目次
1 “自社を必要以上に大きく見せる”ことなく、採用したい人に応募してもらう
今シリーズの狙いは、経営者、人事担当者、現場の皆さんのお悩みである「社員を採ってもすぐに辞めてしまう上に、そもそも採れない」という課題を解決することです。
『人が辞めない会社、10のヒント』と題して、「時系列」で毎回1つずつご紹介しています。
「社員を採ってもすぐに辞めてしまう上に、そもそも採れない」という課題の原因と解決策は会社によってさまざまです。
今回ご提示するヒントが皆さんの抱える原因に明らかに当てはまらない場合は、読み飛ばしてくださって結構です。ですが、ヒントの1~9までが該当しなくても、10が当てはまるかもしれません。
全社共通の原因もあれば、部署ごとの固有の原因も存在することでしょう。原因が1つだけというケースは少ないので、何回分か読んでいただければ「これはうちにも当てはまるな」というものを見つけていただけるのではと思います。
前回、ヒント1として社員の入り口となる採用について触れました。募集時に“自社を必要以上に大きく見せていませんか?”と、皆さんに疑問を投げかけました。
社員が早期退職してしまう事例として、「普通に募集しても応募者が集まらないから」「もっと優秀な人を集めたいから」と、募集段階で“自社を必要以上に大きく見せてしまう”ケースが後を絶ちません。
募集広告の内容を信じて応募し入社した本人が、「聞いていた話と違う」となって、早期退職につながってしまうのです。
“だって自社を大きく見せないと、うちみたいな会社には応募者が来てくれないじゃないか”という声が聞こえてきそうです。
そこで今回と次回で、本人が「聞いていた話と違う」となることなく、「自社が本当に採用したい人に応募してもらう」方法を、事例と合わせてご紹介します。
2 会社の「求める人材像」が明確で、採用基準となっていますか?
採用に関わったことのある人であれば、「求める人材像」という言葉はご存じでしょう。文字通り「会社がどんな人材を求めているか、その条件を定めたもの」です。
あなたの会社の「求める人材像」は明確ですか。「求める人材像」を基準に募集や面接を進めて、採用者を決定できていますか。できていないとすれば、それが「社員を採ってもすぐに辞めてしまう上に、そもそも採れない」ことの原因の1つである可能性が高いです。
「求める人材像」という言葉を初めて聞いたという人は、「そんなものを提示したところで、会社が採用したいのは、学生でいえば偏差値の高い大学の出身者や、働く意欲や向上心の高い学生なのではないか」と考えるでしょうか。
一方、「求める人材像」を定めているという会社でも、それを基準に採用活動ができているとはいえない。そもそも採用基準にすることに懐疑的なところも少なくないようです。
理由として、先ほどのように「定めてはいるけれど、他社と大差ないと思うので結局はあまり意識せず採用している」や「人事レベルでは採用基準としているが、最終判断する役員や社長が意識しているとは思えない」など、いろいろな状況があるようです。
「求める人材像」なら知っているよという方に聞きます。「求める人材像」にはどんな要素が含まれるでしょうか。
何かの法則のように明確に定義されているわけではないのですが、さまざまな文献や専門家の意見、私の実感も含めて整理すると、大きくは「(1)適性」と「(2)意欲」に分けられるようです。それぞれには次のような要素を含んでいると考えられます。
(1)適性 ①価値観/資質・性格 ②経験/スキル(知識・能力)
(2)意欲 ③興味関心 ④将来像
先に申し上げておくと、(2)意欲①興味関心については、本人がすでに持っている部分はあるものの、会社からの情報提供により仕事や会社への理解が進むにつれて高まっていくものといえます。
同じく(2)意欲④将来像についても、本人が具体的な将来像を描けているか、それが会社の求めるものと一致するかは、仕事や会社への理解次第でしょう。
すなわち、(2)意欲については、会社の求める(1)適性との一致を確認した後で、“会社からの働きかけ次第”でいかようにも変えられる部分なのです。
ということで(1)適性のほうを掘り下げてみましょう。
3 企業が応募者に求める資質やスキルは共通? では価値観はどうか
2022年に経団連がまとめた「採用と大学改革への期待に関するアンケート」結果によれば、「採用の観点から、大卒者に特に期待する資質・能力・知識」として、次のような点が挙げられています。
