1 正月休み明け、上司への審判が下る?
本人に代わって会社と退職の手続きを行う「退職代行」というサービスをご存じでしょうか。2019年は、このサービスが急速に広まった年でした。メールやLINEで依頼するだけで、本人はその瞬間から会社と一切関わることなく退職できるのが、人気の理由のようです。我々、ツナグ働き方研究所が“入社3年目までの若者1000人”に聞いたところ、退職代行を知っていると回答した男子の47.5%が“退職代行を利用したい”という驚きの調査結果が出たほどです。
特に長期休暇の後は、退職代行が活躍しやすい季節です。実家に帰省して親と話したり、学生時代の友人と会ったりすることで、人生について見直すことが多いのです。
最近の若者は、SNSでいろんな人とつながっています。オンライン社会の中で“見て見られて”という生活を送ることで、無意識のうちに他人と自分を相対比較することが習慣化しています。だから久しぶりに会った友人の状況にも敏感。同世代がイキイキ働いている話を聞くと、自分の職場と比較して悶々とします。ただでさえ、あっさり辞めてしまう世代です。急激にモチベーションが下がり、休みが明けても出社することなく退職代行を頼む。こういう展開が容易に想像できます。
職場の若手が、お正月明けにちゃんと出社してくるか。それは彼らがどのようなコンディションで働いていたのかにかかっています。上司にとっては、日々のマネジメントに審判が下るドキドキの2020年仕事始めとなるかもしれません。
年始に元気よく部下が出社してくれることを願わない上司はいないでしょう。前置きが長くなりましたが、本稿では、拙著『なぜ最近の若者は突然辞めるのか』をもとに、若手部下に対して、日ごろからどのようなコミュニケーションを取っておくことが重要なのか、について述べていきます。
2 俄然、注目を浴びる心理的安全性
「心理的安全性」という言葉をご存じでしょうか。他人の反応に怯えたり、羞恥心を感じたりすることなく、自然体の自分をさらけ出すことのできる環境を指す心理学用語です。グーグル(アルファベット社)が、自社のプロジェクト運営研究結果から、「心理的安全性は成功するチームの構築に最も重要なものである」と発表したことから、注目を集めるようになりました。ビジネスシーンにおいて、本来の自分とは大きく異なる仕事用の人格を演じることではなく、普段通りのリラックスした状況で仕事に臨むことができる状態がベスト。そうGAFAの一角をなすITの巨人が言うわけですから、かなりの説得力です。
特に若者にとって、この心理的安全性はとても重要な意味があります。前述のように、いまの若者世代はSNSの中で“見て見られ”という生活に慣れ親しんだことで、過剰なくらい忖度をしがちです。同僚からバカにされないだろうか、上司から叱られないだろうか……。彼らは常にまわりの目を気にしているのです。そんな若者に「自分はここにいていいんだ」「何を言っても否定せずに受け止めてもらえるんだ」という居場所を提供することが極めて重要なのは、言うまでもないでしょう。
では、どうやったら職場の若者に心理的安全性を提供できるのか。
オトナ世代と若者の価値観には大きなギャップがあります。そのギャップを少しでも埋めていくことです。ひと言でいえば「彼らの価値観を理解し、彼らを承認していく」ということに他なりません。
3 理不尽なタテ社会を嫌悪
ここまでも再三述べてきたように、彼らは「SNS村社会」とも呼ぶべきオンライン空間の住人です。SNSを駆使することで、会ったことのない人とも容易につながり、仲間関係が横へ横へと広がっていきます。そこには年上も年下もなく、経営者でも会社員でも、あるいは外国人であっても、個と個でつながっています。
このように、フラットでボーダレスな「ヨコ社会」で生きている若者からすれば、職場や会社という枠組みは、それほど大きな意味を持ちません。まず組織ありきで働くのではなく、なんらかの目的があって集まった人たちという感覚です。ですから仕事の仕方も、上司や先輩の指示で盲目的に動く「上意下達型」ではなく、いろんな人と協力しながら進める「プロジェクト型」を志向します。
そんな若者にとって理想的な上司と部下の関係とはどういうものでしょうか。
彼らが望んでいるのは「仲間」です。人生の先輩と後輩でもなく、ましてや師匠と弟子ではなく、ひとつの仕事を協力して成し遂げる仲間であることを彼らは求めています。
仲間なのだから、どちらかが威張るのはおかしい。困っている相手を助けようとしないのもおかしい。ましてや、どうしていいかわからないでいる部下に対し、「自分で考えろ」とか「いちいち聞くな」などと言う上司は、仲間として不適格だと彼らは判断します。
オトナ世代は、上から降りてきた話はとりあえず受け止めてきたと思います。上司や先輩が言っていることを「上から目線」とは思いませんし、多少の疑問や不満があっても「それが仕事」だと自分を納得させてきたことでしょう。しかし若者たちは、これを理不尽ととらえます。また「自分のほうが上」とばかりに知識をひけらかしたりする上司には、忌むべきタテ社会の象徴として、相当なアレルギー反応を示します。
4 仲間的な上司が持つファシリテーション思考
「仲間的な上司」と言われても、しっくりこない人もいるでしょう。そんな友達みたいな関係性で組織マネジメントができるわけがないと感じる人もいるでしょう。
もう少し補足すると、強烈なリーダーシップで組織を引っ張るというより、サポートシップでチームを支援する意識のことを指しているのです。ファシリテーション思考ともいえます。
分かりやすい事例で言うと、青山学院大学陸上部監督の原晋氏。フレンドリーな指導に定評があり、体育会系にありがちな部員の上下関係も廃しました。トータルでの目標タイムを決めて各選手に割り振るのではなく、個々の選手がどのくらいのタイムで走りたいかを会話しつつ、その積み上げで目標タイムを作っていく、という話を聞いたことがあります。こうした上から目線ではなく横から目線、もっと言うと下から目線のコミュニケーションで、チーム内の自発的活動性を高めているのです。箱根駅伝4連覇という成果が、若者のハートを掴んでいる何よりの証拠でしょう。
