書いてあること
- 主な読者:現在は単一事業だが、今後、複数の事業を手掛ける予定のある経営者
- 課題:損益計算書を見るだけでは各事業部門間での損益のバラツキに気付かず、企業が抱える問題点を把握しにくくなる
- 解決策:商品(製品)別で部門を区分し、「縦割り組織」での業績評価を行う。時間が経過したら、セクショナリズム(いわゆる「縄張り意識」)の台頭にも注意する
1 部門別業績評価制度の導入
企業が成長し、複数の事業を行うようになると、企業全体の損益計算書を見るだけでは各事業部門間での損益のバラツキに気付かず、企業が抱える問題点を把握しにくくなります。
例えば、A部門の業績は非常に良いのにB部門の業績が悪い場合、企業全体の損益計算書ではA部門とB部門の業績が合計されるため、各部門の実情が把握できず、各部門の実情に合った適切な対策を打つことができません。
そこで、部門ごとに業績を管理することが必要になってきます。一般にこのようなやり方を「部門別業績評価制度」といいます。企業組織のイメージ図は次の通りです。
A部門とB部門の業績を別々に捉える部門別業績評価制度の考え方は、同じ部門内における商品別(X・Y・Z)の業績についても適用することができます。
本稿では、部門別業績評価制度の導入・運営上のポイントなどを紹介します。
2 部門別業績評価制度の組織編成ポイントと留意点
1)区分の方法
部門を区分する方法はさまざまですが、例えば「1.商品(製品)別」「2.販売先別」「3.地域別」に区分する方法があります。どの区分が適切かは、自社の実情に応じて判断する必要があります。
商品(製品)別・販売先別・地域別で事業本部を組織している企業の例は次の通りです。
業績責任は、各事業本部が負うことになります。
単一または同じカテゴリーの商品しか販売していない企業は、販売先別や地域別の部門に区分してもよいでしょう。ただし、主要な商品が複数ある企業は、「商品(製品)別」の組織が適しています。指揮命令・財務・商品開発・営業・人事労務などが明確になり、資材などへの投資判断、在庫管理、営業マニュアルの作成、販売や代金回収、人材教育などといった現場のマネジメントが容易になるためです。
2)「縦割り」で管理する
多くの企業は商品(製品)別で部門を区分しており、いわゆる「縦割り組織」の運営をしています。縦割り組織による運営のメリットは次の通りです。
- 部門長への権限委譲が進み、モラールが向上する一方で、経営者は全社的な意思決定に注力できる
- 業績の測定が容易で、責任の所在が明確になる
- 分権組織として部門長は部門ごとに包括的な権限を行使することができる
- 商品企画・仕入れ・生産・販売などの各担当職能間の対立を生じずに、良好なコミュニケーションを維持できる
- 構成メンバーは常に部門の仕事・課題・目標が何かを把握しやすく、それに対する自分の責任もよく分かるようになる
- 管理者は、販売から生産・仕入れ・在庫管理・財務管理に至るまでの広範囲の管理能力を習得することができ、幅広い人材の育成が可能になる
ただし、縦割り組織特有の留意点もあります。例えば、図表2のXYZ事業本部のケースで考えてみましょう。XYZ事業本部が一体となって事業運営に取り組めばよいのですが、同事業部内で縦割りの意識が顕著になると、事業本部の運営に問題が生じます。
XYZ事業本部の規模が拡大するに従い、X・Y・Zの商品別に分権化された組織の規模も拡大し、例えば、当初は課だったものが部に昇格するなどが起こります。そうすると、それぞれの部では、自己の利益追求行動が顕著になってくることがあります。
利益追求行動自体は、決して悪いことではありませんが、場合によっては、X商品部の利益追求行動がY商品部の損失に直結するといった事態になることがあります。
一方、次のように、組織は商品部ごとの縦割りであるにもかかわらず、実際の現場は地域ごとに区分(支社単位)されているケースもあります。この場合、支社ごとに各商品のマネジメントを行う人材が必要になります。
仮に、東京支社のX商品部に属するマネジャーが、XだけでなくY・Zのいずれの商品、また関連するマネジメントについても精通していれば、東京支社のX・Y・Zのマネジメントはこのマネジャー1人で行うことができます。
各支社で同様の人材を配置できれば、マネジャークラスの人件費が1支社当たり3分の1で済みます。こうした配置が可能になれば、XYZ事業本部全体で考えた場合、人的なコストが削減できるため理想的です。しかし、現実には、事業本部で扱う全ての商品のマネジメントができる人材がいるケースはまれです。
3)権限と責任
組織単位の管理者・リーダーの職務と責任、特に達成すべき業績基準については、はっきり示さなければなりません。事業本部長が事業本部全体の責任を負うのは明確です。
また、次のように商品別の部となっていれば、部長がその部の責任を負います。
4)セクショナリズムの台頭
部が創設された直後であれば、各部が切磋琢磨(せっさたくま)しながら健全な競争状態を維持できるかもしれません。しかし、時間の経過とともに、セクショナリズム(いわゆる「縄張り意識」)が台頭するようになります。
