新型コロナウイルス感染症の感染予防対策として従業員に休業を要請するなど、経営者は平常時とは異なる判断を求められています。そこで、
- 従業員を(全部/⼀部)休ませたい
- 従業員を休ませることが難しい
- 保健所への通報などについて知りたい
の3つのテーマについて、弁護⼠がQ&A⽅式でお答えします。判断はケース・バイ・ケースで、本稿の内容が常に妥当とは限りませんが、1つのよりどころとしてご活⽤いただけると思います。
以降の内容は、2020年4⽉17⽇時点の情報に基づきます。
1 従業員を(全部/⼀部)休ませたい
1)従業員を休ませる場合、休業⼿当(平均賃⾦の60%)の⽀払いが必要でしょうか?
まず、前提として「会社側の都合により従業員を休業させる場合、休業⼿当の⽀払いが必要」になります(労働基準法第26条)。不可抗⼒であれば「会社側の都合による休業」に当たらないので休業⼿当の⽀払いは不要です。しかし、不可抗⼒だと認められるにはハードルが⾼くなります。ケースごとの考え⽅を紹介します。
●新型コロナウイルス感染症に感染したことが判明したので休ませたい
当該従業員を休業させることは不可抗⼒でしょう。休業⼿当の⽀払いも不要と考えられます。なお、従業員が健康保険などに⼊っている場合、傷病⼿当⾦の⽀給をご検討ください。
●発熱が続くなど新型コロナウイルス感染症の症状が疑われるので休ませたい
厚⽣労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の⽅向け)」(以下「厚⽣労働省Q&A」)では、⼀般的には休業⼿当を⽀払うべきとされており、これに従うのが穏当と思われます。ただし、濃厚接触者(注)や、新型コロナウイルス感染症の流⾏地域からの帰国者に対しては、休業⼿当の⽀払いは不要ではないかという意⾒もあります。
(注)厚⽣労働省Q&Aによると、感染者に対して必要な感染予防策をせずに⼿で触れた、または対⾯で互いに⼿を伸ばしたら届く距離(⽬安として2メートル)で⼀定時間以上接触があった場合、濃厚接触者に該当し得るとされています。
●緊急事態宣⾔が発出された。休業要請の対象業種ではないが休ませたい
直ちに休業⼿当の⽀払いが不要とは⾔えません。あくまで⾃主的な休業判断とされる可能性も⼗分あり得ます。
厚⽣労働省Q&Aでも、緊急事態宣⾔などを受けて事業を休⽌し、従業員を休業させる場合であっても、⼀律に労働基準法に基づく休業⼿当の⽀払義務がなくなるものではなく、会社(経営者)として休業を回避するための具体的努⼒を最⼤限尽くしていると⾔える必要があるとされています。具体的な努⼒を尽くしたと⾔えるか否かに関して、例えば、
- 在宅勤務などの⽅法により従業員を業務に従事させることが可能な場合、これを⼗分に検討しているか
- 従業員に他に就かせることができる業務があるにもかかわらず休業させていないか
といった事情が挙げられています。
なお、⾃宅(で仕事ができるよう)待機(しておくように)という趣旨で従業員に⾃宅待機を命じる場合は、100%の賃⾦の⽀払いが必要です。例えば、引き継ぎの電話に出られるようにしておいたり、メールやチャットツールに対応したりするよう求める場合が該当します。
●緊急事態宣⾔が発出された。休業要請の対象業種に該当するため休ませたい
やはり、直ちに休業⼿当の⽀払いが不要とは判断できません。ただし、休業要請の対象業種であるという点から、上記とは異なる配慮はあり得ます。休業が「不可抗⼒」だという解釈も、説得⼒を⼀応持ちますし、休業となる従業員の理解も⽐較的得やすいと思います。
やむを得ず休業とし、休業⼿当を⽀払わないとする場合も、
- 「他の仕事をさせられるかを検討した上で、やむなく休業とせざるを得ない」という判断のステップを経ること
- 従業員とよく話し、理解を得る努⼒をすること
が必要でしょう。
2 従業員を休ませることが難しい
1)感染予防の対応(帰社時の⼿洗いや⼿指消毒、就業中のマスク着⽤の義務化など)を従業員に義務づけ、違反の場合は懲戒の対象とできるでしょうか?
