が正しくない場合(計算間違いなど)、請求通りに全額を支払う必要はない

ということになります。

また、未払賃金の時効は、

  • 2020年3月31日以前に支払われるはずだった賃金の場合、本来の支払期日から2年間
  • 2020年4月1日以降に支払われるはずだった賃金の場合、本来の支払期日から5年間(当面の間は3年間)

とされています。つまり、2022年4月1日以降に未払賃金の請求があった場合、2020年3月31日以前に支払われるはずだった賃金については、時効(2年間)を過ぎているため支払義務がなくなります。なお、2020年4月1日以降に支払われるはずだった賃金については、時効期間が延長されている点に注意する必要があります。

Q4:未払賃金が発生した場合の制裁(ペナルティー)は?

未払賃金が発生した場合、支払いがなされるまでの間、

未払賃金に一定の利率を掛けた遅延損害金が発生

します。退職者の場合、遅延損害金の利率は、

  • 在籍していた期間については、年利3%
  • 退職日の翌日以降については、年利14.6%

となります。つまり、未払賃金の支払いをめぐって会社と退職者がトラブルになった場合、争いが長期化した分、遅延損害金の負担も大きくなるということです。

また、退職者が請求した場合、

裁判所は会社に対して、未払賃金と同額の付加金の支払いを命じることが可能

です。裁判所が常に付加金の支払いを命じるとは限りませんが、退職者側の弁護士は、訴訟になれば必ず付加金も併せて請求してきます。

2 請求が来たら会社は何をすべき?

シーン:請求内容を確認の上、弁護士に相談

A社長は、まず、Xの未払賃金を確認することにしました。賃金規程を確認した上で、賃金台帳とタイムカードを照合して、X代理人弁護士Bが請求する額と照らし合わせました。

しかし、A社長が確認したところ、Xへの割増賃金は全て支払い済みで、未払賃金は存在しないようです。内容証明郵便には「回答期限が10日以内」「回答がない場合には法的措置を取る」と書かれていたため、A社長は、会社の顧問弁護士であるC弁護士に相談しました。

Q5:請求が来たら、まず何をすべき?

未払賃金の請求が来た場合、

未払賃金の請求根拠と、退職者が請求する額が正しいかを確認

しましょう。労働基準法により、会社は、

賃金台帳やタイムカードなどの重要な書類を5年間(当面の間は3年間)保管する義務

があります。そのため、会社に保管されているこれらの書類に基づいて、退職者が請求する額が正しいかを確認します。

Q6:請求が来た際にやってはいけないNG行動は?

未払賃金の請求が来た際、

退職者に請求の取下げを迫ったり、請求を放置したりするのはNG

です。このような行動を取ると、退職者が労働基準監督署に通報し、会社に調査や指導が入る恐れがあります。さらに、訴訟や労働審判になった場合、不利に扱われて、付加金の支払いを命じられてしまう可能性もあります。

また、

未払賃金の請求を受けたことを他の社員に話したり、公開したりするのも避けるべき

です。会社には、請求を行った退職者と同じ労働条件で勤務する社員が在籍していると思います。そのため、特定の退職者から未払賃金の支払請求を受けたことが公になってしまうと、他の社員からも同様の請求を受けてしまうことがあります。

Q7:弁護士に相談するタイミングは? 用意すべき資料は?

いったん訴訟が提起されてしまうと、退職者との間で円満に解決することは難しくなります。また、争いが長期化するだけで遅延損害金が発生してしまいます。そのため、未払賃金のトラブルになった場合には、できるだけ早く弁護士に相談すべきです。今回の事案でいえば、

内容証明郵便が来た時点で弁護士に相談するのがよい

でしょう。

また、弁護士に相談する際は、事前に次の資料を用意しておくと、スムーズに進めることができます。

  • 退職者から送付を受けた内容証明郵便
  • 就業規則や賃金規程などの社内規程
  • タイムカードや勤怠管理表などの退職者の労働時間を管理する資料
  • 給与明細の控えや賃金台帳

前編はここまでです。A社長は、この難局をどう切り抜けるのか、次のコンテンツでご確認ください。

以上(2022年12月)
(執筆 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)

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画像:pexels

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