書いてあること

  • 主な読者:人事評価を行う経営者や人事担当者
  • 課題:現状の人事評価制度だけでは十分に機能しなくなってきている
  • 解決策:現代野球のデータを重視した評価制度を参考に、自社の目的を明確にし、目的と一致した評価指標を設定する

1 あなたの会社の人事評価制度は、本当に適正ですか?

誰にいくらの給料を支払うべきか。誰にどのポジションを任せるべきか。どうやって優秀な新卒社員を採用するか。他社の優秀な社員を、どのようにして我が社に迎え入れられるか。

経営者にとって、人事の仕事は最も重要であり、最も難解です。それは、ビジネスにおいて最も不確定要素が多い“ヒト”という資源を扱うからに他なりません。そういう観点から考えると、カネやモノという資源は意外なほど扱いやすく思えてきます。製造能力が2倍になる機械を導入し、正しく扱いさえすれば、2倍の製造能力を期待できるのに対し、ヒトへの投資は時に“生産”能力を10倍にすることさえあり得ます(ただし、2分の1になるときもあります)。ヒトへの投資はいつも不確定要素が多く、扱うことが難しい。だからこそ、“ヒト”を制する者がビジネスを制することができます。

そして、この“ヒト”という資源のみを使って勝負する世界があります。それは、スポーツです。試合に勝つために、誰にどのポジションを任せ、どのようにパフォーマンスを引き出し、どうやって相手に勝つか。使える資源はヒトのみ。速く走れるシューズ、速く泳げる水着などのモノへの投資は規制され、勝利をカネで買う八百長はスポーツ界ではタブーです。そんなヒトのみを使うスポーツだからこそ、ビジネスに活かせるヒントが多く隠されています。今回は、人事という仕事をスポーツという側面から見ていきましょう。

2 プロ野球球団における、人件費とは?

私は2007年から2012年まで横浜ベイスターズ(現DeNA)でプレーした経験から、プロ野球の世界に明るいです。よってここでは、野球、とりわけプロ野球を例にとって話を進めていきます。

プロ野球球団は、大きく分けて3つの部署があります。観客動員、グッズ売上など、ビジネスサイドを担当する事業部と、選手の年俸、チーム構成、ドラフト戦略、トレード、解雇など、人事サイドを担当する編成部と、監督、選手を中心に試合に勝つことを使命とする現場の3つです。

チーム構成は編成部の仕事です。現状の戦力の特徴(例えば先発、中継ぎ投手などの役割に加えて、スピード系、コントロール系などの特徴など)を把握し、それらが偏らないようにバランスよくチームを編成していきます。そのために、誰を解雇し、誰をドラフトで獲得するかを考え、空いている枠は外国人やトレード、FA選手で埋めていきます。一方、用意された戦力を駆使して戦う現場の監督は、用意された食材をもとに最高の料理を作るシェフのような立ち位置といえます(もちろん、シェフには食材をリクエストする権限があります)。

そして、誰にどのくらいの給料を支払うかという年俸を決めるのも、編成部の仕事です。球団を経営するという観点から見ると、選手に支払う報酬は「人件費」とは少し異なります。それは、選手は球団が収益を上げるうえでの「商品」という見方もできるためです。とはいえ、活躍や貢献の評価に応じて報酬が変動するところや、特定の数字に対して支払われるインセンティブ契約、重大な過失(注)を犯した際に発生する報酬の減額などは、人件費の概念に近いです。故に編成部は、選手に支払う総年俸をどれだけ抑えられるかという任務も請け負います(いわゆる、人件費を抑えるという行為です)。

(注)ここでいう重大な過失とは、民事・刑事事件などのことで、プレー中のミスのことではありません。そちらは、翌年の報酬に反映されます。

3 プロ野球における相対評価と絶対評価

さて、誰にどのくらいの年俸を支払うかを、どうやって決めたらよいでしょうか。15勝した先発投手と、30本の本塁打を打った選手と、3割の打率を残した選手のうち、誰が1億円の年俸を支払うのに最も適しているでしょうか。

2008年、私の在籍していた横浜ベイスターズは、ダントツの最下位に沈みました。しかし、チームの4番バッターであった村田修一は本塁打王を獲得し、3番バッターであった内川聖一(現ソフトバンク)は、右打者歴代最高打率の3割7分8厘で首位打者を獲得しました。打撃部門の2タイトルを占めましたが、チームはダントツの最下位です。こういう場合、あなたが編成部長だったとしたら、いくらの年俸を支払うでしょうか。

