1 労災認定

労働者が仕事(業務上)や通勤が原因で負傷や疾病を生じた場合に、その本人や遺族に各種保険給付が支給されるのが労災保険です。ケガや病気の治療費や休業補償等の他に、後遺障害が残った場合に義肢等補装具の費用補助やリハビリ支援、遺族のための就学費用や保育費用の補償も受けられることはあまり知られていません。

事業主の皆さまは、労災事故を起こさないように日頃から安全教育や事故防止に注力されているとは思います。万が一、従業員やパートアルバイトが仕事中にケガをした場合や仕事が原因で病気になった場合、労災保険の申請手続きについては労働者本人や遺族任せにせずに、事業主の皆さまも積極的に協力をしてください。労災事故の初動対応が、その後の労災トラブルを回避するためには極めて重要となります。

2 労災認定から支給まで

労災保険の請求から認定、支給決定までには一定の期間を要します。労災の指定医療機関で治療をすれば労働者本人(事業主)が負担することなく治療を受けることはできますが、治療費を立て替える場合や休業補償を請求する場合には必要書類を提出してから支給決定まで約1か月間、場合によっては1ヵ月以上要することもあります。さらには、後遺障害は約3か月、遺族補償は約4か月と見込まれています。また、疾病であれば下表のとおりいずれの補償においても約6か月の期間を要します。いずれも必要書類を不備なく労働基準監督署に提出してから要する期間であり、事故発生時からではないことも改めて確認してください。

特に後遺障害と認定されるためには、その症状がこれ以上治療しても改善されない状態「症状固定」として医師に後遺障害診断書を作成してもらう必要があります。治療期間も含めれば、後遺障害に関する労災保険の支給には相当の時間を要することは想像に難くありません。

保険給付の種類と標準処理期間

出典:労働実務 事例研究 労働新聞社編

3 脳・心臓疾患や精神傷害による労災認定

厚生労働省は、過重な仕事等が原因で発症した脳・心臓疾患や、仕事による強いストレス等が原因で発病した精神障害で、労災請求された件数や業務上の疾病と認定された支給決定件数を毎年6月末に「過労死等の労災補償状況」と称して公表しています。

この資料には下表のような過去5年間の労災請求件数と支給決定件数の推移から始まり、業種別、職種別、年齢別、都道府県別、残業時間数別等、様々な観点から分析されたデータが掲載されています。

脳・心臓疾患の労災補償状況

出典:厚生労働省 令和5年度 過労死等の労災補償状況
別添資料 脳・心臓疾患に関する事案の労災補償状況

「脳・心臓疾患」に関するデータで注目する点は、令和5年度に初めて請求件数が1,000件を超えました。また過労死ラインである残業時間が月80時間を超えた場合に支給決定件数が急増していることです。2021年(令和3年)9月14日に「脳・心臓疾患の労災認定基準」が緩和され、残業時間が月80時間を超えなくても、その他要因を考慮して労災認定すると改正されています。

脳・心臓疾患の時間外労働時間別支給決定件数

出典:厚生労働省 令和5年度 過労死等の労災補償状況
別添資料 脳・心臓疾患に関する事案の労災補償状況

「精神障害」に関するデータでは、「請求件数」が毎年増えていることです。20年前の2003年度(平成15年度)は742件、10年前の2013年度(平成25年度)は1,409件です。請求件数が10年ごとに倍増しており、今後も増加傾向が継続するものと推察されます。2023年(令和5年)9月1日に「精神障害の労災認定基準」が改正されて、精神障害の原因としての具体的出来事に「カスハラ」が含まれました。

精神障害の労災補償状況

出典:厚生労働省 令和5年度 過労死等の労災補償状況
別添資料 精神傷害に関する事案の労災補償状況

4 企業の対応方法

事業主の皆さまにとっては、今後ますます労務管理に関する負担が増えていくことは明らかです。労災事故防止の各種対策はすでに講じてはいるものの、人為的なミスを完全に排除することはできないため、国の労災保険だけではなく、民間の損害保険会社で労災上乗せ保険を別途手配されていると思います。労災の上乗せ保険には、国の労災保険の支給決定を待たずに保険金支払いをする商品が主流にもなっています。しかし、今後は、従前のようなケガを前提とした労災の上乗せ保険の補償だけではなく、上述の脳・心臓疾患や精神障害を前提とした補償内容に見直すことをお勧めします。

国の労災保険の認定要件は「業務遂行性」と「業務起因性」です。いずれの要件を満たすということは、企業に責任があることを国が証明したということになります。そのため、企業側の安全配慮義務違反を理由に高額な損害賠償を請求されるケースを想定して、既存の労災上乗せ保険に「使用者賠償責任保険」を適切な金額で付帯すること、役員個人の善管管理義務違反を理由に提訴された場合を想定して、別途「会社役員賠償責任保険」を手配することをお勧めいたします。

以上(2024年8月作成)

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画像:photo-ac

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