書いてあること

  • 主な読者:就業規則のひな型をそのまま使っている経営者・人事労務担当者
  • 課題:具体的に就業規則をどう変更すればよいのか分からない
  • 解決策:ひな型をそのまま使った場合、社員とトラブルになりそうな箇所を変更する。例えば「適用範囲」「労働条件の明示」「休職」「服務規律の遵守事項」など

1 「モデル就業規則」は、汎用性は高いが万能ではない

就業規則は、労働時間や賃金などの労働条件についてまとめた「職場のルールブック」です。中小企業の場合、人員数などの関係で人事労務に割けるリソースが限られているので、インターネットや書籍に出ているひな型をベースに、就業規則を作成することが珍しくありません。

例えば、厚生労働省ウェブサイトで公開されている「モデル就業規則」は、政府お墨付きのひな型ということで安心感があり、参考に使用する会社も多くあると思います。ただ、

汎用性を重視して一般的な定めやシンプルな表現になっているため、そのまま就業規則として使うと、内容が自社の実情に合わず、社員とトラブルになる恐れ

があります。

そこで、この記事では、最新のモデル就業規則(令和5年7月)を基に、

  • モデル就業規則をそのまま使った場合、トラブルになりやすい条項は何か
  • 条項をどのように追記・修正すればトラブルを防げるのか

を、弁護士の視点から2回に分けて解説します。

前編では、「第2条(適用範囲)」「第7条(労働条件の明示)」「第9条(休職)」「第11条(遵守事項)」を取り上げます。記事内の赤字は、モデル就業規則の中で修正が必要な箇所、追記・修正案における追記・修正箇所です。後編については、次の記事をご確認ください。

なお、モデル就業規則(令和5年7月)の全文を読みたい人は、次のURLをご確認ください。

■厚生労働省「モデル就業規則(令和5年7月)」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html

2 「第2条(適用範囲)」:自社の雇用形態に合わせて修正する

1)モデル就業規則

第2条(適用範囲)
1)この規則は、〇〇株式会社の労働者に適用する。
2)パートタイム労働者の就業に関する事項については、別に定めるところによる。
3)前項については、別に定める規則に定めのない事項は、この規則を適用する。

2)追記・修正案

第2条(適用範囲)
1)この規則は、〇〇株式会社の正社員に適用する。
2)この規則でいう正社員とは、第○章(採用)に定める手続きを経て採用され、期間の定めのない労働契約を締結した者をいい、試用期間中の者を含む。正社員以外の会社で雇用される契約社員、パートタイマー、嘱託、労働契約法第18条により無期労働契約に転換した者などの就業に関する事項については、この規則を適用せず、別に定める。

3)解説

モデル就業規則では、通常の労働者以外に「パートタイム労働者」という雇用形態を設けていますが、会社によっては、正社員以外の社員(いわゆる非正規社員)のことを「パートタイマー」「契約社員」「嘱託」などの名称で呼ぶことがあります。法令上、非正規社員は、

  • パートタイム労働者(短時間労働者):1週間の所定労働時間が正社員よりも短い社員
  • 有期雇用労働者:労働契約の期間の定めがある社員

のいずれかに分類されますが、この1.と2のいずれか、または両方に該当する社員を、会社が独自に「パートタイマー」などの名称で呼んでいるわけです。

会社によって非正規社員の名称が異なる上に、雇用形態を複数設けているケースもあるので、社員とのトラブルを避けるためには、

自社の「正社員」「非正規社員」の定義、就業規則の適用範囲を明記

しておく必要があります。

また、有期雇用労働者の場合、契約期間が通算5年を超えると期間の定めのない労働契約に転換される「無期転換」というルールがあるので、社員とトラブルにならないよう、

無期転換された場合、就業規則が適用されるか否かについても定めておく

ようにしましょう。特に2024年4月1日からは、会社は無期転換の申込権を持つ有期雇用労働者に対し、契約の更新時などに「無期転換の申込機会」「無期転換後の労働条件」を明示しなければならなくなります。その際、「無期転換された場合、正社員向けの就業規則が適用されるか否か」がとても重要になってきます。