ここでは、2つの評価が鍵となります。それは、相対評価と絶対評価です。相対評価はいわゆるマーケットプライスのことで、他球団との比較から、46本の本塁打を打ち、なおかつ114打点を稼いだ人にはどれくらいの年俸が支払われるべきか、という相場が算出されます。プロ野球の歴史上、選手の年俸はほとんどが相対評価で決定されてきました。だからこそ落合博満(日本人初の3億円プレーヤー)は選手時代、自らの年俸を上げることに執念を燃やしました。自らの年俸が増えれば、それが前例となって相対評価の基準が上がり、野球選手の価値の向上につながるからです。

この相対評価から算出した年俸に影響を与えるのが、絶対評価です。チームの成績は球団の収益に大きな影響を及ぼすため、人件費の上限に制限が発生します。故に、相対的な評価額(マーケットプライス)が高かったとしても、チーム成績などの絶対的な理由から、相対的な評価額よりも減額提示をされることがあります。

こういうことが続けば、選手としてはマーケットに売り出したほうが高く評価されるわけなので、時期が来たら自らをマーケットに売り出します(結果的に、前述した2選手はFAで他球団に移籍しました)。結果、強くて富める球団はより強くなり、弱くて貧しい球団はより弱くなります。資本主義の縮図のような構造を、ここでも垣間見ることができますね。

しかし、この構造に風穴を開けた球団があります。それが、メジャーリーグのオークランドアスレチックスです。

4 ヤンキースの3分の1の予算で、最高勝率を記録したチーム

1)野球=27個のアウトを取られるまでは終わらない競技

「マネーボール」という映画が話題になって久しいですね。ビリー・ビーンというGMが独自の方法で球団を経営し、全く新しいチーム構成をほぼ“発明”に近い形で作り上げました。

2002年、アスレチックスの総年俸は4000万ドルで、総年俸1位のニューヨークヤンキースは1億2600万ドル。約3分の1の人件費にもかかわらず、アスレチックスは全30球団中最高勝率・最多勝利数を記録しました。果たしてビリー・ビーンは、何を“発明”したのでしょうか? それは、データを中心にしたチームと戦略作りです。

野球の歴史は長らく、打者を評価する指標は打率、本塁打、打点の3つに、盗塁を加えた4つが中心でした。しかし、その4つが本当に「勝利」に貢献する指標なのかを疑ったビリー・ビーンは、ビル・ジェイムズが唱えたセイバーメトリクス論にたどり着きます。これは、データを統計学的見地から客観的に分析し、選手の評価や戦略を考える分析手法です。

ここでは、野球を「27個のアウトを取られるまでは終わらない競技」と定義付けています。そして、アウトにならない限り攻撃は続き、4つの塁を進塁すれば得点が入る性質上、「アウトにならない能力」と「多くの塁に進む能力」を、打者にとって最も重視すべき能力と位置付けました。その能力を評価するために、出塁率+長打率=OPS(On-base Plus Slugging)という指標を採用したのです。その一方で、盗塁やバントといった戦略を「リスクの割にはリターンが少ない戦略」とし、使用をほぼ禁止に近い状態にしました。投手に関しても独自の指標を採用し、徹底しました。

2)データに基づいたチームと戦略作り

選手をさまざまなデータで評価していくことは、今では当たり前となっていますが、当時は革新的でした。どの時代もそうですが、新しすぎるものは受け入れられません。当時のビリー・ビーンも例に漏れず批判の的となりました。

データ上、勝利への貢献度が低い選手は、スター選手であってもトレードで他チームに放出しました。代わりにトレード先のチームから、OPSが高く、年俸の安い若手選手を大量に獲得し、起用しました。当然、チーム関係者からは「スターを放出してまで獲得した、この無名選手たちは何者だ?」と、疑問や不満の声が上がります。

ドラフトでも、「肩が強い」「足が速い」といった能力よりも、徹底して出塁率と長打力といったデータを重視し、データの取れていない不確定な高校生には一切目もくれませんでした。「勘」や「経験」を頼りにするスカウトの話には一切耳を貸さず(それどころか、大半を解雇し)、逆にハーバード大卒のポール・デポデスタを右腕につけ、徹底したデータ戦略にかじを切りました。

多くの批判を受けましたが、自分の信じたやり方を貫いた結果が、前述した通りです。データを使ったチーム、戦略作りが一般化した現在、出塁率の高い選手は市場原理に則して、価格が高騰しています。よってアスレチックスの「低予算で勝率の高いチーム」戦略は別のやり方を余儀なくされています。かなり割愛しましたが、興味のある方はぜひ「マネー・ボール 完全版」(マイケル・ルイス、中山宥訳、早川書房、2013年4月)を読んでみてください。

5 目的と一致した評価指標とは?

