書いてあること
- 主な読者:社員に会社を好きになってもらいたい経営陣
- 課題:経営陣と社員は気持ちがすれ違う、分かりあえないところが多い
- 解決策:労使コミュニケーションのきっかけは経営陣がつくり、主役を社員にするのが大切。「伝える」「示す」「聞く」「交わす」「育てる」の5つで実践しよう
1 理想的な労使コミュニケーションとは
経営陣と社員との意思の疎通を指す「労使コミュニケーション」。労使コミュニケーションの重要性は会社(経営陣)も社員も理解していますが、なかなかうまくいかないのが実情です。
労使コミュニケーションが良好な状態とは、会社と社員が“両思い”にあることです。会社は全ての社員に感謝し、そして社員が意欲的に仕事に取り組むことができるよう教育します。さらに、チャンスを与え成長を促します。
それに対して社員も会社に感謝し、会社の目標(理念)を理解した上で、会社の成長にどのように貢献できるかを自分で考え、それを行動に移します。これを社員が当たり前に行っていれば、労使コミュニケーションは理想的な姿といえるでしょう。
2 伊那食品工業(長野県)の例
良好な労使コミュニケーションで知られている伊那食品工業(長野県)は、業績と働きがいが両方ある会社として有名な寒天メーカーです。
伊那食品工業は社員はもちろん、地元の人も「あの会社はいい会社だ」と自慢するほどで、日本銀行やトヨタ自動車のトップなども視察に訪れ、伊那食品工業の会社としての在り方などを学んでいます。
伊那食品工業の会長である塚越寛氏は、社員を幸せにすることを会社の目的としており、「いい会社をつくりましょう」(*)という社是を掲げています。また、社員が自ら考え行動できるようにしようと、トップの考え方や生きざまを朝礼などで伝えています。
良好な労使コミュニケーションは一朝一夕に実現できるものではありません。特に現在、労使コミュニケーションで悩みを抱えている会社であれば、腹を据えて年単位で取り組んでいくことが求められます。
それでは、伊那食品工業のような良好な労使コミュニケーションを実現するためにはどうしたらよいのでしょうか。ここでは、「伝える」「示す」「聞く」「交わす」「育てる」の5つの要素から考えていきます。
3 大切な5つの要素
1)伝える
例えば、今年度の事業方針説明会などを行って、会社の現状、今後の方針、今年度の計画、具体的な目標などを社員に伝えます。これは、社員に自分が取り組んでいる仕事が全体像のどの部分か、どのような意味があるのかを認識してもらうためです。
また、「伝える」ことには、トップの考え方や思いを社員に明確に伝えるという意味もあります。京セラ創業者の稲盛和夫氏は、トップと現場の社員が経営目標を共有することの重要性を説いており、自身も経営に対する思いを熱く社員に語ったといいます。
稲盛氏は、このことについて、社員に「エネルギーを転移する」(**)という言葉を使っています。社長など経営陣が全身全霊をささげて本気で思いを伝えることで、社員の意欲を鼓舞することができるのかもしれません。
2)示す
労使コミュニケーションが良好だと、経営陣と現場で働く社員の考えが一致するようになります。それを実現するには、経営陣のほうから社員に「よりどころ=行動指針」となる明確な基準を示すことが大切です。
例えば、ヤマト運輸には、創業者の小倉昌男氏が残した「サービスが先、利益は後」(***)という言葉があります。コストが掛かっても、お客様の要望に応えようとする姿勢が社員のよりどころになっているといいます。
このように、社員にとって分かりやすい言葉をつくり、それを「我が社の品質基準=行動指針」とすることも、労使コミュニケーションの一環といえるでしょう。行動指針は、社員にとって分かりやすく覚えやすいのが一番です。
例えば、「ダントツ」という言葉を社内外に浸透させた小松製作所の相談役である坂根正弘氏のように、社長をはじめ経営陣が、社員が覚えやすい新しい言葉をつくったり、あるいは造語を考えたりしてもよいかもしれません。
3)聞く
良好な労使コミュニケーションを実現するために、経営陣が社員側の考え方や意見を聞くことも大切です。例えば、直属の上司が部下の考え方・意見を聞く機会を増やし、それを上司が経営陣に伝えられる仕組みをつくるとよいでしょう。
とはいえ、部下である社員の話を聞くのは“つらい”と感じる経営陣や上司は少なくありません。部下の話は、主語がない、事実と意見が混在している、主観的過ぎて視野の狭い発言が多いなどの改善すべき点が多いためです。
加えて、経営陣や上司は多忙です。主語がなかったり事実と意見が混在していたりして分かりにくい部下の話を、「もっと分かりやすく話をして」などと、毎回聞き直してじっくり聞いている時間は確保しにくいでしょう。