なお、就業規則の適用範囲から除外される社員については、その社員のための就業規則や雇用契約書を別途設ける必要があります。

3 「第7条(労働条件の明示)」:変更範囲について追記する

1)モデル就業規則

第7条(労働条件の明示)
会社は、労働者を採用するとき、採用時の賃金、就業場所、従事する業務、労働時間、休日、その他の労働条件を記した労働条件通知書及びこの規則を交付して労働条件を明示するものとする。

2)追記・修正案

第7条(労働条件の明示)
会社は、労働者を採用するとき、採用時の賃金、就業場所、従事する業務、労働時間、休日、その他の労働条件を記した労働条件通知書及びこの規則、その他会社が必要と認める書類を交付して労働条件を明示するものとする。なお、就業場所及び従事する業務については、採用時の労働条件に加え、その変更範囲を明示する。

3)解説

モデル就業規則では、社員を採用するとき、「労働条件通知書」「就業規則」を交付して労働条件を明示するとしています。ただ、いざ社員が入社すると、「採用時に明示された労働条件と、実際の労働条件が違う」という理由でトラブルになるケースが少なくないため、

労働条件通知書と就業規則の他、会社が必要と認める書類も交付する旨を規定

し、必要な書類を用意しておくとよいでしょう。例えば、「就業場所(事業所)の一覧表」「部署とおおまかな業務内容の一覧表」などがそうです。

また、モデル就業規則では、社員を採用するとき、「採用時の賃金、就業場所、従事する業務、労働時間、休日、その他の労働条件」を明示するとしています。ただ、

2024年4月1日からは、「就業場所」「従事する業務」の2点については、採用時の労働条件に加え、その変更範囲も明示しなければならなくなる

ので注意が必要です。この点は法改正前に就業規則に反映し、労働条件通知書も変更範囲を明示できる書式に変えておきましょう。実際に労働条件通知書で明示する場合、

  • 就業場所:会社が定める場所、東京都内事業所(別紙)
  • 従事する業務:会社が指示する業務、会社の各部署(別紙)における業務

といった具合に、ある程度包括的な記載の仕方が認められています。なお、リモートワークを行うことが想定されている場合には、「労働者の自宅」といった記載も併記する必要があります。

4 「第9条(休職)」:復職などについて追記する

1)モデル就業規則

第9条(休職

1)労働者が、次のいずれかに該当するときは、所定の期間休職とする。

1.業務外の傷病による欠勤が○か月を超え、なお療養を継続する必要があるため勤務できないとき
○年以内
2.前号のほか、特別な事情があり休職させることが適当と認められるとき
必要な期間

2)休職期間中に休職事由が消滅したときは、原則として元の職務に復帰させる。ただし、元の職務に復帰させることが困難又は不適当な場合には、他の職務に就かせることがある。
3)第1項第1号により休職し、休職期間が満了してもなお傷病が治癒せず就業が困難な場合は、休職期間の満了をもって退職とする。

2)追記・修正案

第9条(休職・復職
1)労働者(試用期間中の者を除く)が、次のいずれかに該当するときは、所定の期間休職とする。

1.業務外の傷病による欠勤が○か月を超え、なお療養を継続する必要があるため勤務できないとき
○年以内
2.前号のほか、特別な事情があり休職させることが適当と認められるとき
必要な期間

2)休職者が、前項の休職事由が消滅したと復職を申し出る場合には、休職期間が満了する前の会社が指定する日までに、復職願を提出しなければならない。この場合、休職者は、受診している医師による診断書を添付しなければならない。また、受診している医師による証明書が提出された場合でも、会社は休職者に対して、会社が指定する医療機関での受診を命じることがある。
3)会社は、休職期間満了時までに休職事由が消滅したものと認めた場合は、原則として元の職務に復帰させる。ただし、元の職務に復帰させることが困難又は不適当な場合には、他の職務に就かせることがある。
4)第1項第1号により休職し、休職期間が満了してもなお傷病が治癒せず就業が困難な場合は、休職期間の満了をもって退職とする。

