1 はじめに

能力不足や業務命令違反、規律違反等の問題がある社員について、雇用の継続が困難なときも、企業は、解雇ではなく、合意による退職で解決することが必要です。つまり、退職勧奨による解決が原則です。解雇による解決は、不当解雇であるとして訴訟を起こされた場合、裁判所で解雇が無効と判断されてしまい、多額の金銭の支払いと雇用の継続を命じられるリスクが大きいからです。筆者は、問題社員対応に悩む顧問先を訪問し、問題社員と直接話し合いをし、合意による退職での解決を実践してきました。

では、問題社員に対する退職勧奨による解決の場面で、どのような点に注意すべきでしょうか。本稿では、退職合意書の作成のポイントに焦点を絞ってご説明します。退職合意書については、最近の裁判例で、退職合意書にいわゆる「清算条項」を入れていても、退職後の従業員による割増賃金請求を認めたものが出ている点等にも注意を要します。

以下で、退職届とは別に退職合意書を作る必要性や、退職合意後にトラブルにならないようにするための個別の事案ごとの作成上の注意点について解説していきます。それでは見ていきましょう。

2 「退職合意書」作成の必要性

退職合意書の作成が必要になる理由としては、大きく分けて以下の4つを挙げることができます。

  • 問題社員が退職後に転職先が決まらず、「退職は意思に反するもので、解雇だ」と主張して復職を求めてきた場合でも、復職を断れるようにするため
  • 問題社員からの退職後の金銭請求や訴訟提起を防ぐため
  • 退職後の会社に対する誹謗中傷や退職条件についての第三者への口外を防ぐため
  • 退職を会社が承諾したことを明確にし、退職の撤回を防ぐため

(1)「退職は意思に反するもので、解雇だ」と主張してくるリスクに対応する

退職勧奨の結果、問題社員との間で退職の合意が成立したとしても、退職届も退職合意書も作成していなければ、そもそも、従業員の意思に基づく退職だったことを明確に示す証拠がありません。つまり、意思に基づく「退職」なのか、会社による「解雇」なのかを示す証拠がありません。そして、解雇について「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」は、従業員は解雇の無効を主張して雇用の継続を求めることができます(労働契約法16条)。

口頭で問題社員から「退職に応じます」と言われて、その時は円満に退職してもらったと思っていても、退職届や退職合意書がなければ、会社は安心するべきではありません。退職した問題社員が、後になって「会社から不本意な扱いを受けた」という気持ちが芽生え、さらに次の職も決まらなければ、退職を取り消したいという気持ちになり、「自分は不当に解雇された」と主張し始めることはよくあることです。そして、退職届や退職合意書などの書面が作成されていないときは、「口頭で従業員との間で退職の合意が成立していた」という会社側の主張が認められることは稀です。

過去の裁判例でも、社長が「新しい事務員も雇ったことだし、残業をやめてくれ。残業を付けるならその分ボーナスから差し引く」、「来月からは残業代は支払えない。残業を付けないか、それが嫌なら辞めてくれ」と告げたところ、従業員が「それでは辞めさせてもらいます」と応じた事案が問題になりました。一見すると従業員の意思による退職ともいえそうですし、会社はそのように主張しましたが、裁判所は、自発的意思による退職とはいえないと判断し、社長の発言は解雇の意思表示に当たるとして、解雇予告手当の支払いを命じています(大阪地裁判決平成10年10月30日)。

解雇ではなく従業員の意思に基づく退職であったということを明確にするためには、退職届あるいは退職合意書を作成することが必須です。

(2)問題社員からの退職後の金銭請求や訴訟提起を防ぐ

では、退職届があれば退職合意書は必要ないかといえばそうではありません。退職に向けた話し合いの場面で、問題社員の側から、例えば未払い残業代を請求されるケースもあります。仮に、会社がこれに応じて、未払い残業代分を300万円支払い、従業員から退職届を提出してもらったとします。この場合、退職合意書がなくても、会社から300万円の振込みをした履歴は残りますが、振込みの履歴だけでは300万円が何のお金かはわかりません。

その結果、退職後に問題社員から「あの300万円は退職金だ。残業代が未払いになっているので残業代を払え」という要求がされ、支払いを断れば、訴訟に発展するリスクがあります。こういった退職後の金銭請求や訴訟提起のリスクに対策するためには、退職後に一切の請求を認めないことを内容とする退職合意書の作成が必要です。このような後日の金銭請求の禁止については、退職届で対応するよりも、退職合意書に記載するほうが対応しやすく、退職届とは別に退職合意書の作成が必要になる理由の大部分を占めます。

(日本法令ビジネスガイドより)

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