書いてあること
- 主な読者:変形労働時間制やみなし労働時間制を導入している会社の経営者、労務担当者
- 課題:日によって労働時間が異なるなどで、残業時間の計算がイメージしにくい
- 解決策:変形労働時間制は「法定労働時間の総枠」などを基準に考える。みなし労働時間制は「みなし労働時間の長さ」「事業場内の労働の有無」などに注意する
1 変形労働時間制などは残業代の計算が複雑
残業代の計算は意外と複雑で、特に「変形労働時間制」や「みなし労働時間制」を導入している会社は要注意です。
- 変形労働時間制:1カ月や1年など一定の期間内において、総労働時間を定め、その期間を平均して法定労働時間を超えない範囲で、1日10時間や1日6時間など労働時間を弾力的に設定したり、始業・終業時刻の決定を社員に委ねたりできる制度
- みなし労働時間制:労働時間が把握しにくかったり、仕事が専門的で会社が具体的な指示を出しにくかったりする場合に、実際の労働時間ではなく労使協定などで定めた特定の時間(みなし労働時間)を働いたとみなす制度
変形労働時間制は、日によって社員の労働時間が異なるので、残業時間の計算がしにくいケースがあります。また、みなし労働時間制は、残業代が発生しないと思われがちですが、実は法定労働時間を超えるみなし労働時間を定めた場合など、残業代が発生するケースがあります。
そこで、この記事では間違えやすい残業代の計算ルールをQ&A形式で3つ紹介します。次の用語は重要なので、問題に取り組む前に押さえておきましょう。
なお、残業代については明確な定義がないので、この記事では
所定外労働(時間外労働、休日労働、深夜労働、所定外の法定内労働)に対する賃金
を残業代として扱います。
2 1カ月単位の変形労働時間制における残業代の計算
1)問題
Aさんが勤める会社では、「1カ月単位の変形労働時間制」を導入しています。
- 1カ月単位の変形労働時間制:1カ月以内の一定の期間(「変形期間」といいます)における週の平均労働時間が40時間(特例措置対象事業場は44時間)以内であれば、法定労働時間を超える所定労働時間を設定できる制度
1カ月単位の変形労働時間制では、変形期間内の所定労働時間の合計が、
法定労働時間の総枠=週の法定労働時間×変形期間の暦日数÷7日
を超えると、超過時間分の労働が時間外労働になります。Aさんの労働条件は次の通りです。
- 変形期間:毎月1日から末日までの1カ月(31日)
- 法定労働時間:1日8時間、1週40時間
- 法定労働時間の総枠:177.1時間(40時間×31日÷7日)
- 所定労働時間:後述のシフト表の通り
- 法定休日:日曜日
- 賃金体系:日給月給制(1カ月単位で賃金を計算し、その後不就労分の賃金を控除する)
- 1時間当たりの賃金額:1500円(便宜上、これを残業代の算定基礎額とする)
- 割増賃金率:時間外労働が25%、休日労働が35%、深夜労働が25%
ある月に、Aさんは次の勤怠管理表の通り働きました。この月のAさんの残業代はいくらになるでしょうか? 本来のシフト表と比較し、赤字の部分に注目しながら考えてみてください。
2)答え:4万5413円
1カ月単位の変形労働時間制で時間外労働になるのは次の3つのケースです。
- 1日単位:所定労働時間が8時間を超える日は、その所定労働時間を超えて労働した時間。それ以外の日は、8時間を超えて労働した時間
- 1週単位:所定労働時間が40時間(特例措置対象事業場は44時間)を超える週は、その所定労働時間を超えて労働した時間。それ以外の週は、40時間(特例措置対象事業場は44時間)を超えて労働した時間(1日単位で時間外労働となる時間を除く)
- 変形期間単位:法定労働時間の総枠を超えて労働した時間(1日単位または1週単位で時間外労働となる時間を除く)
また、法定休日に働いた場合はその時間全てが休日労働、原則として22~5時までの間に働いた場合はその時間全てが深夜労働になります。
これを基に考えると、この月のAさんの所定外労働は次の通りとなります。
次に1日単位、1週単位、変形期間単位で所定外労働がどう発生するのかを見ていきましょう。
1.1日単位
2日(月)は、9~19時までの9時間(休憩1時間を除く)が所定労働時間、9~21時までの11時間(休憩1時間を除く)が実労働時間です。所定労働時間が8時間を超えるので、所定労働時間を超えた2時間(11時間-9時間)が時間外労働になります。
4日(水)は、9~16時までの6時間(休憩1時間を除く)が所定労働時間、9~21時までの11時間(休憩1時間を除く)が実労働時間です。所定労働時間が8時間を超えないので、8時間を超えた3時間(11時間-8時間)が時間外労働になります。
