書いてあること

  • 主な読者:労働基準監督署の臨検監督について知りたい経営者、人事労務担当者
  • 課題:そもそもどういう調査なの? リスクはあるの? 
  • 解決策:会社が労働基準関係法令に違反していないかの調査。違反は送検や会社名公表の対象だが、通常は真摯に是正・改善に取り組めば問題ない

1 そもそも「臨検(リンケン)」って何?

ある会合で、A社の社長が他の経営者に

「ウチの会社に臨検(リンケン)が入ったんだよ。しかも、アポイントもなく突然……」

と愚痴っぽく話しています。どうやら、労働基準監督署(以下「労基署」)の職員が会社にやって来て、出勤簿、賃金台帳、就業規則、36協定などを見せるように言われたようです。

社長が「忙しいから困る」と拒否しても、職員は「私たちには捜査権や逮捕権がある」の一点張り。詳しく話を聞くと、A社ではかなりの残業代の未払いが発生しており、そのせいで社員の1人が労基署に駆け込み、抜き打ち調査が行われたようです。

というのが、労基署の「臨検(リンケン)」の一般的なイメージです。正しくは「臨検監督」(以下「臨検」)。簡単に言うと、労基署の労働基準監督官(以下「監督官」)が、会社を訪問して各書類を確認するなどして、労働基準関係法令に違反していないかチェックすることです。

労働基準関係法令:労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法、じん肺法、家内労働法、賃金の支払の確保等に関する法律など

臨検で重大な違反が見つかり、送検された会社をニュースなどで目にした経験もあると思いますが、臨検がどのように行われるのか、その実態は意外と知られていません。一方、

2024年4月に「労働時間」「労働時間の明示」など、労働基準法関連の重要な法改正があった関係で、今後、労基署の動きが活発になる可能性がある

ため、今のうちにイメージを押さえておきたい経営者は少なくないはずです。以降で、社会保険労務士監修のもと、普段はなかなか聞けない労基署の臨検の舞台裏を紹介します。

2 労基署の臨検って、突然やって来るの?

労基署の臨検は、

  • 定期監督:労基署の年間計画に基づき、毎月対象の会社を選定して実施
  • 申告監督:社員(退職している社員を含む)からの申告に基づき実施
  • 災害時監督:重大な労働災害が発生した際、原因の究明や再発防止の指導のために実施
  • 再監督:是正勧告を受けた会社の状況が改善されているかを確認する場合に実施

の4種類に分類されます。

定期監督の場合、通常は事前に監督官から、会社を訪問する(または経営者などに労基署に来るよう求める)旨の書面が送られ、用意すべき書類や日時が指定されます。時間もある程度決まっていて、おおむね2~3時間です。

一方、申告監督や災害時監督の場合、事前の連絡なしに抜き打ちで行われることが多いですが、労基署が申告者を保護する目的で、定期監督を装い事前に連絡するケースもあるようです。

監督官は、司法警察職員として会社を捜査する権限を持っているので、

監督官が臨検にやって来たら、原則として拒否することはできません

が、経営者が不在で臨検が実施できないなど、延期が認められるケースもあるようです。

3 具体的にどういう違反をチェックするの?

2022年に実施された臨検(17万1528件)のうち、大部分を占めるのは定期監督等(14万2611件)で、主に次のような違反が指摘されています(厚生労働省「令和4年労働基準監督年報」)。

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「健康診断」「安全基準」「労働時間」など、社員の健康や安全に直接影響を及ぼす違反が指摘を受けやすくなっています。特に、赤字にした「労働時間」については、

2024年4月から、いわゆる「時間外労働の上限規制」が建設業、自動車運転業務、医師、砂糖製造業(鹿児島県・沖縄県)にも適用

されるようになり、今後これらの事業・業務に対する監督が厳しくなる可能性があります。同じく赤字にした6位の「労働条件の明示」も、法改正に関する項目なので注意が必要です。

2024年4月から、社員の雇入時や契約更新時に、「就業場所・業務の変更範囲」「契約上限の有無とその内容」「無期転換の申込機会と転換後の労働条件」を新たに明示

しなければならなくなっています。

4 臨検の種類や監督官によって厳しさが違う?

