書いてあること
- 主な読者:休職中の社員の賃金支払いの実務について知りたい経営者、人事労務担当者
- 課題:休職中、賃金の支払いがない場合、社会保険料や税金を控除できない
- 解決策:会社が立て替えておき、復職後の賃金からまとめて控除する。傷病手当金を申請する場合、受取先を会社にして、社会保険料や税金を控除した上で社員に支払う
1 賃金0円でも社会保険料や税金がかかる
うつ病などで社員が休職した場合、多くの会社は、
「社員が私傷病で休職する場合、休職中の賃金を無給とする」といった就業規則等の定めを根拠に無給扱い
としています。となると、休職中、目に見えるコストは発生しないと思われますが、実際は社会保険料や税金がかかります。
「賃金0円なのに? あり得ない!!」
という声が聞こえてきそうですが、残念ながら事実です。休職中であっても、社員としての身分がなくなるわけではないので社会保険料は免除されませんし、住民税も休職しているか否かに関係なくかかります。
問題は、休職中これらの費用をどう支払うかです。法令で定められた項目(社会保険料や税金)は、賃金から控除できます(これを「法定控除」といいます)が、
休職中は賃金が発生しないため、これらを控除できない
のです。ちなみに、法定控除の対象となるものには、「1.その月の賃金額に関係なく金額が決まっているもの」「2.その月の賃金額に応じて金額が決まるもの」があります。
- その月の賃金額に関係なく金額が決まっているもの:健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料、住民税
- その月の賃金額に応じて金額が決まるもの(賃金額が0円の場合、控除不要):雇用保険料、所得税
賃金からの控除ができない場合、毎月社員に請求して払ってもらうことも可能ですが、支払いが遅れたり、場合によっては払ってくれなかったりすることもあり得ます。悩ましいところですが、この記事では、その解決策として、
- 復職後の賃金からまとめて控除する
- 傷病手当金から控除する
の2つを紹介します。
2 復職後の賃金からまとめて控除する
休職中、社員負担の社会保険料や税金を一旦会社側で立て替え、社員が復職した後に立て替えた金額を賃金から控除する方法です。具体的な流れは次の通りです。
1)「労使協定」で定める
会社が過半数労働組合(ない場合は過半数代表者)と労使協定を締結した場合、協定で定めた項目を賃金から控除できます。法定控除の項目は労使協定に定めなくても控除できますが、複数月分の社会保険料や税金をまとめて控除するのは、法定控除の範囲外です。ですから、
「休職中、会社が立て替えた社員負担の社会保険料、税金」を、賃金から控除する項目として労使協定に明記
しておく必要があります。
2)立て替えた金額を社員に通知し、同意を得た上で控除する
労使協定があれば、休職中の社会保険料や税金を復職後の賃金からまとめて控除しても、即座に法令違反にはなりません。ただ、実務上は、会社が立て替えた金額がいくらなのか、事前に社員に通知し、同意を得た上で控除するのが無難です。賃金支払いの際、控除額が膨大になると、社員への支給額が減って生活などに影響する恐れがあるからです。また、
立て替えた金額が大きすぎる場合、無理に1回の賃金支払いで控除しようとせず、複数回に分けて回収
するようにしましょう。
なお、
社員が復職できずに退職してしまった場合、賃金からの控除ができないので、そのときは会社の口座に振り込んでもらうなどして対応
します。
3 傷病手当金から控除する
傷病手当金を申請する際、受取先を会社にした上で、そこから社会保険料や税金を控除する方法です。傷病手当金とは、
社員が私傷病による療養で働けずに、連続3日以上休んだ場合、4日目以降から支給される健康保険の給付のことで、支給額は「おおむね休職前の賃金の3分の2」
です。具体的な流れは次の通りです。
1)傷病手当金の申請書に会社の口座を記入して提出する
健康保険の保険者が全国健康保険協会(協会けんぽ)の場合、傷病手当金の申請書は、
1枚目:被保険者情報や傷病手当金の振込先
2枚目:傷病の状況や休業中の賃金の有無
3枚目:勤務状況や賃金の支払い状況などの証明
4枚目:療養担当者の意見
という構成になっています。1枚目の振込先の欄に、「受取代理人」として会社の口座を記入すれば、その口座に傷病手当金が振り込まれます。申請書の提出先は、協会けんぽの都道府県支部で、申請書の提出から振り込みまでの期間は、おおむね2週間から1カ月です。
2)傷病手当金から社会保険料や税金を控除して社員に支払う
傷病手当金が振り込まれたら、そこから社会保険料や税金を控除して社員に支払います。通常、傷病手当金は1カ月ごとなど期間を区切って申請するので、会社の口座に振り込まれるのであれば、基本的に社会保険料や税金が控除できなくなる心配はありません。
この場合も、社会保険料や税金を控除することについて、あらかじめ社員の同意を得ておくのが無難です。また、支払いの際には、傷病手当金がいくら支給され、社会保険料や税金をいくら控除したのか、明細を作成して社員に通知するとよいでしょう。
大切なポイントとして、傷病手当金から社会保険料や税金を控除する場合、誤って雇用保険料と所得税を控除しないよう注意してください。なぜなら、
傷病手当金は、雇用保険料の控除対象となる賃金には含まれず、また非課税所得なので所得税もかからない
からです。例えば、日給月給制(1カ月単位で賃金を算定し、不就労分を控除する)の会社で、社員が1カ月の労働日全てを休職した場合、
傷病手当金から控除するのは、健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料、住民税
になります。
以上(2022年4月)
(監修 社会保険労務士 志賀碧)
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