書いてあること

  • 主な読者:退職した社員から未払賃金の支払いを求められている経営者
  • 課題:退職者から未払賃金の支払いを請求された場合の交渉の流れを知りたい
  • 解決策:まずは任意交渉で解決を図る。それで解決しなければ訴訟となる。訴訟では、和解の選択肢も忘れない

このコンテンツは後編です。前編は次の記事をご確認ください。

1 主張が相いれない場合の解決方法

シーン:退職者側の弁護士との任意交渉、そして訴訟へ

会社の顧問弁護士であるC弁護士が、Xの代理人であるB弁護士と面談したところ、Xの言い分は「タイムカードの打刻後もサービス残業をしていて、未払賃金が発生している」というものでした。また、未払賃金の計算は、Xが自ら記録していた手帳・日記の記載に基づくということでした。

A社長は、在職時のXの上司に聞き取り調査を行いました。しかし、Xのサービス残業があったことは確認できず、証拠に客観性が乏しい状況です。そこで、A社長はC弁護士に対し、

直ちにXが主張する未払賃金を支払うのではなく、未払賃金の額を争う方針での任意交渉

を依頼しました。

こうして弁護士間での任意交渉が始まりました。

  • C弁護士:手帳・日記はXが作成したものであり、根拠としては不十分である
  • B弁護士:他にも客観的資料を確認している

双方の主張は平行線となりました。C弁護士は、客観的な証拠があれば和解も検討するつもりでしたが、最終的にB弁護士から資料の開示について難色を示されたため、任意交渉は決裂しました。その後、Xから会社に対しての訴訟が提起されました。

Q1:紛争を解決する方法にはどのようなものがある?

紛争を解決する方法としては、主に次の3つがあります。

1.任意交渉

法的手続によらず話し合いによって解決を図ります。裁判や労働審判などの法的手続の場合、解決までに時間がかかります。この点、任意交渉がスムーズに進めば、早期に紛争を解決することができます。

2.訴訟

この記事の事案では、未払賃金の支払いを求める訴訟を指します。事案や争点にもよりますが、多くの訴訟では、第一審の判決までに1年から1年半ほどの時間がかかります。

3.労働審判

訴訟と同じく裁判所による法的手続です。「原則3回以内」という短い期日で集中的に審理を行うため、訴訟よりも迅速に手続が進みます。ただし、「事実関係が複雑」「法的な判断が難しい(退職者の管理監督者性など)」など、審理に時間がかかる複雑な事案の解決には不向きです。労働審判手続を行うことが適当でない場合、訴訟手続に移行することがあります。

Q2:解決方法を選択するポイントは?

一般的には、

まずは任意交渉によって解決を試み、任意交渉では双方の折り合いがつかない場合、訴訟や労働審判による解決を考える

ことになります。具体的には、

  • 未払賃金の算定根拠が乏しく、会社として支払いに妥協できない場合
  • 法的な判断が求められる上に、他の社員にも影響する内容(労働時間管理の方法、退職者の管理監督者性など)について、会社側と退職者側双方の主張が対立している場合

などに、裁判所の判断を仰ぐことを検討します。

2 退職者側との交渉の落としどころは?

シーン:訴訟から1年が経過、そして和解へ

訴訟では、Xの主張する残業時間について争われましたが、両者の主張は平行線のまま、約1年間が経過しました。証人尋問が終わった後、裁判長は会社側に対し、和解による解決の可能性がないかを尋ねました。これを受けて、C弁護士はA社長に今後の方向性を相談しました。

C弁護士:A社長、Xさんの手帳・日記の他に、ビルの入退館記録やPASMOの記録が証拠として提出されています。これらの証拠を見て、裁判所はXさんの主張には一定の理由があると考えているようです。

A社長:Xの主張する額が全額認められるわけではないですよね? だったら、引き続き裁判で争い、判決を待つという対応でもいいんじゃないですか?

C弁護士:判決となった場合、未払賃金に加えて、遅延損害金や付加金を支払わなければならない恐れがあります。それに、Xさんと同じ労働条件で働いている他の社員から同様の請求を受けてしまうかもしれません。

A社長:うーん、そういう事態は避けたいなぁ……。

C弁護士:和解であれば、遅延損害金や付加金の支払免除を求めることができるかもしれません。それにXさん側の条件を聞くことで、御社の労働時間管理を見直す良い機会にもなるのではないですか?

A社長はこの考えに同意し、C弁護士に和解による解決を依頼しました。そして、最終的にXの主張する未払賃金の一部を支払うことで和解が成立しました。

Q3:交渉の決着方法にはどのようなものがある?

訴訟になったからといって、必ずしも判決による解決がなされるわけではなく、裁判所の関与の下、和解による解決がなされることも多くあります。

1.判決

裁判所が会社側と退職者側双方の主張を基に事実を認定し、未払賃金の額を判断します。

  • 会社側の主張が合理的で、退職者側の立証が不十分であると判断された場合、退職者側の請求を棄却する判決
  • 退職者側の主張の一部または全部が正しいと認められる場合、会社側に未払賃金(裁判所が事実認定によって判断した額)の支払いを求める判決

がなされます。

2.和解

裁判所の関与の下、会社側と退職者側双方の要望を盛り込んだ和解条項を作成します。和解条項には、

遅延損害金や付加金の支払免除、退職者の守秘義務(トラブルの存在や和解内容を他言しない旨)など

を盛り込みます。

Q4:どのような場合に和解を選択する?

和解を検討するのは、

敗訴する可能性が高い場合や、可能性が低くても敗訴したときの影響が大きい場合など

です。

判決での解決になると遅延損害金が発生する上に、事案によっては裁判所から付加金の支払いを命じられることもあります。そのため、裁判所が会社にとって不利な心証を抱いていると考えられる場合(退職者側が提出した証拠が合理的な場合など)には、遅延損害金などの負担を避けるため、和解を選択することが考えられます。

さらに、会社としては、他の社員との関係にも注意する必要があります。万が一、判決によって会社側が敗訴すると、退職者と同じような労働条件にあった他の社員からも、同様の請求を受けてしまう恐れがあります。こうした場合の対策として、

和解条項に守秘義務を設けることで、他の社員からの請求を回避する

ことも考えられます。

以上(2022年12月)
(執筆 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)

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画像:photo-ac

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