現在、非正規雇用労働者の割合は、労働者全体のほぼ4割を占めています。
非正規雇用は多様な働き方を実現する一方で、さまざまな問題点も指摘されていますが、その1つが正規雇用労働者との間に存在する待遇格差です。
そこで国は、待遇差のうち、どのようなものが不合理であり、どのようなものが不合理でないのか、原則となる考え方と具体例を示した「同一労働同一賃金ガイドライン」を公表しています。
そのガイドラインにそって、同一労働同一賃金のルールがどのようなものか、企業にはどのような対策が求められるのか、わかりやすく解説します。
同一労働同一賃金とは?
国は2018年12月28日に、「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」を公表しました。*1
いわゆる「労働者派遣法」(2020年4月1日より施行)と「パートタイム・有期雇用労働法」(2021年4月1日より全面施行)を反映させた内容で、これが「同一労働同一賃金ガイドライン」(以後、「ガイドライン」)と呼ばれるものです。*2
まず、「ガイドライン」の背景と趣旨をみていきましょう。
背景
この問題の背景には、非正規雇用労働者の多さと、正規雇用者との待遇格差があります。
下の図1は、労働者数の推移を表しています。*3
図1 正規・非正規雇用労働者数・割合の推移
出所)厚生労働省「非正規雇用の現状と課題」p.1
https://www.mhlw.go.jp/content/001214080.pdf
非正規雇用労働者は、2010年以降増加が続き、2020年にはやや落ち込みましたが、その後、再び増加に転じ、2023年には労働者全体の37.1%を占めています。
非正規雇用労働者の中では、パート(48.5%)とアルバイト(21.6%)の割合が高く、契約社員(13.3%)がそれに続いています。
また非正規雇用労働者のうち、正社員として働く機会がなく、非正規雇用で働いている、いわゆる「不本意非正規雇用」の割合は、非正規雇用労働者全体の9.6%(2023年)に当たります。
では、待遇はどうでしょうか(図2)。
図2 年齢階層別賃金(時給ベース)
出所)厚生労働省「非正規雇用の現状と課題」p.5
https://www.mhlw.go.jp/content/001214080.pdf
この図から、非正規雇用労働者の平均賃金は、一般労働者(非短時間労働者)が601円、短時間労働者が517円、正規雇用労働者(正社員・正職員)より低いことがわかります。
さらに、教育訓練の実施状況を正規雇用労働者と比較すると、非正規雇用労働者は、無期雇用パートタイム、有期雇用パートタイム、有期雇用フルタイムのいずれの就業形態においても、「計画的な教育訓練(OJT)」、「入職時のガイダンス(Off-JT)」は正規雇用労働者の7割前後となっています。
また、「将来のキャリアアップのための教育訓練(Off-JT)」は正規雇用労働者のわずか29.2%~35.7%と、その格差が際立っています。
このように、ガイドライン策定の背景には、全労働者に占める非正規雇用労働者の割合が高いのにもかかわらず、正規雇用労働者に比べて待遇が悪いという問題があります。
同一労働同一賃金の概要
同一労働同一賃金の導入は、同一企業における正規雇用労働者と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)との間の不合理な待遇差の解消を目指すものです。*2
そして、どのような雇用形態を選択しても納得が得られる処遇を受けられ、多様な働き方を自由に選択できる働き方を目指しています。
留意点は以下の2点です。*4
1)同じ企業で働く正社員と短時間労働者・有期雇用労働者との間で、基本給や賞与、手当、福利厚生などあらゆる待遇について、不合理な差を設けることが禁止されている。
2)事業主は、短時間労働者・有期雇用労働者から、正社員との待遇の違いやその理由などについて説明を求められた場合は、説明をしなければならない。
禁止される差別的待遇、何が含まれる?