業務命令として可能です。ただし、マスク着⽤を義務づける場合、マスクを準備するのは会社です。消毒⽤アルコールやハンドソープについても同様です。
違反者に対する懲戒処分ができるかについては、当該⾏為が直ちに感染を引き起こすわけではないことから、悪質性や企業秩序への悪影響が限定的と⾔われているので、重い処分は無効とされる可能性が⾼いでしょう。
懲戒は慎重に検討すべきであり、まずは事実上の注意や指導を繰り返しましょう。懲戒処分を⾏うのは、具体的なトラブルを招いた場合などに限定し、やむを得ず懲戒処分を⾏う場合も重い懲戒処分は避けるべきでしょう。
また、業務命令は、原則として会社内(勤務時間内)のみのことです。会社外での活動(通勤時にマスクを着⽤せよとか、飲みに⾏かないよう⾃粛を求めるなど)については、⼀般的には、業務命令によって禁じるのは難しいでしょう。業種の特殊性や、実際に⼤きく報道されることなどにより、そのような⾏動が企業秩序によほどの悪影響があるならば⼀考の余地はありますが、基本的には認められにくいと考えられます。
なお、会社外での活動(旅⾏、ライブなど)についても、そういった⾃粛を「要請」する限りであれば問題ないでしょう。ただし、あくまで⾃粛要請であり、破った従業員に対する罰則や不利益な取り扱いはできません。⾃粛を要請する場合は、その理由も併せて説明すべきです。
2)従業員への配慮として、会社はどの程度のことを検討すべきでしょうか?
会社の規模や業種にもよりますが、テレワークや時差出勤を検討されてはいかがでしょうか。厚⽣労働省Q&Aでも、この点に触れられています。助成⾦の利⽤ができるケースもあります。
通常業務を⾏う場合(時短や交代制を伴う場合も含む)でも、感染予防の観点から、次の3点を考えてはいかがでしょうか。
- 発熱などの症状がある従業員については、医師の指導に従って⾃宅で療養させるべき(会社の判断で休ませるため、休業⼿当の⽀払いが必要)
- ⼿洗いや咳エチケットなどの(職場の)感染防⽌対策について教育・普及啓発を⾏う
- 必要に応じて職場の清掃・消毒を⾏う
3)毎朝、従業員に体温を測らせ、報告させることに問題はないでしょうか? また、従業員の体温をホワイトボードに記載するなどして管理してよいでしょうか?
従業員に対して体温を測るよう求めることは問題ありません。
ただし、報告を求めることについては、やや難しい判断があります。例えば、「37.5度を超えた場合は上⻑に報告させる」といった形で要求するのは問題ないでしょう。しかし、具体的な体温を毎⽇報告させることについては、体温もセンシティブな個⼈情報に当たるため、許されないとする意⾒もあります。
私⾒としては、現状に鑑み、感染者を出社させないよう管理することは必須であるところ、体温計での計測を促すため、具体的な体温を報告させることに合理性があると考えています。ただし、その場合でも、センシティブな個⼈情報を、職場の他の者が分かるような扱いは不適切ですから、上⻑ないし取りまとめ役への報告とするべきです。
特に、⼥性にとって体温は、⽣理や排卵の時期にもかかわる情報ですから、例えば、⼥性従業員に関しては、体温の報告先を⼥性にするといった配慮もすべきでしょう。
3 保健所への通報などについて知りたい
1)新型コロナウイルス感染症の陽性判定が出た従業員がいます。会社として何をすべきでしょうか? また保健所に通報すべきでしょうか?
当該従業員は就業させるべきではなく、その者との濃厚接触者も⾃宅待機とすべきでしょう。また、会社の事務所を閉鎖すべきか(消毒後の開所)については、保健所と相談になるものと思われます。
なお、医師は新型コロナウイルス感染症の患者を発⾒したときは、保健所に届け出ることを義務づけられているため(感染症法第12条)、会社から通報する必要はありません。むしろ、センシティブな個⼈情報のため、かかる対応はすべきではないでしょう。
2)新型コロナウイルス感染症の症状が疑われる従業員が、⾃ら保健所に連絡しないので、保健所に連絡するよう命令することは可能でしょうか? ⾃分でしない場合、会社が保健所に通報してもよいでしょうか?
症状の程度などにもよりますが、会社が業務命令として、保健所に連絡して感染の有無を判断してもらうよう命じることは可能でしょう。
しかし、従業員が会社の求めに応じず保健所に連絡しない場合でも、会社が保健所に直接連絡することは避けるべきでしょう。当該従業員の個⼈情報(健康情報)ですので、当該従業員の同意がない限りは違法となる可能性が⾼いです。
以上(2020年4⽉)
(執筆 みらい総合法律事務所 弁護⼠ ⽥畠宏⼀)
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