創業間もないスタートアップでは、何と言っても資金調達や資金繰りといったお金に関する課題の解決が優先されます。そのため、売り上げに直結しないバックオフィス業務が後回しになったり、組織体制が整っておらずガバナンスが効いていなかったりということが起こり得ます。
しかし、このような状態を続けるとさまざまな法務トラブルが発生する恐れがあります。日ごろからスタートアップ支援をされているのぞみ総合法律事務所の市毛由美子弁護士、清永敬文弁護士、結城大輔弁護士に、創業間もない時期に抱えがちな法務トラブルと、それを避けるための方法や対応についてお話しいただいた内容をまとめた弁護士監修シリーズです。
第1回のテーマは、解雇とハラスメントをめぐるトラブルです。
1 解雇、残業代の未払い……。労務に関するトラブルは増加傾向
市毛弁護士
最近、スタートアップ企業の経営者からよく受ける相談は、何と言っても解雇に関連するトラブルです。
例えば、正社員やパート・アルバイトを雇ったものの、その人が仕事についてこられないということがあります。そこで、残念ではありますが、辞めてもらおうと考えた場合、経営者が法律上の解雇の手続きなどを知らずに、感情的になって「あなたは明日から出社しなくていいですよ」などと言ってしまうことがあります。
しかし、こうした対応は、労働法上、大きな問題です。
また、いわゆる残業代の未払いや出退勤管理をしていないことなどで、従業員が労働基準監督署に駆け込むケースもあります。そうなると、本来払うべき残業代に加えて遅延損害金や裁判所に訴訟が提起されると付加金(労働基準法第114条)の請求を受けたりするといった恐れもあるので、企業にとっては看過できない問題です。
清永弁護士
確かに労働問題は、近年とても相談が多いジャンルの一つですね。
結城弁護士
私の場合、例えば飲食店経営者からのご相談で、解雇や残業代などの労働問題が増えている印象がありますね。
りそなCollaborare事務局(以下「事務局」)
そうなんですね。スタートアップで働きたいという人は、経営者の理念やビジョンに共感を抱いて入社することが多いと思います。そうしたことから、給料や労働時間などの待遇はあまり気にしない印象があったので、労務に関するトラブルが多いというのは意外でした。
清永弁護士
仮に共感を抱いて待遇を気にせずに入社したとしても、働いているうちに「やっぱり違うな」となったときに、問題が出てきがちです。例えば、未払いの残業代が発生している場合には、法的に当然請求できるわけですから、従業員から未払い残業代を請求するといった事態が起こります。もちろん、企業が残業代を支払うのは当然のことであり、従業員が理念などに共感を抱いているがゆえに未払い残業代の請求に思い至らなくても企業のほうからきちんと時間管理をして未払いのないようにすべきなのですが、それを怠り、未払いが積もり積もった後に請求されると、実際に対応するのは大変です。
事務局
例えば、企業が問題のある従業員を解雇したいと考えた場合、弁護士に相談することで法的な手続きに基づいた解雇に関するアドバイスをしてもらえるのでしょうか?
清永弁護士
法的に見て解雇が可能なケースであれば、法的手続きを含めて解雇に向けたアドバイスをすることができます。また、解雇が可能ではない場合は、それを前提としたアドバイスをすることになります。
市毛弁護士
経営者としては、従業員が著しく勤務態度や勤務成績が悪い場合は、解雇を考えざるを得ないこともあると思います。状況はよく分かりますが、解雇のハードルはとても高いということを認識しておく必要があります。
結城弁護士
そうなんですよね。経営者からすると、こんなに問題がある社員なのに、なぜ解雇できないんだ、当然解雇だ、という発想で入ってしまっていることが多いので、基本的に労働者を保護する労働法制の考え方や、もしも解雇が無効となると、働いていなかった期間について給与を支払わなければならなくなる大きなリスクがあることからご理解いただく、というのがスタート地点です。
市毛弁護士
正規雇用の場合のみならずパート・アルバイトなどの非正規雇用の場合の解雇や期間の定めのある雇用契約の雇止めでも、それぞれハードル(制約)があるという点は同じです。特に、期間の定めのある雇用契約において期間途中で解雇する場合は、「やむを得ない事由」が必要となるので、期限の定めのない雇用契約の場合よりもハードルは高くなります。
まず、就業規則の解雇事由には、「勤務態度が著しく悪く、向上の見込みがないと会社が認めたとき」等と規定しておくべきです。そして、この解雇事由の要件を満たす前提として、教育の機会を与えなければならないし、指導もしなければなりません。仮に裁判で争われた場合、裁判所は、「教育の機会も与え、何度も指導や改善勧告もしたが、それでも改善が見られない」といった事情があるか否かによって、解雇事由の有無を判断します。
裁判所に解雇事由があると認めてもらうには、例えば、「何度も改善命令や警告書を出して、同じ問題を繰り返し注意した。それでも改善されなかった」というような、客観的に明らかな「著しい勤務不良」を裏付ける証拠が必要です。
