目次
1 会社が“目指すこと”、“大切にしたいこと”は明確になりましたか
今シリーズの狙いは、経営者、人事担当者、現場の皆さんのお悩みである「社員を採ってもすぐに辞めてしまう上に、そもそも採れない」という課題を解決すること。『人が辞めない会社、10のヒント』と題して、毎回1つずつご紹介していきます。
この課題の原因と解決策は会社によってさまざまです。
今回ご提示するヒントが皆さんの抱える原因に明らかに当てはまらない場合は、読み飛ばしてくださって結構です。ですが、ヒントの1~9までが該当しなくても、10が当てはまるかもしれません。
全社共通の原因もあれば、部署ごとの固有の原因も存在することでしょう。原因が1つだけというケースは少ないので、何回分か読んでいただければ「これはうちにも当てはまるな」というものを見つけていただけるのではと思います。
さて、これまでヒント1「自社を大きく見せていませんか?」、2「会社が“目指すこと”、“大切にしたいこと”を明示する」と、社員の入り口となる採用について触れてきました。今回のヒント3も引き続き採用時におけるヒントです。
人材獲得の入り口である採用においては、自社を「必要以上に大きく見せることなく」、求める人材像として「会社が“目指すこと”、“大切にしたいこと”を明示」してみましょう。ネットやSNSの力で、あなたの会社が本当に“採用したい人材”にアプローチすることができます。
問題はあまたの情報があふれる中で、「会社が“目指すこと”、“大切にしたいこと”を明示」するだけで、 “採用したい人材”に十分にアプローチできるかどうかです。
今回は、会社が“目指すこと”、“大切にしたいこと”に対して強く共感してくれる“採用したい人材”への具体的なアプローチ方法を、事例と併せてご紹介します。
2 自社ならではの「好きな人は好き」を、一行キャッチフレーズにする
前回、A社の事例を紹介しました。上場後に幹部が一斉退職するというピンチを乗り切ることができたのは、B社長の“目指すこと”=目的と“大切にしたいこと”=価値観に共感して入社した若手社員の存在でした。
その際は、募集時に同社B社長の考え方を冊子にまとめたわけですが、それらをネットやSNSにどんと上げたところで、内容がよほどとんがっていないと目立たないし、本当に“採用したい人材”にアプローチするのは難しいでしょう。
目立たせるためには、伝えたい情報の中で“エッジを立てる”必要があります。そこで取り組むべきは、自社が“目指すこと”=目的と“大切にしたいこと”=価値観に密接につながる象徴的な内容を、一行キャッチフレーズにする作業です。
具体的には、“目指すこと”&“大切にしたいこと”を象徴する一言、あるいは象徴する事実を提示するのです。
前回紹介したA社の“目指すこと”&“大切にしたいこと”を再掲すると、
・目的/誰もが楽しめて感動できるレストランを作る
・価値観/結果次第で社長の給料さえ超えられるが、降格もある
価値観/自分で手を挙げない限り昇給も昇格もできない
価値観/会議では社長も店長も同じ1票
価値観/上司を見るより、お客様を見ろ
これらをまとめた一行キャッチフレーズは、例えばこんな感じでしょうか。
「言いたいことを言ってくれ! 世界中に感動できるレストランを作ろう!(社長)」
この一行からは「言いたいことが言える」風通しの良さと同時に、世界中に~という壮大な目的を前に、発言や行動への強い責任が感じられます。
大事なのは、この一行の後に上記4つの価値観を説明すると、違和感なく、全てがつながって見えるということ。「求める人材像」が応募者にとってリアルかつ立体的にイメージできるということです。
3 会社の目的や価値観を表す事実を、挙げるだけでもよい
A社はかなり個性的な会社でしたが、「うちはそこまでとんがっていない」という声もあるでしょう。
そこまで個性的ではない、とんがっていないという会社でも、目的や価値観を表す事実を挙げるだけで十分にアピールできます。
C社の事例を紹介しましょう。
一行キャッチフレーズ
「創業以来20年、毎年社員全員で海外旅行に行く理由をお話しします」
C社は数百人規模の商社。コロナ禍前まで毎年必ず社員全員で海外旅行に行くことにこだわり、実際に続けてきました(コロナ収束後に再開しているようです)。
