書いてあること
- 主な読者:従業員の士気や定着率を高める方法を知りたい経営者
- 課題:テレワークを中心とした働き方の急速な変化によって、従業員のコミュニケーション不足による人間関係の希薄化、会社への帰属意識の低下を懸念している
- 解決策:自社における「従業員エンゲージメント」の高さを知り、従業員との対話によって一緒にエンゲージメントを高めていく
1 働き方が変わり、会社への不満が高まる?
新型コロナウイルス感染症の拡大をきっかけに、テレワークを中心とした働き方の急速な変化や、業績の悪化による企業の存続危機が生じています。こうしたことにより、皆さんの会社の従業員は次のような問題を抱えているのではないでしょうか?
- コミュニケーション不足による人間関係の希薄化と、会社やチームへの帰属意識の低下
- 会社や上司からのフィードバックが不足しており、承認欲求が満たされず、成長している実感も得られにくくなる。自分が何を期待されているかが分からなくなる
- 自分の将来への不安や会社への不満などのネガティブな感情ばかりが強くなる
こうした問題は、with/afterコロナ時代に生き残っていくために必要な、「従業員エンゲージメント」を低下させるきっかけになります。そのため、中小企業の経営者にとっては、これらの問題をどのように解決するかが今後の重要な課題となるでしょう。
ここでは、そもそも「従業員エンゲージメント」とは何なのか? そして、その重要性にも触れながら、従業員エンゲージメントを高めるために今すぐ取り組むべきことを紹介します。
今年1月には、日本経済団体連合会が「働き方改革フェーズ2」として、エンゲージメントを高める職場づくりの重要性を指摘しています。こうした中、ぜひ自社の組織と照らし合わせながら、従業員エンゲージメントについて考えるきっかけにしてください。
2 従業員エンゲージメントとは何か?
昨今、この「従業員エンゲージメント」の重要性が高まっていることもあり、さまざまな定義が飛び交っています。そこで、我々の従業員エンゲージメントの理解を紹介します。
「エンゲージメント」という言葉について辞書を引くと、日本語では次のように訳されます。
- 婚約
- 約束、契約、誓約、雇用
- (歯車などの)かみ合い
この中でも、我々は3番目の(歯車などの)かみ合い、つまり複数の歯車がぴったりとかみ合い、全てが違和感なくうまく回っているような状態が、本質的にエンゲージメントを表しているのではないかと考えています。また、我々はこの状態を「しっくりくる」と表現することもあります。
歴史を遡ると、1990年にボストン大学の組織行動研究者であるウィリアム・カーンが、「組織におけるHuman Resource」の論文でエンゲージメントという言葉を使ったのが、職場でのエンゲージメントの認識の始まりです。そのときは、「パーソナル・エンゲージメント」という言葉を使い、「仕事上の役割に対し、肉体的・認知的・感情的に没頭している状況」と説明されました。
続いて、1997年にアメリカの大統領選挙などの世論調査で有名なギャラップ社が「従業員エンゲージメント」という言葉を使用し、2007年に調査データが発表されて以降、広く認知されるようになりました。ギャラップ社は従業員エンゲージメントを「組織に対して強い愛着を持ち、仕事に対して熱意を持っている状態」と定義しています。さらに注目すべき点は、その膨大な調査データから、企業が重要視している生産性・利益率・定着率などは、従業員エンゲージメントと強く相関していることを証明しているのです。
エンゲージメントの話をすると、「満足度」との違いについてとても多くの質問を受けます。また、「ロイヤルティー」「モチベーション」との違いについても聞かれます。そこで、それぞれの違いを次のようにまとめました。
エンゲージメントが高いということは、組織や仕事に当事者意識を持ち、当該組織や仕事と感情的につながっている状態なので、時には上司に対して異論を唱えることもあります。また、個人主義ではなく仲間と議論をしながら、切磋琢磨(せっさたくま)することを楽しむ傾向もあります。
3 エンゲージメントの高さを知る方法
エンゲージメントは、20世紀に入ってから欧米を中心に浸透し、今ではグローバル企業のリーダーの4分の3がエンゲージメントの向上のために、投資を強化しようとしているというデータもあります。また、株式投資の投資判断の指標とする動きまであります。
ではエンゲージメントは、どのように測定されるのでしょうか?
従業員エンゲージメントの重要性が広く認知されたのを機に、各社がさまざまな測定指標を用いた調査を実施しています。その中でも最も代表的な調査が、先に紹介したギャラップ社の「Q12(キュー・トゥエルブ)」です。12の質問があり、内容も非常にシンプルですが、質問項目に対する点数の高さと組織の業績の高さの相関関係を証明したことから、Q12は世界中で知られています。
これらの質問に高い評価をする従業員の多い組織はエンゲージメントが高く、業績・生産性も高いということなのですが、皆さんの組織はどうでしょうか?
リーダー、マネジャーの大切な仕事の一つは、部下にこれらの項目を高く評価してもらえるような人間関係をつくり、当事者意識を高めることになります。ですから、この調査項目を高く評価してもらうために活動することは、リーダー、マネジャーのマネジメント力を鍛えることにもなります。
4 なぜ日本のエンゲージメントは低いのか?