そこで、月に一度など定期的に経営陣や上司が「部下の話を聞く日」をつくって徹底的に聞いてみましょう。その際、部下の話をできるだけさえぎらずに、最後まで“聞き切る”ことを心掛けることが大切です。
もちろん、日ごろから部下に、人に物事を話したり伝えたりするときには、主語・目的語・結論・時間軸などを明確にするなど、分かりやすく整然と話すよう指導することも忘れてはなりません。
4)交わす
社員が生き生きと働く会社の多くは、まず、気持ちの良い挨拶が実践できています。社員同士は「今日も一緒に頑張ろう、よろしくお願いします」という気持ちを込めているのでしょう。
社員同士が気持ち良く挨拶ができる会社は、社外の人が訪れた場合も同じように挨拶ができます。社外の人を迎える社員が、「我が社に来てくださってありがとうございます」という感謝の気持ちを込めて挨拶することができるのでしょう。
こうした挨拶を交わすことを社員に浸透させるには、まず、社長自らが明るく気持ち良く挨拶をしなければなりません。そして、それに他の取締役や上司も倣っていくことが大切です。
社長をはじめ経営陣や上司は、挨拶をしている自分の姿を鏡で毎朝確認したり、自分で録画したりして、「本当に明るく気持ち良く挨拶ができているか」をチェックしてみるのもよいでしょう。
気持ちの良い挨拶が全社員に浸透するには時間がかかります。経営陣や上司は、たとえどのようなことがあったときでも、まずは、明るく気持ちの良い挨拶を毎日欠かさず続けましょう。
また、意見・議論を「交わす」ことも必要です。前述した「聞く」にも通じますが、社員と積極的に意見・議論を交わすには、部下の話を聞く日を設けるなど、まず、経営陣や上司が部下の意見を聞く姿勢、議論する姿勢を見せなければなりません。
5)育てる
本稿では、労使コミュニケーションを実現する「伝える」「示す」「聞く」「交わす」を紹介してきました。大切なのは、これらの取り組みを実践できるような組織風土を醸成すること、そしてその組織風土を維持することです。
つまり、風土と社員を常に「育てる」ことが欠かせないということです。多くの会社が「育てる」ことの重要性を分かっていますが、実現できている会社は少ないのではないでしょうか。実現するにはまず、社長の言動が必要です。
社長が毎日気持ち良く挨拶をし、「社員が生き生きと働くことのできる会社にしよう」と決め、社員の話を聞きます。そして、時には本気で議論することを実践していかなければなりません。社員はその姿を見て育ちます。
前述の伊那食品工業の場合は、積雪の多い長野県にあるため、本社前の道路脇の溝に自動車がはまってしまうことがあるそうです。それを見た社員が他の社員に呼び掛けると、「困っている人を助けるのに理由は要らない」と、何人もの社員が自動車を引き上げるといいます。
伊那食品工業の社員がこうしたことを実践するのは、社員をはじめ会社に関わる人全てに「いい会社だ」と言ってもらえる会社になろう、という塚越氏の理念に基づきます。こうした“生きざま”を社員が常に見ていて、「自分たちもそうしよう」と思っている証しです。
4 労使コミュニケーションという呼び方が変わる?
社員の働き方は、テレワークなどに代表されるように多様化しており、今後は毎日出社する必要がない会社が増えていくかもしれません。会社と社員の関係も変わりつつある時代だからこそ、経営陣と社員が強い信頼関係を築くことがますます重要になるでしょう。
なぜなら、たとえ会社の外で仕事をしていようと、経営陣と離れたところで仕事をしていようと、自ら意欲的に仕事に取り組み、会社や同僚のことを考えて行動できるような社員を増やしていかなければならないからです。
伊那食品工業には、労働組合がありません。塚越氏は、社長と社員は「労使」ではなく、社員全員の幸せを目指す「同志」だからと言っています。これからは、“労使コミュニケーション”という呼び方も、新しく変わっていくのかもしれません。
【参考文献】
(*)「いい会社をつくりましょう」(塚越寛(著)、大久保寛司(監修)、文屋、2012年5月)
(**)「燃える闘魂」(稲盛和夫、毎日新聞社、2013年9月)
(***)「小倉昌男 経営学」(小倉昌男、日経BP社、1999年10月)
「ダントツ経営 コマツが目指す『日本国籍グローバル企業』」(坂根正弘、日本経済新聞出版社、2011年4月)
「月曜日の朝からやる気になる働き方 成功より成長を楽しむ」(大久保寛司、かんき出版、2008年12月)
以上(2019年1月)
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