旅行資金は会社も補助して積み立て、日ごろ社員を支えてくれているご家族の参加もウェルカム。時代とともに個々の希望を活かすなど、負担感のないよう配慮してきました。
20年の間には、世の中の不景気もあれば、会社の業績の上下もあります。厳しい年は近場の韓国や香港で、良い年は欧州など遠方へ。この制度を続けてきた背景には、創業者の強い思いがあったのです。C社のD社長が“目指すこと”&“大切にしたいこと”の根幹でした。
採用募集では、この一行キャッチフレーズを前面に掲げつつ、“目指すこと”&“大切にしたいこと”に関わる社内の情報を添えて説明していきます。
・D社長の創業のきっかけは、自分が何をしたいのか分からず悩んでいた頃に世界を旅行で巡って、日本に生まれて恵まれてきたことを強く感じ、「自分にはもっとできることがあるのでは」と一念発起したことだった。
・現在の事業はまだ国内中心だが、将来的には海外進出して広く世界の人々に貢献することを目指している。だから社員にも海外を常に意識していてほしいし、世界に出たとき、この会社と自分に何ができるかを意識してほしいという思いがある。
・「新事業提案制度」「海外ボランティア休暇制度」を用意したのも同じ理由。毎年の海外旅行で世界を見て刺激を受け、事業として利益を上げて継続性を担保しつつ、世界の人々に貢献できる提案をどんどんしてほしい。
一連の話には創業者の一貫した思いが流れています。こんな会社を「好きな人には好き」でたまらないメッセージでしょう。
いかがでしょう。皆さんの会社にも“目指すこと”&“大切にしたいこと”を象徴するような、創業以来のこだわりや企業文化があるのではないでしょうか。
普段は当たり前すぎて気付かないのですが、私のような外部のコンサルタントに指摘されて気付くケースも少なくないようです。次にご紹介するE社もそうした事例です。
4 “目指すこと”、“大切にしたいこと”の事実が、人を強く引き寄せる!
私の採用セミナーに参加したE社の事例です。各社の人事担当者に「皆さんの会社の、他社にない特徴は何ですか?」と質問したところ、「うちはこれといった特徴もない、普通の会社ですから」と自信なさげな反応ばかりでした。
私は質問を変え、「例えば、皆さんの会社で何年も長く続いているこだわりの事実や制度はありませんか?」と聞きます。するとE社の担当者が答えました。
「あえて言うとすればそうですね。うちは創業30年くらいなのですが、これまで出産を理由に退職した女性社員はいません。こんなのでいいのでしょうか?」
それを聞いた他のセミナー参加者がざわつきます。すかさず私は会場全体に向けて質問します。「皆さんの会社の中に、“創業以来、出産を理由に退職した女性社員が一人もいない”会社はありますか? 挙手してください」
周囲を見渡すも、誰も手を挙げません。私はE社の担当者に言いました。「ほらね、それは当たり前じゃなくて特別なことなのですよ。ではなぜ“創業以来、出産を理由に退職した女性社員がいない”のか教えていただけますか?」
事実の裏には、創業者の強い思いが隠れていました。
「創業者の考えなのですが、採用して頑張ってくれている社員は会社にとって宝だ。結婚や出産は喜ばしいことであって、それを理由に辞めてほしくない。家庭の事情でしばらく離れることがあっても、本人が希望すればいつでも戻って来られる会社でありたい、と常々言っています」。
私は会場にもう一度質問しました。「今の話を聞いて、この会社に興味が湧いてちょっと好きだなと思った人、手を挙げてください!」すると、過半数を大きく上回る人がすっと手を挙げたのです。女性だけでなく、男性からも多くの賛同がありました。
一番驚いていたのはE社の担当者でした。私が挙手した人に理由を聞くと、「トップの社員を思う気持ちが伝わりました」。男性からは「そういう会社なら、男女関係なく社員を大切に思ってくれると信じることができました」
一行キャッチフレーズはどうなるでしょうか。例えばこんな感じでしょうか。
「当社の自慢は、創業以来30年、出産を理由に退職した女性社員が一人もいないことです」
ストレートですが、事実より強いメッセージはありません。「社員を大切にするトップの下で働きたい」と思っている人にとっては、大手企業の「当社の年収はいくらです」というメッセージよりも、時に強く刺さるのです。