上記(1)①に含まれる「資質」として特に期待するのは「主体性」「チームワーク・リーダーシップ・協調性」で、回答企業の約8割が指摘しています。次に変化の激しい人生100年時代を迎えて、「学び続ける力」も4割近くが求めています。
上記(1)②に含まれるスキルの「知識」として最も期待するのは、「文系・理系の枠を超えた知識・教養」。「能力」の上位は、「課題設定・解決能力」「論理的思考力」「創造力」とのことです。
多くの企業で新卒採用での「求める人材像」(1)の①資質・性格や②スキル(知識・能力)が似通っている点は否めません。
ちなみに、これらの項目は、ここ数年でもあまり変化していないようです。
これから就職活動を始める学生さんや若手社員の皆さんには、これらの「資質」「知識能力」を意識して鍛えていただければと思います。ただ会社側にも知っておいていただきたいのは、①資質・性格は簡単ではないですが、
少なくとも②スキル(知識・能力)は入社後でも十分に鍛え得るという点です。
少し想像すれば分かりますが、これらの条件を全て満たしている学生など、ほんの一握りでしょう。
一定基準では満たしていてほしいところですが、採用時点で多くを求めれば求めるほど自社の採用の可能性を狭めてしまいそうです。
では、残った(1)①の「価値観」についてはどうでしょうか。皆さんの会社が社員に求めている「価値観」とは何ですか?
「求める人材像」の(1)①「価値観」が明確ではないという方は、次の質問を自社に問うてみてください。
Q.会社が「これだけは譲れない」と大切にしてきた価値観は何ですか
経営トップが「こういう社員を大事にしたい」「こういう社員は許さない」と繰り返し求めていれば、それも会社として「大切にしたい価値観」の1つといえるでしょう。以上を含めて複数ある場合は、優先順位をつけて並べてみてください。
「大切にしたい価値観」が10も20もたくさんあるという会社もあるかもしれませんが、求める数が増えるほど採用できる対象者がどんどん少なくなってしまいます。
また、あらゆる価値観が一致する同質な人材だけを集めても、会社の強みや魅力は広がりませんし、世の中の変化にも対応できなくなります。
理想としてはこれだけは譲れないものを、優先順位の高い順にできれば3つ程度、せいぜい5項目くらいまでに絞ってみてください。他社は必ずしも優先しなくとも、自社としては優先的に採用したい価値観を共有できる人材が集まってくれる可能性が高いでしょう。
会社と価値観を共有できている人材は、入社してから簡単には辞めません。
4 “目指すこと”、“大切にしたいこと”の明示が、人を強く引き寄せる!
会社が“大切にしたいこと”=価値観が明確になったら、同時に会社が“目指すこと”=目的も、併せて言葉にしてみましょう。
会社が目指す目的は、企業理念を言葉にまとめている会社であれば、その中に書いてあるはずです。会社が目指す理想の姿としてどうなりたいのか、それが目指す目的です。
最近よく耳にする「パーパス(英語で目的、そこから派生して存在意義と訳しているケースもあります)」はこれに当たります。社会的存在としての目的のようにいわれていますが、自社が本気で目指していることであれば社会的存在としての云々でなくとも私はいいと捉えています。
さて、本人が「聞いていた話と違う」となることなく、「自社が本当に採用したい人に応募してもらう」方法の1つは、採用時に会社が“目指すこと”、“大切にしたいこと”を明示することです。
そんなものを明示したところで、応募者を引きつけられるものだろうか。中小企業や不人気の業界に応募者が増えるのだろうかと、不安に思われるでしょうか。
身近な例で考えてみましょう。あなたに“推し”たい(大好きな)対象がいて、でもすごくマイナーな存在だったとしましょう。
ジャンルは皆さんが趣味としているもので構いません。アーティストやアイドル、スポーツ選手やチーム、アニメや漫画のキャラ、敬愛する歴史上の人物、昔のクルマやバイク。何でもいいので世の中としてはマイナーな“推し”を、1つ(1人)思い浮かべてみてください。
マイナー過ぎて公言することには気後れしていたかもしれませんが、ここは思い切ってSNSでカミングアウトしてみましょう。SNSの素晴らしさは、一瞬で世界中の人とつながれることですよね。すると、同じように「こんな対象を“推す”人なんていないだろう」と思っていた人があなたを見つけて反応してくれます。