3)解説

モデル就業規則には復職に関する定めがなく、復職の可否などをめぐって社員とトラブルになる恐れがあります。通常は、休職者から主治医の診断書を提出してもらい、復職の可否を判断しますが、うつ病などのメンタル疾患は、症状が一進一退を繰り返す場合もあって判断が難しくなりがちです。ですから、

社員が復職を希望する場合の手続きの詳細を規定した上で、必要に応じて会社が指定する医療機関での受診を求めるなど、正確かつ慎重な判断ができるように規定

する必要があります。

また、モデル就業規則には「休職期間中に休職事由が消滅したときは、原則として元の職務に復帰させる」とありますが、こちらも社員とトラブルにならないよう、

休職事由が消滅したかどうかは、会社が最終的に判断する旨を明記

しておくようにしましょう。

この他、記事では割愛していますが、

会社が医師から意見聴取を求める規定、私傷病休職の利用回数、休職期間の通算規定など

についても定めておくとよいでしょう。

5 「第11条(遵守事項)」:必要に応じて遵守事項を追記する

1)モデル就業規則

第11条(遵守事項)
労働者は、以下の事項を守らなければならない。

  1. 許可なく職務以外の目的で会社の施設、物品等を使用しないこと。
  2. 職務に関連して自己の利益を図り、又は他より不当に金品を借用し、若しくは贈与を受ける等不正な行為を行わないこと。
  3. 勤務中は職務に専念し、正当な理由なく勤務場所を離れないこと。
  4. 会社の名誉や信用を損なう行為をしないこと。
  5. 在職中及び退職後においても、業務上知り得た会社、取引先等の機密を漏洩しないこと。
  6. 酒気を帯びて就業しないこと。
  7. その他労働者としてふさわしくない行為をしないこと。

2)追記・修正案

第11条(遵守事項)
労働者は、以下の事項を守らなければならない。

1.許可なく職務以外の目的で会社の施設、物品等を使用しないこと。

(中略)

8.パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメント、その他のあらゆるハラスメントにより就業環境を害するようなことをしないこと。
  • 他の者の業務を妨げないこと。
  • 業務上の都合により、担当業務の変更又は他の部署への応援を命ぜられた場合は、正当な理由なく拒まないこと。
  • 正当な理由なく無断欠勤及び遅刻、早退、私用外出等をしないこと。
  • 会社の許可なく、会社の施設内において組合活動、政治活動、宗教活動など、業務に関係のない活動は行わないこと。
  • 会社の許可なく、会社の施設内において集会、演説、貼り紙、文書配布、募金、署名活動など業務に関係のない行為を行わないこと。
  • 会社の許可なく、会社の文書類又は物品を社外の者に交付、提示しないこと。
  • その他、職場の風紀・秩序を乱す行為をしてはならないこと。
  • 3)解説

    モデル就業規則では、服務規律の一般的な遵守事項が7つ定められています。ただ、就業規則では、一般的に遵守事項に違反することを「懲戒事由」として定めるため、遵守事項を明確かつ具体的に定めておかないと懲戒処分を行うことが難しくなるという問題があります。ですから、

    会社として「これをされたら困る」という行為がある場合、それを遵守事項に追記

    する必要があります。

    なお、追記・修正案の第8号では「ハラスメントの禁止」について記載しています。

    労働施策推進法や男女雇用機会均等法、育児・介護休業法などにより、会社にハラスメント防止措置が義務付けられているため、具体的なハラスメントの種類も明記することで、社員に注意喚起を促す

    という趣旨です。このあたりは就業規則の他、自社のハラスメント防止方針などと併せて、社員に周知徹底しておく必要があります。

    以上、モデル就業規則を例に、トラブルになりやすい条項を解説しました。なお、この記事で解説したのは一部の条項のみであり、修正案もあくまでも一例です。実務では専門家などに相談の上、会社の実情に合わせて個別に内容を検討してください。

    以上(2024年1月)
    (執筆 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)

    pj00417
    画像:ESB Professional-shutterstock

    Leave a comment

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です