書いてあること

  • 主な読者:会社経営者・役員、管理職、一般社員の皆さん
  • 課題:経営幹部や管理職の方はもちろん、若手社員の方でも「経営的視点で見るように」と社長や上司から求められた経験がないでしょうか。その場でうなずきはするものの、「経営的視点とは何か?」「それは社長以外の社員に必要なのか?」「会社員として働く上で、人生において価値があるのか?」「そもそもどのように身に付けていけばいいのか?」といった疑問をお持ちではないでしょうか
  • 解決策:課題で挙げたさまざまな質問に対して、『“経営的視点”の身に付け方』というテーマで、全国で多くの講演を行っている筆者が明快に回答します。“経営的視点”はこれからの時代において新入社員から求められる視点であって、より早く身に付けられれば、その分、仕事においても人生においてもプラスであると分かるはずです

1 【存在意義】の共有浸透=“経営的視点”の共有浸透

シリーズ『武田斉紀の「誰もが身に付けておきたい“経営的視点”」』の第10回です。

“経営的視点”をより早く身に付けられれば、誰にとってもその分、仕事においても人生においてもプラスになります。では「どうすれば身に付けられるのか」について、今回もさらに掘り下げてお話ししていきましょう。

全社員が持てる“経営的視点”の観点として、ご提示している3点
1)会社の【成長】
2)会社の【組織力】
3)会社の【存在意義】

前々回の第8回からは、「3)会社の【存在意義】」についてお話ししています。

会社の【存在意義】を社内に共有浸透させていければ、全社員が“経営的視点”を持てるようになるのです。その結果は、次の2つのように表れます。
(1)社員一人ひとりが実行した存在意義に共感するお客様は利用し続けてくださり、社会にも認められて、会社は永続し、発展していく。
(2)逆に社員の一人でも存在意義を見失った行動を取ってしまうと、お客様や社会から必要とされなくなる。

前回第9回では、世界的に見て創業100年、200年を超える「老舗企業」が日本になぜ多いのかについて触れました。それは永続させることを目的としてきたというより、会社の【存在意義】を定めて社内で共有浸透させ、全社員が(1)を信じて実現してきた企業が多かった“結果”でした。

そうした日本企業の姿勢が間違っていなかったことは、昨今の世界的な「持続的成長」を意図したESGやSDGsの流れ、米国資本主義を体現してきた企業家たちの修正宣言からも見てとれます。

会社の【存在意義】についての3回目となる今回は、いかにして企業の【存在意義】を定めて社内で共有浸透していけばいいかについてご紹介していきます。

2 【存在意義】が似ていれば、「採用するべき人材」も同じか

前回も触れましたが、会社の【存在意義】は各社で異なります。

例えば「社会に貢献する」と定めている会社はあまたありますが、社会といっても対象はどこまでか、顧客は誰か。その対象に対して「何をどのようにすることで貢献する」のかは各社さまざまです。

業種が違えば取扱商品やサービスも違うでしょうし、仮に同じでも特に重視している、こだわっている部分は違っています。またなぜそこにこだわるようになったかの背景まで遡れば、実に1社、1社、抱えている思いが違うと分かります。

同じエンターテインメントの世界で、A社はジェットコースターのようなアトラクションも抱えたテーマパークを運営しています。【存在意義】としてのこだわりは、「お客様に安心してその場の全てを楽しんで笑顔で帰っていただく」こと。最も重んじているのは「安心安全」です。

特別な1日にしたいと全国から多くのお客様が訪れるのに、たとえ小さな怪我であっても施設側の問題で起きてしまったら、楽しい思い出にはならないだろうと考えているのです。「安心安全」が徹底されているがゆえに、訪れたお客様のほとんどはそれに気付きません。それでもA社は「安心安全」の上で、「お客様全員に笑顔になって帰っていただく」ことにこだわっています。

一方B社は自社運営の劇場やテレビなどのメディアを通して、【存在意義】として「お客様全員に笑顔になって帰っていただく」ことを目指し、「笑い」にこだわっています。

B社も自社の劇場で火事を起こしてはいけないので、専門のスタッフが常に安全確認をしています。しかしながら、舞台の演者や彼らを支えるマネジャーに求められるのは一にも二にも笑いであり、お客様を笑顔にすることに人生をかけて日々切磋琢磨しているのです。

A社とB社は同じエンターテインメント業界にあって、「お客様に笑顔になって帰っていただく」ことにこだわっている点も同じです。ならば、採用するべき人材も同じでしょうか。

3 【存在意義】の共有浸透、その全ての始まりは「採用」から

A社は掲げる【存在意義】を実現するための行動規準として、優先順位の1番に「安全」を明記し、接客における「礼儀正しさ」などを示した後に「楽しませる」を置いています。「楽しませる」は【存在意義】の一部ですから重要なのは間違いないのですが、敢えてそうしているのです。

A社の採用面接にXさんがやってきました。Xさんはお客様を「楽しませる」にかけて天賦の才能があり、そのことで日本一、世界一を目指したいとの揺るぎない情熱も併せ持っているようです。

A社の採用担当者は質問します。「当社では『楽しませる』の前に、『安心安全』を最も重視するべき価値観に置いていますがどう思いますか?」

Xさんは答えます。「『安心安全』も大切だとは思いますが、私は多くの人を前に『楽しませる』のが大好きで、そこに集中したいです。この会社なら人を『楽しませる』ことで日本一、世界一を目指せると思って選びました」