彼らからすればどうでしょう。「やった、同じ目的や価値観を共有できる仲間が見つかった!」となるはずです。世界中のあまたの人の中に、自分にとって本当に心を許せる友を見つけたような喜び。その人にとって、こんなに魅力的なことがあるでしょうか。
それらの“推し”は、ある意味で知る人ぞ知る中小企業(ほとんどの人は知らない)と同じです。「うちの会社の目的や価値観は、かなり特殊だから」と心配でしょうか。むしろそれくらいでいいのです。だからこそ強烈に共感して“推し”てくれる人材が見つかります。
5 上場後に幹部が一斉退職したA社を救ったのは、価値観を共有して入社した若手だった
私がかつて採用をご支援したA社の事例を紹介します。
A社はB社長が創業したレストランチェーンで、まだ店舗数も限られた中小企業でした。数年以内には株式上場を果たし、一気に規模も大きくしたいということで、まとまった数の新卒採用を成功させたいとのことでした。
私は取材を進めながら、オーナーであるB社長が“目指すこと”、“大切にしたいこと”を打ち出して、共感してくれる学生を集めましょうとご提案しました。
例えばこんな感じです。価値観はまずまず独特ですよね。
・目的/誰もが楽しめて感動できるレストランを作る
・価値観/結果次第で社長の給料さえ超えられるが、降格もある
価値観/自分で手を挙げない限り昇給も昇格もできない
価値観/会議では社長も店長も同じ1票
価値観/上司を見るより、お客様を見ろ
これらの考え方を分かりやすく解説した冊子を用意して、広告やホームページで告知し、読んで共感した人は社長宛に手紙を書いて送ってほしいという形で募集をかけました。その代わり、送ってくれた全員に社長が直接会うという約束をして。
結果、学生の売り手市場の中、予想を大きく上回る数の熱い気持ちのこもった手紙が集まりました。社長は約束通り全員と会って話を聞き、その中から特に共感してくれた学生を中心に採用を決めました。
その後、A社は無事に株式上場を果たします。ところが、とんでもない事態が起こります。事前に経営幹部にも会社の株の一部を持ってもらっていたところ、彼らのほとんどが、株を売って独立し、会社を去ってしまったのです。一国一城の主を目指す人たちが集まる業界とはいえ、上場してこれからというタイミング。B社長は頭を抱えました。
すると、その姿を見ていた若手の店長たちが、B社長のところに来てこう言ったそうです。「社長、僕らは辞めません。社長の考え方に強く共感してこの会社を選んだのですから。大丈夫ですよ、僕らに任せてください!」彼らはあのときに採用した新卒たちでした。
その後若手の店長たちは幹部が抜けた穴を見事に埋め、成長しながら危機を乗り切ってくれたそうです。
ネットやSNSの時代には、会社が“目指すこと”=目的と“大切にしたいこと”=価値観を分かりやすく明示できれば、本当に共感してくれる人材に届けることができます。彼らは自分の目的と価値観に一致する会社を見つけて、「ここしかない」と思って応募してくれるはずです。
第3回を最後までお読みいただきありがとうございました。
ご紹介するヒントを参考にしながら、自社を退職する一人ひとりの「辞める理由」と、働いている一人ひとりの「辞めない理由」を丁寧に拾ってみましょう。見えてきた自社ならではの“課題”を解消し“強み”を活かせれば、『人が辞めない会社』へと変われるはずです。
次回も引き続き『人が辞めない会社、10のヒント』をご紹介していきます。
<ご質問を承ります>
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※武田が以前上梓した書籍『新スペシャリストになろう!』および『なぜ社長の話はわかりにくいのか』(いずれもPHP研究所)が、ディスカヴァー・トゥエンティワンより電子書籍として復刻出版されました。前者はキャリア選択でお悩みの方に、後者はリーダーやトップをめざしている方にお薦めです。
『新スペシャリストになろう!』
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『なぜ社長の話はわかりにくいのか』
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以上(2025年9月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
https://www.brightside.co.jp/
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