一概には言えませんが、臨検の種類ごとに厳しさの順位を付けるとすると、

  • 監督官が指導した後に改善されているかを確認する「再監督」
  • 重大な労働災害が発生したために実施する「災害時監督」
  • 社員の求めにより実施する「申告監督」
  • 計画で実施する「定期監督」

となるでしょう。

また、監督官によって厳しさが異なるケースもあり、経験豊富な監督官の場合、会社の事情を考慮して、現実的な解決策を提案してくれることもあります。例えば、賃金未払いについて、会社の財務状況などを考慮し、支払いまでの期限を長めに設定してくれるといった具合です。なお、社会保険労務士などの専門家は、労基署の臨検に立ち会ってくれることがあるので、会社だけで監督官に対応するのが不安な場合、相談してみるとよいでしょう。

5 違反があったら即座に送検されてしまうの?

監督官は、会社が労働基準関係法令に違反した場合、経営者などを地方検察庁に送検する権限を持っています。ただ、即座に送検されるのは相当悪質なケースに限られ、通常は

監督官の指導に従い真摯に是正・改善に取り組めば、「送検なし」で完結することが多い

です。監督官の指導は次のような流れで行われます。

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監督官は会社に対し、労働基準関係法令に違反した場合は「是正勧告書」、違反はないが労務管理の改善が必要な場合は「指導票」を発行します。どちらも是正・改善すべき事項とその期日が記載されています(書式については後述)。

会社は、期日までに是正が完了したら「是正報告書」、改善が完了したら「改善報告書」を監督官に提出します。ちなみに、是正・改善どちらの場合も、

期日は是正勧告書(または指導票)の発行から、おおむね1~2カ月後

です。間に合わない場合は必ず監督官に連絡し、対応する意思があることと現在の状況を伝え、期日の相談をします。なお、労働基準関係法令に違反した場合、期日までに是正報告書を提出しない(または労基署が催促しても回答しない)など悪質な対応をしていると、再監督を経た上で、

「地方検察庁に送検される」+「厚生労働省ウェブサイトで会社名が公表される」

というペナルティを受ける恐れがあります。ちなみに、期日までに状況を是正・改善し、監督官への報告が無事終了した場合であっても、何年か経ってから、状況をチェックするため再監督が実施されることがあります。ですから、

一度是正・改善したら終わりではなく、その状況を維持する(可能ならさらに改善する)

という意識が大切です。

6 是正勧告書や指導票ってどんなもの?

最後に、社会保険労務士が作成した是正勧告書と指導票の一例を紹介します。

まずは是正勧告書です。

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是正勧告書には、違反があった法条項等、違反事項、是正期日が記載されています。ただし、どう是正すべきかは載っていないケースが多いので、不安な場合、監督官や専門家に相談しましょう。また、「不足額については、遡及して支払うこと」などの記述がある場合、トラブルにならないよう、「いつからいつまでの分を支払うか」などについて、監督官と認識を共有しておきましょう。

次は指導票です。

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指導票には、労働基準関係法令の違反に関する事項はなく(そもそも違反していないので)、指導事項とその報告期日が記載されています。指導票の未提出は送検の対象になりませんが、再監督が入る可能性がありますから、こちらも必ず期日までに提出しましょう。

会社は、是正勧告書に対しては「是正報告書」、指導票に対しては「改善報告書」を作成して、監督官に提出します。どちらの報告書も監督官から紙で手渡しされたものに記入しますが、一部の都道府県労働局ウェブサイトでは書式のデータが公表されているので、「手書きは面倒」という場合、そちらを活用するとよいでしょう。

■鳥取労働局「是正・改善 報告書様式」■
https://jsite.mhlw.go.jp/tottori-roudoukyoku/newpage_01118.html

なお、是正報告書・改善報告書については、ただ報告書に「いつ、是正(改善)しました」と記載するだけでなく、是正(改善)したことを証明する資料を別紙で提出する必要があります。

(例1)未払い賃金の是正に関する資料:賃金台帳、給与支給明細書など

(例2)機械の安全基準の是正に関する資料:是正した状況が確認できる写真など

以上(2024年6月更新)
(監修 ひらの社会保険労務士事務所)

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画像:pixabay

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