仲間的な上司像の輪郭を具体的にしてみると、こんな感じでしょうか。
- 細かく口を出すのではなく、スタッフに権限を与えてくれる
- スタッフの成功やプライベートの充実、健康に関心を示してくれる
- 良い聞き手であり、情報共有を円滑にする良いコミュニケーターである
- チームをサポートするために必要な専門的技術やスキルを持っている
- 組織への帰属意識を高めるために明確なビジョンを掲げている
5 承認は最強のコミュニケーション
ここからは「承認」についてのメソッドを解説しましょう。ポイントは至ってシンプル。コミュニケーションの「質より量」を意識することです。最近の若者は雑談が苦手だとか、興味のない話をしたがらないなどといわれます。みなさんの職場にも、黙々とデスクに向かっていて「話しかけないでオーラ」が出まくっている若者がいるかもしれません。
しかし若者は人と関わることが嫌いなわけではありません。面倒なタテの人間関係が苦手なだけで、「居心地のいいフラットな人間関係」自体は強く求めています。むしろ、インスタグラムでフォロワーが、自分の投稿に何も反応しなくなると不安でたまりません。職場でも「見てもらえているか」どうかを、かなりセンシティブに捉えています。だからこそ、承認の第一歩は、こまめなコミュニケーションから始まるのです。
これは、褒め方にも共通するポイントです。
例えば、いつもしかめっ面で怒ってばかりの厳しい師匠が、最後の最後で「よく頑張ったな」とポツリ。またしかめっ面で歩き出す師匠の背中を、目に涙を浮かべた弟子が追いかけていく……。若者はこんな「ドラマティックな光景」は望んでいません。渾身の大褒めよりむしろ「プチ褒め」が望まれています。
部下の長所を見つけて褒めるのが理想ですが、「プチ感謝」でも十分効果的。例えば報連相には必ず「ちょい足し」して返す。言葉はなんでも構いません。「よくなったな」と褒めてもいいし「大変だったろう」と共感してもいいし「助かったよ」と感謝を伝えてもいいでしょう。
褒めることは、相手を承認することに直結する最強のコミュニケーション。オトナ世代はフェイスブックやインスタグラムでいいね!を押し合う若者世代に対して、ぜひ意識的に取り組んでいただきたいですね。
6 レスポンスも素早くこまめに
若者からの報告や相談がメールであったとき、「ちゃんと答えないとマズいから、後にしよう」なんて1日寝かせたりした経験はないでしょうか。プレイングマネージャーだったりすると、自分の仕事も忙しいので、なかなかすぐには返答できない場面もありますよね。そんなときは、素早くベストな回答をしようとせず、一言だけも即レスしておけばOKです。
若者はノーレス状態に「あれ?」と思ってしまいます。「何か変なこと送っちゃったかな」「もしかして自分は軽く見られているんじゃないか」などと勝手に不安になったりします。この価値観に大きな影響を与えているのが、いうまでもなくラインです。既読スルーが許されないのは「SNS村社会」の典型的なマナーのひとつ。彼らはとりあえずであろうがレスを怠りません。スタンプひとつでも必ずリプライします。そのくらい、とりあえず一言返すことは重要なのです。少なくともオトナ側の事情で寝かせたりするより、よっぽどマシに見えるはずです。
「ありがとう」とか「後で返すね」と送るだけで、相手には「ちゃんと見てるよ」というメッセージが伝わります。レスポンスも、相手を承認する重要な行為なのです。繰り返しますが、職場においても「既読スルー」は許されません。
7 名前で呼ぶ効能
自分の名前が呼ばれたとき、自分のことを呼んだ人に対して好感を抱くことは、心理学においてネームコーリングという効果で知られています。人間は無意識に自分の名前を好ましいものとして捉えているため、名前を呼ばれると自分に好意があるのではないかと考えるのです。
部下を名前でちゃんと呼ぶ。めちゃくちゃ簡単ですが、これだけでも承認欲求を満たすことになるのなら、実践しない手はありません。例えば会議中、「今、○○さんが言ってくれたみたいに……」などと、わざわざ名前を添えて発言する。挨拶も「おはよう」じゃなく「○○さん、おはよう」。なにか業務をオーダーするときも「あのさ、これお願い」じゃなく「○○さん、これお願いね」。普段の会話の中に、部下の名前を差し込んでいく。この繰り返しが、相手の存在をしっかりと認めることにつながるのです。
また許されるのであれば、あだ名で呼び合うようにするのも効果的。SNSの中でいくつものハンドルネームを使い、キャラを確立している若者からすると、どんなふうに呼ばれるかは、個性や自意識と直結しているのです。
あの面白法人カヤックでも、新人にあだ名をつけることが文化として根付いているとのこと。名字が武田なら「鉄也」とか、名字が浅利なら「ボンゴレ」とか、ものすごく安直ではあるらしいのですが、確実に親近感が増します。
8 まとめ
連休明けなどは、職場の若者が辞めやすい時期。年始に部下が元気よく出社するためにも、上司としては日ごろから、次のようなコミュニケーションを心がけるべき。
- 職場の若者に心理的安全性を提供することがとても重要
- そのためには、職場の若者の価値観を理解・承認することが必要
- 上から目線ではないファシリテーション思考を心がける
- 質より量のコミュニケーション(プチ褒め・プチ感謝の実践)
- レスポンスも素早くこまめに
- 名前をちゃんと呼ぶことでも承認感は高まる
以上(2019年12月)
(執筆 平賀充記)
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