これがなければ、訴訟リスクを負うことになります。つまり、仮にそういった注意を繰り返し注意していたとしても、パート・アルバイト側が「そんな指示は聞いていない」「指示が悪かった」などと主張すれば、立証責任は雇用者側が負い、証拠がなければ敗訴のリスクを負います。
また、裁判より迅速に審理が行われる労働審判という手続きになると、その手続きの性格上、雇用者側が反論のための十分な時間が取れないためか、証拠が薄い場合には雇用者側には厳しい判断がなされる可能性があります。
何度も注意勧告していると実態があるのであれば、少なくとも、メールなど客観的な証拠に残る形で指導したことを残すことが大切です。しかし、何も証拠が残っておらず、訴訟リスクを考えると解雇するのをちゅうちょせざるを得ない場合が少なくありません。
そのような客観的な資料がない場合、「退職金を上積みするので、任意で退職届を出してください」「お互いに考えや価値観などが合わない中で働いていても、あなたにとっても幸せとはいえないですよね」といった交渉を行い、納得してもらった上で退職してもらうことになります。この場合は、解雇ではなく、労働契約の合意解除になります。いずれにしても弁護士を使えば弁護士費用が掛かりますし、上積みの退職金も必要になってきます。経営者にとっては、少なくない負担となるでしょう。
事務局
確かに大きな問題ですね。さらに言えば、大企業の場合、ある従業員が経理業務に適性がなかったとしても、他業務の適性があるかもしれないので、配置転換をして適性を探すという対応ができます。そうした上で、「配置転換もしたが、やはり自社で働いてもらうのは難しいので、辞めてもらう」といった対応ができると思います。
一方、スタートアップは基本的に単一事業なので、配置転換する場所がありません。そうなると、先ほどお話があったように、きめ細かく何度も注意や指導をする、さらに、その証拠を残しておく、ということを実践するしかないということでしょうか。なかなか難しいところですね……。
清永弁護士
そうですね……。確かに、難しいところではあると思います。
また、人に関するトラブルとしては、労務とは違いますが、共同経営者間のトラブルというのも少なくありませんので触れておきます。最初は同じ志を持ってスタートしたはずですが、やってみるうちに、「方向性が違う」「考え方が違う」ということで、けんか別れになってしまうことがあります。こういったトラブルを未然に防ぐためには、事前に共同経営者間で契約を結ぶことが有効です。
2 パワハラやセクハラに関するトラブルも要注意
市毛弁護士
労務関係で言えば、いわゆるハラスメントに関するトラブルにも注意が必要です。
結城弁護士
そうですね。ハラスメントは企業規模を問わず、多くの企業・組織で最近ますます問題となっています。異動が難しいことです。
また、業務が忙しいスタートアップでは、従業員の中で、次第に「これほど忙しいのに、思ったより給料がもらえない」などさまざまな不満がたまってくることがあります。
こうしたときに、経営者や上司などが強い口調で指導してしまって、パワハラだと訴えられるということがあります。しかし、経営者や上司の側は指導の証拠をほとんど残していません。
一方、パワハラを訴える側は、録音などで証拠を残している場合が多いものです。最近はスマホなどですぐに録音することもできます。
いつもは冷静な経営者や上司でも、つい、適切ではないと思われる発言をしてしまったり、強い口調で指導してしまったりすることもあると思います。そうした場合、そこだけを切り取られて録音されるというパターンもあります。
裁判例などを見ると、勤務態度にかなり問題がある従業員で、企業側は指導に困るだろうなと思われるようなケースであっても、1度でも上司の側が限度を超えた発言をしてしまうと、従業員に対して慰謝料(3万円、5万円など)を支払うように命じた判決が出されています。このように、違法ではないということが言いにくい場合、慰謝料を支払うように判断されることもあるので、注意しなければいけません。
セクハラの場合も同じです。スタートアップでは、当事者同士を引き離すというのが難しいので、どちらか、特に、セクハラだと指摘を受けた側が辞めなければいけないという話になりがちです。やはり相当気をつけなければならないトラブルだといえるでしょう。
事務局
ありがとうございました。スタートアップであっても、労務のトラブルが多いことが分かりました。困ったときは、こじれる前に弁護士などに相談するのが良さそうですね。
次回は、売掛金などお金に関するトラブルについてお伺いします。
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弁護士が教える 創業間もない時期の法務トラブル
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- 第3回 危ない取引先の見分け方
- 第4回 軽んじてはいけない「NDA(秘密保持契約書)」
- 第5回 知的財産権の侵害。御社は加害者にも被害者にもなる
以上
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