ガイドラインには、まず「原則になる考え方」が示され、次に裁判で争い得る範囲として、「問題とならない例」「問題になる例」が記されています。*5
同一労働同一賃金で禁止される差別待遇にはどのようなものがあるのか、非正規雇用労働者の約7割を占める短時間労働者・有期雇用労働者を対象に、ガイドラインにそってみていきましょう。
ポイントは、短時間労働者・有期雇用労働者の待遇が、正規雇用労働者との働き方や役割の違いに応じたものになっているかどうかです。*4
基本給
原則となる考え方は、以下のようなものです。
労働者の「能力・経験」「業績・成果」「勤続年数」に応じて支給する場合は、これらが同一であれば同一の支給をし、違いがあれば違いに応じた支給をする。*4
問題となるのは、以下のようなケースです。
1)能力・経験に応じて基本給を支給している会社で、正社員が多くの経験を有することを理由に短時間労働者・有期雇用労働者より高い基本給を支給しているが、正社員のこれまでの経験は現在の業務に関連がない。
2)労働者の勤続年数に応じて支給している会社で、短時間・有期雇用労働者に対し、当初の労働契約の開始時から通算して勤続年数を評価せず、その時点の労働契約の期間のみによって勤続年数を評価した上で支給している。*1
昇給に関しての原則となる考え方は、以下のようなものです。
労働者の勤続による能力の向上に応じて行うものについては、同一の能力の向上には同一の、違いがあれば違いに応じた昇給を行わなければならない。*5
問題となるのは、こうした原則から外れたケースです。
賞与
原則となる考え方は、以下のようなものです。
会社の業績などへの労働者の貢献に応じて支給するものについては、同一の貢献には同一の、違いがあれば違いに応じた支給を行わなければならない。*4
問題となるのは、以下のようなケースです。
1)正社員には職務内容や会社の業績などへの貢献などにかかわらず全員に何らかの賞与を支給しているが、短時間・有期雇用労働者には支給していない。
2)会社の業績などへの労働者の貢献に応じて支給している会社で、正社員と会社の業績などへの同等の貢献がある有期雇用労働者に対し、同一の賞与を支給していない。*1
各種手当
原則となる考え方は、以下のようなものです。*5
1)役職手当で、役職の内容に対して支給するものについては、同一の内容の役職には同一の、違いがあれば違いに応じた支給を行わなければならない。
2)以下のような各種手当については、同一の支給を行わなければならない。
- 業務の危険度または作業環境に応じて支給される特殊作業手当
- 交替制勤務などに応じて支給される特殊勤務手当
- 業務の内容が同一の場合の精皆勤手当
- 所定労働時間を超えて正社員と同一の時間外労働に対して支給される時間外労働手当の割増率
- 深夜・休日労働を行った場合に支給される深夜・休日労働手当の割増率
- 通勤手当・出張旅費
- 労働時間の途中に食事のための休憩時間がある際の食事手当
- 同一の支給要件を満たす場合の単身赴任手当
- 特定の地域で働く労働者に対する補償として支給する地域手当
問題となるのは、以下のようなケースです。*1
1)役職の内容に対して役職手当を支給している会社で、正社員の役職と同一の役職名であって同一の内容の役職に就く有期雇用労働者に、役職手当を正社員より低く支給している。
2)正社員と同じ時間数、職務の内容の深夜労働または休日労働を行った短時間労働者に、深夜労働または休日労働に対して支給される手当の単価を正社員より低く設定している。
3)正社員には、有期雇用労働者に比べ、食事手当を高く支給している。
4)正社員と有期雇用労働者にいずれも全国一律の基本給の体系を適用しており、かつ、いずれも転勤があるにもかかわらず、有期雇用労働者には地域手当を支給していない。
福利厚生・教育訓練
原則となる考え方は、以下のようなものです。*5
1)以下については、同一の利用・付与を行わなければならない。
- 食堂、休憩室、更衣室など福利厚生施設の利用
- 転勤の有無などの要件が同一の場合の転勤者用社宅
- 慶弔休暇
- 健康診断に伴う勤務免除・有給保障
2)病気休職については、無期雇用の短時間労働者には正社員と同一の、有期雇用労働者にも労働契約が終了するまでの期間を踏まえて同一の付与を行わなければならない。
3)法定外の有給休暇その他の休暇は、勤続期間に応じて認めているものについては、同一の勤続期間であれば同一の付与を行わなければならない。特に有期労働契約を更新している場合には、当初の契約期間から通算して勤続期間を評価する必要がある。
4)教育訓練は、現在の職務に必要な技能・知識を習得するために実施するものについては、同一の職務内容であれば同一の、違いがあれば違いに応じた実施を行わなければならない。
問題となるのは、以上の原則から外れたものです。
なお、このガイドラインに記載がない退職手当、住宅手当、家族手当などの待遇や、具体例に該当しないケースについても、不合理な待遇差の解消が求められています。*1
そのため、ガイドラインには、各社の労使により、それぞれの事情に応じて待遇の体系について議論していくことが望まれると記されています。
同一労働同一賃金への対応 企業のメリットは?