18日(水)は、9~15時までの5時間(休憩1時間を除く)が所定労働時間、9~17時までの7時間(休憩1時間を除く)が実労働時間です。実労働時間は所定労働時間を超えていますが、8時間を超えないので、1日単位では時間外労働は発生しません。
29日(日)は、9~18時までの8時間(休憩1時間を除く)全てが休日労働になります。
31日(火)は、9~16時までの6時間(休憩1時間を除く)が所定労働時間、9~23時までの13時間(休憩1時間を除く)が実労働時間です。所定労働時間が8時間を超えないので、8時間を超えた5時間(13時間-8時間)が時間外労働になります。また、22~23時までの1時間は深夜労働になります。
2.1週単位
1日(日)から7日(土)までの第1週は、実労働時間(47時間)から所定労働時間(40時間)を差し引くと、7時間になります。ただし、第1週では
1日単位で5時間(2日(月)の2時間、4日(水)の3時間)
をすでに時間外労働としてカウントしています。ですから、これを除いた2時間(7時間-5時間)が、1週単位での時間外労働になります。
3.変形期間単位
変形期間内の実労働時間(190時間、休日労働を除く)から法定労働時間の総枠(177.1時間)を差し引くと、12.9時間になります。ただし、変形期間内では
- 1日単位で10時間(2日(月)の2時間、4日(水)の3時間、31日(火)の5時間)
- 1週単位で2時間(第1週の2時間)
をすでに時間外労働としてカウントしています。ですから、これらを除いた0.9時間(12.9時間-10時間-2時間)が時間外労働になります。
また、これとは別に所定外の法定内労働も発生します。法定労働時間の総枠(177.1時間)からシフト表に定めた労働時間の合計(174時間)を差し引いた時間(3.1時間)がそうです。
以上から、この月のAさんの残業代は
4万5413円=1500円×(12.9時間×1.25+8時間×1.35+1時間×0.25+3.1時間×1)
となります(1円未満の端数が生じた場合、50銭未満は切り捨て、50銭以上は切り上げ)。
3 フレックスタイム制における残業代の計算
1)問題
Bさんが勤める会社では、「フレックスタイム制」を導入しています。
- フレックスタイム制:3カ月以内の一定期間(「清算期間」といいます)についてあらかじめ定めた総労働時間の範囲内で始業・終業時刻の決定を社員に委ねる労働時間制度
フレックスタイム制では、あらかじめ
清算期間内の総労働時間(1日8時間×清算期間内の所定労働日数など)
を定めます。この総労働時間が、フレックスタイム制における所定労働時間になります。また、清算期間内の実労働時間が、
法定労働時間の総枠=週の法定労働時間×清算期間の暦日数÷7日
を超えると、超過時間分の労働が時間外労働になります。なお、清算期間が1カ月超3カ月以内の場合のみ、「清算期間の開始日から1カ月ごとに区分した各期間の実労働時間が、週平均50時間を超えた場合も時間外労働になる」というルールがありますが、ここでは詳細は割愛します。
Bさんの労働条件は次の通りです。
- 清算期間:毎月1日から末日までの1カ月(31日)
- 法定労働時間:1日8時間、1週40時間
- 法定労働時間の総枠:177.1時間(40時間×31日÷7日)
- 総労働時間:176時間(8時間×清算期間内の所定労働日数(22日))
- コアタイム:10~15時
- フレキシブルタイム:6~10時、15~19時(ただし、上司から許可を得た場合はフレキシブルタイム外の時間も働くことが可能)
- 法定休日:日曜日
- 賃金体系:月給制(総労働時間分の賃金を、実労働時間との過不足に応じて調整する)
- 1時間当たりの賃金額:1500円(便宜上、これを残業代の算定基礎額とする)
- 割増賃金率:時間外労働が25%、休日労働が35%、深夜労働が25%
ある月に、Bさんは次の勤怠管理表の通り働きました。この月のBさんの残業代はいくらになるでしょうか? 赤字の部分に注目しながら考えてみてください。
2)答え:2万9288円
清算期間が1カ月以内の場合、法定労働時間の総枠を超えて働いた時間が時間外労働になります。また、法定休日に働いた場合はその時間全てが休日労働、22~5時の間に働いた場合はその時間全てが深夜労働になります。
これを基に考えると、この月のBさんの所定外労働は次の通りとなります。
29日(日)は、9~18時までの8時間(休憩1時間を除く)全てが休日労働になります。