その原因は、「部長同士の人間関係が良好でない」「X商品部とY商品部の業績に格差がある」「X商品市場は好況である一方で、Y商品市場は不況など環境があまりに違い過ぎる」といったようにさまざまです。
セクショナリズムが深刻化すると、必要な情報の共有が行われなかったり、事業本部内で不健全な競争が起きたりするようになります。分かりやすいところでは、部同士での顧客の奪い合いが起きたり、見えないところではインフォーマルな場における他部の悪口などが出てきたりします。
こうした状況に陥らないようにするには、一般的には「トップ(上記の例では、XYZ事業本部長)によるマネジメント」「公正な人事評価」「一定期間ごとの人事異動」「組織改革」が必要といわれています。
5)チームとは
チームとは、それぞれ得意とする技能、知識を持っている人が集まり、目標達成のために共に働くことです。最近ではプロジェクトチームやタスクフォースといった組織形態がこれに該当します。
一般的には縦割り組織単位内(図表5ではXYZ事業本部)の役割分割です。事業本部をまたぐようなチームが組織される場合は、社長直轄のチームとなることが多いようです。チームの場合、チームリーダーの権限、意欲、能力、リーダーシップがチームの業績に大きな影響力を及ぼします。
3 業績目標設定と年度事業計画策定
1)従業員の売上高や利益に対する意識をより高める
部門別に業績を管理すれば、経営者が各部門の状況を把握できるようになります。また、部門別に適正な業績目標を設定し、適正な評価結果を人事考課に反映させることで、従業員の売上高や利益に対する意識をより高めることができるでしょう。
2)業績目標設定・年度事業計画策定
業績管理制度の運用は、業績目標設定・年度事業計画策定(年度予算計画策定)から出発し、年度末の業績評価で一巡します。
業績目標設定では、業績評価基準に組み込まれている管理指標に沿って検討します。管理指標は部門管理者がその職務権限によってコントロールできる範囲が対象です。
事業本部長であれば、事業本部全体の売上高・経常利益・売上高経常利益率・総資本経常利益率など事業本部全体の業績が管理指標となります。
部長であれば、部の売上高・営業利益・生産性など、課長であれば課の売上高・営業利益・生産性など、係長以下は自分に課せられた売上高などです。また、場合によっては、新規顧客獲得○件、顧客訪問○件といった目標を管理指標とすることもあります。
業績目標設定・年度事業計画策定では、トップ・ダウンとボトム・アップの積み上げをフィードバックすることで、より効果的に業績管理を目指します。ただし、ここで求められるのは、単に業績を管理することではありません。業績が好調となるような業績目標設定・年度事業計画策定です。
おおむねトップ・ダウンで示される数値は、その達成が容易でないものが多くなります。一方、ボトム・アップの積み上げ数値は、その内容を慎重に判断しなければなりません。
例えば、課単位の業績数値を積み上げる場合、課長がトップの意向をくんで、さらに部下の現状を把握した上で、実現可能な数値を提示することが求められます。しかし、しばしば確実に(容易に)達成できる数値を示すことがあります。また、新任の課長は自己アピールのために、課の実力以上の実現不可能な数値を示すことがあります。こうしたケースでは、部門長がしっかりと内容を把握し、数値を修正する必要があります。
3)部門別損益計算ルール
部門別に業績を管理するには、まず部門別の業績を測定・把握しなければなりません。そのためには、「売り上げや原価がどこに、どの範囲で帰属するのか、経費はどこの負担になるのか」といった損益計算のルールが必要です。この計算ルールは、業績管理を進めるに当たり、あらかじめ各部門の業績責任のある管理者に周知徹底されていなければなりません。部門別損益計算ルールを決める場合の留意点は次の通りです。
1.納得した上での実施
関係者の大多数が「業績管理上の約束」だと割り切って、納得した上で実施されなければなりません。
2.目的の明確化
業績管理の目的をはっきりさせます。目的は次の通りです。
- 経営者が正しい判断、適切な経営方針を打ち出すため
- 部門と部門管理者の業績が明確化されることにより、責任体制の強化と組織の活性化が図れるため
- 部門別に意思決定を迅速・適切にし、機動力を発揮するため
3.関係者の参画
本部や会計部門だけでなく、支社などライン部門の関係者も参加してルールをつくります。現場関係者の参画により納得性が高まり、生産や販売などの実情に合ったものになります。
4.ルールの継続
実情に合わなくなったり、実施して不都合が生じたりした場合を除き、一度決めたルールはなるべく変更しません。
5.真実の業績の表示
意思決定を誤らないように利益が正しく計算され、真実の業績が表示されるようなルールでなければなりません。
以上(2018年12月)
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画像:pixabay