同一労働同一賃金は、企業にとっては人件費の上昇を意味します。
では、この問題に取り組むメリットはどこにあるのでしょうか。
厚生労働省の「同一労働同一賃金に関する法整備について(報告)」には、「雇用形態にかかわらない公正な評価に基づいて待遇が決定される」ことによる効果が、以下のように記されています。*6
多様な働き方の選択が可能となるとともに、非正規雇用労働者の意欲・能力が向上し、労働生産性の向上につながり、ひいては企業や経済・社会の発展に寄与する
また、非正規雇用労働者の待遇情報がオープンになれば、労働市場を通じて正規雇用労働者との不合理な格差を是正するメカニズムが働くようになるため、待遇に関する企業の情報がオープンになればなるほど、企業は労働市場で選別されるようになるという指摘もあります。*7
したがって、ガイドラインにそって非正規雇用労働者に公正な待遇を担保し、それをオープンにすれば、労働者から選ばれる企業になるポテンシャルが高まるといえるでしょう。
ただし、逆に、不公正な待遇情報がオープンになると、離職率が上昇するだけではなく、新規の人材獲得にも苦戦するようになるというリスクも指摘されています。
人事担当者が取り組むべき対策
同一労働同一賃金に関して、人事担当者がとるべき具体的な対策についてみていきましょう。
導入に際しては、以下のような3ステップをふむことが大切です。*2
STEP1:情報収集と社内点検
まず、情報収集は以下の3つが基本です。
- パンフレット・リーフレット で法律の内容を把握する
- 自社の法遵守の状況を法対応チェックツールで確認する
- 相談窓口に法律の内容を詳しく聞いてみる
次に、社内点検では、以下のポイントを押さえます。
1)従業員の雇用形態の確認
- 正社員と比べてパート・アルバイトなど労働時間が少ない従業員はいるか。
- 契約社員や派遣労働者など契約期間が決まっている従業員はいるか。
2)労働条件の確認
- 法を遵守した雇用契約書になっているか。
- 正社員とパート・アルバイトなどとの間で待遇に違いはないか。
STEP2:就業規則と賃金体系の見直し
就業規則と賃金体系の見直しについては、厚生労働省による、以下のような支援の活用を検討しましょう。
1)「働き方改革推進支援センター」:労務管理の専門家による無料の相談支援
2)「キャリアアップ助成金」:非正規雇用労働者の正社員化や待遇改善を実施した事業者への助成金の支給
3)職務分析・職務評価の導入支援:基本給の現状確認・賃金制度見直しの一助になる
STEP3:検証
同一労働同一賃金の取り組みによって、従業員のモチベーションが向上したか、離職率は低下したかなどを検証し、その結果を今後の取り組みにいかします。
おわりに
同一労働同一賃金にどのように対応すれば、企業の競争力向上につながるのでしょうか。
それをテーマにした研究では、種々の分析をふまえ、以下のような結論を導き出しています。*7
同一労働同一賃金の待遇説明義務がただちに企業の競争力を高めるのではなく、競争力を高めるために待遇説明をどういかすかという発想の転換が、企業には求められることが示された。
これは、企業の競争力向上に結び付くような有益な効果は、同一労働同一賃金を導入すればそれだけで自動的に得られるものではないということを意味しています。
公正な待遇やそれを説明をすること自体が即メリットにつながるわけではなく、日々の職場での個別のコミュニケーションを通じて、待遇に対する非正規雇用労働者の納得度が高まり、モチベーションがアップする。そのことによって能力開発や職場への積極的な参加を促すことができ、それが企業の競争力向上につながるというのです。
こうした視点も備え、同一労働同一賃金が、従業員・企業双方にとって有益な取り組みになるよう配慮することが、人事担当者の腕の見せ所ではないでしょうか。
資料一覧
*1
出所)厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」(厚生労働省告示第430号)p.7, p.9, p.10, pp.11-12, p.13
https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000469932.pdf
*2
出所)厚生労働省「同一労働同一賃金特集ページ」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144972.html
*3
出所)厚生労働省「非正規雇用の現状と課題」p.1, p.4
https://www.mhlw.go.jp/content/001214080.pdf
*4
出所)厚生労働省「「同一労働同一賃金」への対応に向けて」p.1, p.2
https://www.mhlw.go.jp/content/000824263.pdf
*5
出所)厚生労働省「「同一労働同一賃金ガイドライン」の概要①」p.1, p.2
https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000470304.pdf
*6
出所)厚生労働省「同一労働同一賃金に関する法整備について(報告)」p.1
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000167471.pdf
*7
出所)中村天江(リクルートワークス研究所主任研究員)「「同一労働同一賃金」は企業の競争力向上につながるのか?─待遇の説明義務に着目して」(『日本労働研究雑誌』)pp.54-55,p.42
https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2019/05/pdf/042-056.pdf
以上(2024年3月)
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画像:photo-ac