30日(月)は、22~23時までの1時間が深夜労働になります。なお、時間外労働については清算期間単位で判断するので、1日単位では発生しません。
清算期間単位では、清算期間内の実労働時間(183時間、休日労働を除く)から法定労働時間の総枠(177.1時間)を引いた5.9時間が時間外労働になります。また、法定労働時間の総枠(177.1時間)から清算期間内の総労働時間(176時間)を引いた1.1時間が所定外の法定内労働となります。
以上から、この月のBさんの残業代は
2万9288円=1500円×(5.9時間×1.25+8時間×1.35+1時間×0.25+1.1時間×1)
となります(1円未満の端数が生じた場合、50銭未満は切り捨て、50銭以上は切り上げ)。
4 みなし労働時間制における残業代の計算
1)問題
Cさんが勤める会社では、「事業場外労働に関するみなし労働時間制」を導入しています。
- 事業場外労働に関するみなし労働時間制:社員が事業場外で働き、労働時間の把握が困難な場合に、所定労働時間または業務に通常必要な時間を働いたものとみなす制度
事業場外労働に関するみなし労働時間制では、法定労働時間を超える時間を業務に通常必要な時間として定めると、超過時間分の労働が時間外労働になります。また、原則として社員の労働時間の把握は不要ですが、社員が事業場内と事業場外の両方で働くときは、
- 所定労働時間をみなし労働時間とした場合、事業場内の労働時間の把握は不要で、「みなし労働時間を働いた」とみなす
- 業務に通常必要な時間をみなし労働時間とした場合、事業場内の労働時間を把握しなければならず、「事業場内の労働時間とみなし労働時間の合計時間を働いた」とみなす
という、少し変わったルールが適用されます。
Cさんの労働条件は次の通りです。
- 法定労働時間:1日8時間、1週40時間
- 所定労働時間:9~18時までの8時間(休憩1時間)
- みなし労働時間:9時間(業務遂行に通常必要となる時間)
- 法定休日:日曜日
- 賃金体系:月給制(原則としてみなし労働時間分の賃金を支払う)
- 1時間当たりの賃金額:1500円(便宜上、これを残業代の算定基礎額とする)
- 割増賃金率:時間外労働が25%、休日労働が35%、深夜労働が25%
Cさんは、事業場外労働に関するみなし労働時間制の適用を受けており、通常は勤怠管理表に記入しません。一方、事業場内で働いた時間については、勤怠管理表に記入しています。ある月に、Cさんが事業場内で次の勤怠管理表の通り働きました。この月のCさんの残業代は事業場外の労働も含めいくらになるでしょうか? 赤字の部分に注目しながら考えてみてください。
2)答え:9万5925円
今回の事例では、業務遂行に通常必要となる時間(9時間)をみなし労働時間としているので、事業場内で仕事をした場合、「事業場内の労働時間とみなし労働時間(9時間)の合計時間を働いた」とみなします。
また、法定休日に働いた場合はその時間全てが休日労働、22~5時の間に働いた場合はその時間全てが深夜労働になります。
これを基に考えると、この月のCさんの所定外労働は次の通りとなります。
4日(水)は、9~10時までの1時間とみなし労働時間9時間の計10時間を働いたとみなされます。ですから、2時間(10時間-8時間)が時間外労働になります。
14日(土)は、9~11時までの2時間+みなし労働時間9時間の計11時間を働いたとみなされます。なお、13日(金)の時点で第2週の時間外労働を除いたみなし労働時間の合計が40時間(8時間×5日)で法定労働時間に達しているので、11時間全てが時間外労働になります。
22日(日)は、9~12時までの3時間+みなし労働時間9時間の計12時間を働いたとみなされます。ですから、12時間全てが休日労働になります。
31日(火)は、19~23時までの4時間+みなし労働時間9時間の計13時間を働いたとみなされます。ですから、5時間(13時間-8時間)が時間外労働になります。また、22~23時までの1時間は、深夜労働になります。
他20日間については、1日当たり1時間(9時間-8時間)の時間外労働が20日分発生します。
以上から、この月のCさんの残業代は
9万5925円=1500円×(38時間×1.25+12時間×1.35+1時間×0.25)
となります。
以上(2024年6月更新)
(監修 社会保険労務士法人AKJパートナーズ)
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