書いてあること
- 主な読者:解雇が無効となった場合に発生する「バックペイ」について知りたい経営者、人事労務担当者
- 課題:いつからいつまでの賃金なのか、金額はどれくらいなのか?
- 解決策:解雇が無効となった場合、「解雇してから、その社員が職場に復帰するまで」の賃金が発生。裁判が長引きそうなら和解などでの解決も検討
1 解雇が無効になった場合に発生する「バックペイ」
解雇に関するトラブルは多く、裁判で解雇が無効(不当解雇)となるケースも少なくありません。その場合、
会社は社員に対し、解雇期間中の賃金(バックペイ)を支払う義務
を負います。通常、会社が社員を解雇した時点で労働契約は終了するので、賃金を支払い義務はなくなります。しかし、解雇が無効になると、労働契約は終了しなかったことになるため、解雇期間中(会社が社員を解雇してから、社員が職場に復帰するまで)の賃金を支払う必要が出てくるのです。解雇した時点に遡って賃金を支払うことから、「バックペイ」と呼ばれます。
解雇期間中、社員は働きません。そのため、会社は社員が働いていないのに賃金を支払わなければならず、裁判が長引けば金額も大きくなってしまいます。
逆に、バックペイのルールをしっかり理解しておけば、
「解雇が無効になったら、どのぐらいの額の支払いが必要になるのか」をシミュレートし、裁判が長引きそうな場合、和解などで解決を図る
といった対策を講じることができます。以降でポイントを確認していきましょう。
2 バックペイの根拠は民法にあり
前述した通り、解雇が無効になると、会社は働いていない社員に賃金を支払う必要があります。それは、民法第536条第2項に、
債権者の責めに帰すべき事由により、債務者が債務を履行できなくなった場合、債権者は反対給付(債務者に対する給付)を拒めない
という旨の定めがあるからです。バックペイの場合、次のような関係になります。
- 債権者=会社
- 債務者=社員
- 債権者の責めに帰すべき事由=不当解雇
- 債務の履行=労務の提供
- 反対給付=賃金の支払い
つまり、会社が社員を不当解雇したせいで、社員が労務を提供できなくなった場合、会社は賃金の支払いを拒めないとなるわけです。ただし、社員が会社に対し、労務を提供する(債務を履行する)意思があることがこのルールの前提なので、例えば、
社員が「会社に戻るつもりはないが、解雇自体は不服だ!」といって訴訟を起こした場合などは、バックペイの支払いは不要(不当解雇に関する損害賠償などは別)
です。ちなみに、社員が解雇期間中、別の仕事に就いていた場合に、会社に復帰する意思があるといえるのかどうかがよく問題になりますが、この点については第5章で説明します。
3 解雇期間中の全期間で賃金が発生するのが原則
バックペイの対象となる期間を、日給月給制(1カ月単位で賃金を計算し、働いていない時間分は控除する)の場合で考えてみます。会社が社員を解雇し、その後裁判で解雇が無効になった場合、その社員は、
- 原則:解雇期間中の全労働日を出勤したとみなし、賃金の支払いが必要
- 例外:解雇されなくても就労できなかったであろう期間は、賃金の支払いは不要
となります。就労できなかったであろう期間とは、
- 私傷病により療養していた期間
- 産後8週間の期間(母体保護のため、労働が原則として禁止されている期間)
などです。
4 通勤手当や賞与など、一部は支払わなくてもよい
バックペイとして支払う賃金は、原則として
社員が解雇されなかった場合、確実に支払われたであろう賃金
です。ですから、毎月、固定給として支給される基本給はもちろん、諸手当(役職手当、家族手当、住宅手当など)についても確実に支払わなければなりません。一方、過去の裁判例の中には、
賃金の一部(通勤手当、残業代、賞与など)は、バックペイに含まなくてもよい
と判断したものがあります。
1.通勤手当
通勤時の交通費を補てんするために支給される通勤手当については、
交通費の実費弁償的な性質があるので、実際に就労していなければ請求できない
と判断した裁判例(名古屋高裁昭和56年4月30日判決など)があります。
2.残業代
時間外勤務の実績に応じて支払われる残業代については、
時間外勤務を命じられて現実に勤務をして初めて発生するため、実際に時間外勤務をしていなければ請求できない
と判断した裁判例(東京地裁平成7年12月25日判決など)があります。ただし、固定残業代のように、残業時間に関係なく定額で支給する残業代については、バックペイの対象になります。
3.賞与
半年に1回など、通常の賃金とは別に支給される賞与については、
業務成績等を個別に査定した上で賞与を支給する場合、実際に査定を受けていなければ請求できない
と判断した裁判例があります(東京地裁平成18年1月23日判決)。逆に、個別の査定を行わずに賞与を支給する場合、バックペイの対象になると判断した裁判例もあります(福岡地裁平成21年6月18日判決)。
このように賃金の一部はバックペイから除外できる可能性がありますが、注意が必要なのが
バックペイの総額は、「平均賃金×60%以上×解雇期間中の所定労働日数(解雇されなかった場合、就労できたであろう日数)」を下回ってはならない
という点です。これは、労働基準法第26条の「休業手当(会社都合で社員を休業させる場合に支払う手当)」のルールをバックペイに適用したものです。平均賃金は、
解雇期間初日の直前3カ月間の賃金総額÷直前3カ月間の総日数
で計算しますが、この場合の賃金総額には、通勤手当や残業代も含まれるので要注意です(3カ月を超える期間ごとに支給する賞与は賃金総額に含めない)。
5 解雇期間中に他社で働いていたらどうなるの?
第2章で、バックペイの前提は、その社員が会社に復帰する意思があることだと説明しました。では、解雇期間中に社員が他の仕事に就いていたらどうなるのでしょうか。これについては、
解雇期間中の収入が解雇前に比べて低く、また他の仕事に就く前から一貫して解雇の無効を訴えていることなどから、復帰の意思がある
と判断した裁判例(東京高裁平成31年3月14日判決)や、
他社に就職しつつも、解雇前の会社に復帰できるよう住所を維持していたり、再就職した会社をすぐに退職することが可能と証言していたりすることから、復帰の意思がある
と判断した裁判例(東京地裁令和4年3月16日判決)などがあります。つまり、解雇期間中に他の仕事に就いていても、会社への復帰の意思が即座に否定されるわけではないとうことです。ただし、社員が
解雇期間中に収入を得ていた場合、その額をバックペイの額から控除することは可能
です。もっとも、前述した通り、バックペイの総額は「平均賃金×60%以上×解雇期間中の所定労働日数」を下回ってはいけないので、控除額には限界があります。また、仕事による収入の控除は認められますが、社員が在職中、雇用保険に加入していた場合、
雇用保険の「失業手当」などの給付額は、バックペイの額から控除できない
ので注意が必要です。
以上(2024年2月作成)
(監修 弁護士 田島直明)
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