2018年のギャラップ社による従業員エンゲージメント(仕事への熱意度)調査では、日本は139カ国中132位という結果でした。ギャラップ社以外のコンサルティング会社のデータでも同じ傾向が見られます。
日本の従業員は長時間労働こそするが、仕事に当事者意識を持たず、熱意も低いのでしょうか? どうやら、データを見る限り、それは否定できません。でも、みんなこんなに頑張っているのに、なぜ従業員エンゲージメントが低いといわれるのでしょうか?
その理由は、日本では個よりも会社そのものの箱にばかり目を向ける傾向が強いためです。それが、個人の熱意ややりがい、仕事の楽しさを引き下げる大きな要因になっているのです。
例えば、日本の就職は、「就社」だとよくいわれます。その仕事がしたい、その商品を扱いたい、という熱意からではなく、その看板のもとで働きたい、という思いで会社を選ぶことが多いのです。「いい仕事をしていますね」よりも、「いい会社で働いていますね」と言われたい、ということでしょう。
また、日本では、大学で何を勉強したかよりも、どこの大学に入ったかを重視する傾向がありますが、それもとても日本のガラパゴス的なことです。そして、有名企業という輝かしい看板のもとに入ったものの、自分を活かせていない、何かが違う、ちっともやる気が出ない、という状況に陥ってしまうことがよくあるのです。こうしたことが当たり前のように起こっていることと、日本の従業員エンゲージメントの低さが無関係であるはずはありません。
大手企業は、福利厚生などでは有利であり、社員の満足度が高い傾向がありますが、エンゲージメントに関しては、必ずしも中小企業を凌駕(りょうが)していません。中小企業は、企業によって差が大きいものの、個を重視し、仕事の楽しさや仲間との切磋琢磨によって、エンゲージメントを高めることに成功しているケースを我々はたくさん見てきました。そういう企業は規模にかかわらず高い生産性を誇っているものです。
5 エンゲージメントを高めるための方法
上司であれば、誰もが部下のエンゲージメントを高めたいと思うでしょう。しかし、そのために具体的な行動を起こしている上司はごくわずかです。皆さんは、エンゲージメントが大切だと頭で理解していても、どうしたらそれを向上できるのかが分からずに苦労をしているようです。
それもそのはず、エンゲージメントは「感情」に強く関わるものだからです。感情は論理的ではないので、なかなかガイドラインをつくることができません。「人それぞれだからね」と言ってしまえば、それ以上話は進みません。
でも、ご安心ください。20年以上にわたって組織におけるエンゲージメントの重要性が世界的に注目され、多くの研究も行われたことにより、エンゲージメントを高めるためのガイドラインは確立されつつあります。
キーワードは「対話」です。
個を尊重した対話がこれからのエンゲージメント向上の基本になるのです。個を尊重するといっても、部下を常にべた褒めしようとしたり、腫れ物に触るように扱ったりするわけではありません。求められるのは、次に挙げる5つの要素を意識した対話をすることです。
- 個の強みに目を向けて対話をする
- 日常的に、必要なときはいつでも対話をする
- 上から尋問するのではなく、お互いに自分のことを話し、双方向の対話をする
- 過去ではなく、未来志向の対話をする
- どのようにすればエンゲ−ジメントを高められるかを話し合い、共に実行する
エンゲージメントはリーダーやマネジャー1人で高められるものではありません。メンバーと一緒に高めるものです。この5つの要素を意識して組織のメンバーと対話を継続すれば、人間関係の質は間違いなく変わり、エンゲージメントは向上します。
エンゲージメント向上のコーチングに取り組む中小企業の経営者は、この5つの要素を意識した対話を進めることによって、組織の風土を大きく変えることに成功しました。この方は、それまでとは違ったタイプの対話に取り組んでいた時期を振り返って、このように言っていました。
- 「メンバーそれぞれと対話をしてみて、いかにこれまでの自分が組織で起こっていることを分かっていなかったかを知り、がくぜんとしてしまいました。今考えれば、あの瞬間から全てが変わりました」
この方は、遅ればせながらこのことに気付いたからよかったのですが、実際には組織のことが分からないまま経営を続けているリーダーも少なくありません。
そのままにしていると、トップがいくら意気込んでもメンバーは人ごとのように白けていて、言葉では「はい、やります」と言いながら、陰ではトップの悪口ばかり言う。そんなエンゲージメントの低い組織になってしまいます。
繰り返しますが、そうならないためには真摯な対話が第一です。相手に興味を持ち、そんな自分にも興味を持ち、対話をしましょう。そうすれば、自然とやらなくてはならないことが明確になり、それをメンバーと一緒に地道に進めることで、エンゲージメントは必ず向上します。そして、それは業績の向上を意味するのです。
以上(2020年10月)
(執筆 日本エンゲージメント協会 佐々木拓哉 小屋一雄)
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画像:Julia Lazebnaya-shutterstock