ここで重要なのは、「これまでの評価指標は、本当の目的に貢献する指標なのか?」という目で見られるかどうかです。

そもそも、本当の目的とは何なのでしょうか。ビジネスはスポーツと違い、勝ち負けという概念が曖昧です。どちらかが勝つとどちらかが負けるというスポーツと違い、「両者とも勝者」があり得るのがビジネスです。目的を明確にしやすく、かつ選手への浸透も容易であり、競合の数も限られているスポーツのほうが、ビジネスよりも戦略を作りやすいといってもいいでしょう。だからこそ、評価の指標も設定しやすいのです。逆にいうと、ビジネスにおいても目的を明確に定めることができれば、評価の指標も設定しやすくなります。

そして、目標が明確になったら、今使われている評価の指標が目的と一致しているのかどうか、いま一度考え直してみましょう。長年の経験、信頼という解釈の陰で、実は貢献度が低いベテラン社員がいるかもしれません。暗い、ネガティブといった印象にとらわれて低い評価を受けている若手社員が、本来は秀でた部分を持っているにもかかわらず、それを評価できる指標がないために見落とされているかもしれません。そうした観点から見たときに、新たな人事の可能性が開けてきます。

6 数字は、誰のためのものか?

ただし、忘れてはならないのは、どうしても数字にした評価ができないこともある、ということです。アスレチックスの例でいうと、OPSはあくまでビリー・ビーンが当時目指した経営の観点、つまり「低予算で高勝率のチーム作り」における指標です。実際の試合では、数字以外の貢献は無数に存在します。

足の速い選手が一塁で大きいリードをとり、投手にプレッシャーをかけたとします。ランナーが気になる投手は打者への勝負がおろそかになり、甘く入ったボールを痛打されます。これは、ランナーによる貢献なのでしょうか、打者の能力によるものなのでしょうか。データはランナーによるプレッシャーをカウントできません。

経験の浅い若手投手がピンチを招き、たまらず野手がマウンドに集まります。データ上の能力は低いですが、チームメートからの信頼の厚い三塁手が投手を激励します。それに勇気づけられた若手投手は、そのピンチを切り抜けます。若手投手は、「間違いなく、あの先輩に声をかけてもらったおかげだ」と言っても、それはデータに反映されず、その先輩はその年に解雇されるかもしれません。

そしてもう1つ忘れてはならないのは、人事評価の指標は経営者にとって重要な指標であっても、現場の選手や社員にとっては役に立たない指標である、ということです。マウンドに立つ投手にとっては、このバッターのOPSが.970だという数字よりも、3球目にカーブを振ってくる確率が78%だという数字のほうが、はるかに価値が高いのです。

これはビジネスの場面でもよく起こることです。成約率が20%の営業マンに対し、「君の成約率は20%だから、みんなの平均値である40%になるように努力するように」と伝えたとします。しかしながら、本人にとっては成約率の数字よりも、具体的にどこが課題なのかということを言われるほうが、はるかに価値が高いのです。経営判断としての指標と、現場が目の前の成果を上げるための指標は、違うのです。

私はこの指標、つまり選手が試合で使える指標、情報とは何かを研究するために、1年間アナリストとして分析活動をやりました。これはこれで面白い分析結果が手に入ったのですが、それはまた機会があれば書かせていただくことにしましょう。

優勝するために自由に選手をトレードしたり、降格、解雇ができたりするプロ野球と、連綿と続く営利活動の中で個々への評価を下し続けなければならない企業とでは、指標に対する概念も評価の仕方も違います。ただ、この一連の話を通して、「我が社の目的としているものは何か?」「目的のために貢献しているかを評価するための指標は、今のままでよいのか?」と考える機会になったなら、それは本望です。(敬称略)

以上(2020年4月)

pj00368
画像:pixabay

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です