5 「好きな人は好き」を大切にしよう
A社、C社、E社の事例のように、
あなたの会社が“目指すこと”=目的と“大切にしたいこと”=価値観に密接につながる象徴的な内容を、分かりやすい一行キャッチフレーズにしてみてください。
その内容に対して「好きな人は好き」と、強く共感した人が全国から(あるいは世界から)集まってくれます。
さすればあとは、その中からあなたの会社が「求める人材像」に定めた「資質・性格」や「経験・スキル(知識・能力)」で絞り込んでいけばいいのです。
「うちは小さな部品工場で、大層な目的も価値観も掲げていません。あえて言えば数ミクロンレベルの職人技にこだわって設計、製造しています。技術的にまねできるところがないようで、世界の大手企業からも依頼をいただいています。でも、それくらいしかないです」
皆さん、もうお分かりですね。一行キャッチフレーズは例えばこうです。
「数ミクロンの職人技が、世界の大手企業からも認められています」
自社が気付いていない、あるいは気付いているけれどちょっとした自慢くらいに思っていた事実を並べただけです。
世の中には歴史に残る大建造物を造りたいという人もいれば、片やミリ単位、ミクロン単位の細かな作業に価値を見出す人もそれなりにたくさんいるのです。「好きな人は好き」が集まってくれるイメージが湧きましたか。
会社が“目指すこと”、“大切にしたいこと”に対して「好きな人は好き」と共感して入社してきた人材は、簡単には辞めません。
さて、最後に「好きな人は好き」を集めて、その中から人材を採用する際にご注意いただきたい点があります。それは「不採用になった人も大切に扱う」ということです。
彼らは数ある会社の中から、あなたの会社が提示したメッセージに対して「好きな人は好き」と共感してくれた人たち、すなわちあなたの会社のファンなのです。
日本マクドナルドや東京ディズニーリゾート(運営はオリエンタルランド)では毎年大量の従業員を採用しますが、当然ながら多くの不採用者も発生します。でも彼らはほぼ全員、会社のファンでもあり、顧客でもあるのです。
不採用だったからと大切に扱われなければ、「好きな人は好き」の思いが裏切られて、とても残念に思うでしょう。それがよく分かっているので、各社は採用、不採用にかかわらず応募者一人ひとりを大切にしながら採用活動をしていると聞いています。
顧客は個人でなく法人だからという会社でも、その応募者は今の取引先かも、あるいは将来の取引先になるかもしれません。SNSの時代には、採用でひどい扱いを受けたという悪い噂はすぐに広まります。
でも、それ以前に「好きな人は好き」と思ってくれたファンは、損得など抜きに大切にしたいものですね。
第4回を最後までお読みいただきありがとうございました。
ご紹介するヒントを参考にしながら、自社を退職する一人ひとりの「辞める理由」と、働いている一人ひとりの「辞めない理由」を丁寧に拾ってみましょう。見えてきた自社ならではの“課題”を解消し“強み”を活かせれば、『人が辞めない会社』へと変われるはずです。
次回も引き続き『人が辞めない会社、10のヒント』をご紹介していきます。
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※武田が以前上梓した書籍『新スペシャリストになろう!』および『なぜ社長の話はわかりにくいのか』(いずれもPHP研究所)が、ディスカヴァー・トゥエンティワンより電子書籍として復刻出版されました。前者はキャリア選択でお悩みの方に、後者はリーダーやトップをめざしている方にお薦めです。
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『なぜ社長の話はわかりにくいのか』
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以上(2025年10月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
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