そこで質問です。あなたがA社の採用担当者なら、Xさんを採用しますか。

仮に採用したとしましょう。A社がお客様を「楽しませる」現場の主役はテーマパーク内のアトラクションです。それを支える従業員のほとんどは高校生や大学生を中心としたアルバイトの人たち。Xさんには正社員として入社後早いうちに彼らを数十人単位で束ねながら、自らも接客を行うことが期待されています。

入社直後の研修でも、A社が掲げる【存在意義】を実現するための優先すべき行動の1番目は「安全」であるとしつこく教えられます。Xさんとしては自分が発想した、もっとお客様を「楽しませる」ための仕掛けや提案を聞いてもらえるのではと期待していたのですが。

「『安全』が大事なのはわかるけれど、『安全』でない、危険なんてそうそう起こらないでしょう。自分はそれよりお客様をもっと『楽しませる』ためにここにいるのだ」と心の中でつぶやいていました。

現場に出て間もなく、恐れていたことが起きました。ライド(乗り物)に乗ってコース内を回るアトラクションの乗り場を任された日。Xさんは乗車するお客様にオリジナルの冗談を言って笑わせながら誘導していました。若いお客様などは大喜びで、一緒の写真を求められてXさんもご機嫌です。

そこに少し足の不自由なお客様が来られたのですが、乗車に時間がかかって転んでしまったのです。離れて見ていたXさんは陽気に声をかけ、強く手を引っ張って次の車両に乗せようとしましたが、お客様はよろけてしまい、動いているライドに接触しそうになりました。

一連の行動を近くで見ていたベテランアルバイトのYさんが駆け寄ってきました。最初に取った行動はライドを一旦停止させることでした。次に転んだお客様を近くの椅子に連れて行って座らせ、並んでいるお客様に「安全のために、運転を一時停止しました。確認中ですのでしばらくお待ちください」と説明して頭を下げると、他のスタッフにライドの安全確認を指示し、自らは先ほどのお客様のもとに戻って怪我の状態を確認したのです。

Xさんは上司に呼ばれました。最初にA社の行動規準の1番目が何で、なぜそうなのかを説明するように求められ、研修で聞いた通りを答えました。「だとすれば、Xさんはどう判断してどう行動するべきだったと思いますか?」

「お客様が転んだのは確かですが、本人は大丈夫ですって言っていましたよ。何より行列がすごく長くなってきていましたから、ライドを停めてこれ以上後ろのお客様を待たせるなんてよくないですよね」

上司は改めて、A社が掲げる【存在意義】と、その実現のために優先すべき行動について分かりやすく例をあげて説明しました。

パーク内の他の従業員も、その日のXさんの行動を知りました。正社員として現場をリードしていく存在として、Yさん以外のアルバイトからも不安の声が上がりました。Xさんと働き始めた新人は、接客のたびに「もっと面白いことを言ってお客様を楽しませて」と要望されて辛いとこぼしています。

4 採用で【存在意義】を共有できるかは、「実績」よりも大事?

採用するべき人材の優先順位

さて、図のように、人材の採用において重視するべきポイントを「【存在意義】の共有度」と「実績」でクロスした場合、あなたは採用するべき人材の優先順位はA~Dのどの順だと考えますか。

AやBの「実績が高い」人材に対しては、厚待遇を用意できる大手企業や人気企業、他の競合も含めて熾烈な争いとなるでしょう。

特にAの人材は一番採用したいものの、かなりハードルが高そうです。

反対に最も採用したくない人材がDであることにも異論はないでしょう。となると残るはBとCです。

あなたが採用担当者なら、「【存在意義】の共有度」と「実績」のどちらが高いことを優先して採用しますか?

私は講演や研修で受講者の皆さんに同じ質問をするのですが、多くの方は悩みながらもCの人材を優先するとおっしゃいます。でも毎回数人はBを優先すると手をあげます。

「実績」はこれまでの会社や業界では通用しても自社では発揮できないかもしれません。採用されたいがために本人が多少盛っている場合もあります。また今の時代、イノベーションが常に求められる業界では、過去の「実績」がかえって足かせとなる場合もあるでしょう。

とはいえ「実績」が事実であるなら、採用する側としては安心感がありますし、採用決定に当たっては上司も説得しやすそうです。とりわけすぐにでも結果を出して業績を回復させたいといった短期的ニーズがあれば、CよりBを優先したい気持ちは分かります。

けれど長期的な視点で見ればどうでしょう。先ほど登場したXさんは、お客様を「楽しませる」にかけて天賦の才能と「実績」、さらには熱い情熱も持っていたのでしょうが、A社の【存在意義】実現のための価値観への共有度は高いとは言えません。本人だけでなく、他の従業員のモチベーションさえも下げかねない状態でした。

長期的な視点で人材を採用するのであれば、BよりCの人材を優先するべきだと私は思います。

「実績」はもちろん「スキル」も備わっていなければ、Cの人材が結果に結びつくまでには時間がかかるかもしれません。それでもCの人材には【存在意義】を共有している強さがあります。【存在意義】を実現していくことに日々努力を惜しまないでしょう。早晩、「実績」や「スキル」を超える結果を導き出してくれる可能性が高いのです。

すでに皆さんもお気付きでしょう。お客様を「楽しませる」のが得意なXさんは、B社を選んだほうが、会社にとっても本人にとっても幸せになれるはずです。

A社の採用担当者は、あえてXさんを採用しないことが全社で【存在意義】を共有浸透させていくことに繋がります。【存在意義】を共有できる人材を採用することは、入社時点ですでにA社における“経営的視点”を持っていると言えるのですから。

第10回も最後までお読みいただきありがとうございました。シリーズも残すところあと2回です。さらに“経営的視点”について実践的に掘り下げてまいります。

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以上(2023年4月)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
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画像:NicoElNino-shutterstock

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