書いてあること
- 主な読者:旅行先でテレワークをする「ワーケーション」の導入を検討している経営者
- 課題:業務とプライベートの境界など、管理上の問題がありそうな気がする
- 解決策:ツールを使うなどして業務中か否かを把握。業務中はオフィス勤務と同じ
1 旅行先でテレワークをする「ワーケーション」
ワーケーション(Workation)とは、「ワーク(Work)=仕事」と「バケーション(Vacation)=休暇」を組み合わせた造語です。例えば、旅行先でテレワークをすることを「ワーケーション」と呼び、
旅先のホテルなどでテレワークをしながら、空いた時間で休暇を楽しむという自由な働き方
の事を指します。働き方改革や地域おこしにつながるという理由から、国や地方自治体もワーケーションの普及・啓発に力を入れていて、アフターコロナが本格化してからは再び注目を集めています。
ただ、旅行先で「仕事も遊びも両方する」という働き方なので、
業務とプライベートの境界をしっかり分けて労務管理
をしないと、「労働時間管理」「労災(労働災害)の判断」「ワーケーションの費用負担」などで思わぬトラブルに遭遇します。以降でポイントを確認していきましょう。
2 「始業・中断・終業」のタイミングはこまめに把握する
業務とプライベートの境界が曖昧だと、労働時間を正確に算定できないだけでなく、労災の判断や、ワーケーションに掛かる費用負担の判断なども難しくなります。
問題は、ワーケーションでは次の図表のように、1日の中で業務と観光が交互に発生したり、日によって労働時間が変わったりすることです。
こうした問題を解決するには、
業務の「始業・中断・終業」のタイミングをこまめに把握すること
が大切です。社員から都度チャットツールで連絡を入れてもらうのもよいですし、最近は1日に複数回の打刻ができる勤怠管理システムなどもあります。業務とプライベートの境界が明らかになれば、「観光中、上司から仕事の連絡が入ってちゃんと休めない」といった事態も防ぎやすくなります。
ただ、旅先に仕事を持ち込むことで、ついつい仕事に対する比重が重くなってしまい、せっかくの休暇(プライベート)を潰してしまう事にもなりかねません。そのため、あらかじめ仕事に充てることのできる時間数の上限をルールとして決めておくのも良いかもしれません。
次の問題は、賃金の取り扱いです。上の図表の場合、所定労働時間中に、1日目は5時間(8時間-3時間)、2日目は3時間(8時間-5時間)の不就労時間があります。不就労時間の賃金は控除できます(完全月給制の場合などを除く)が、ワーケーションを強く推進したいのであれば、
「半日単位」や「時間単位」の年休(年次有給休暇)を活用することを推奨
するなどして、社員が気兼ねなく休めるよう配慮しましょう。ちなみに、
- 半日単位年休:導入する場合、就業規則への定めが必要
- 時間単位年休:導入する場合、就業規則への定め、労使協定の締結が必要
です。なお、半日単位年休も時間単位年休も、計画的付与(会社が年休の取得日の計画を立て、日にちを指定すること)の対象にはならないので、取得はあくまで社員の意思に委ねられます。
3 業務中と自宅・ホテル間の移動中の被災は労災になり得る
労災には、業務上の事由により発生する「業務災害」と、通勤上の事由により発生する「通勤災害」とがあります。以下でそれぞれの考え方を紹介しますが、実際は個別の案件ごとに労災認定が行われるので、必ず所轄労働基準監督署などに判断を仰いでください。
1)業務災害の考え方
業務災害は、
- 業務遂行性(社員が会社の支配下にあるときに被災したこと)
- 業務起因性(業務と被災との間に因果関係があること)
の両方を満たすと労災として認定されます。
業務に従事しているときや、業務に付随する行為(業務の準備や業務中にトイレに行くなど)をしているときに被災すると、「業務遂行性」が認められます。ただし、業務遂行性が認められても、業務中にこっそり私的な用事をしていて、それが原因で被災した場合などは「業務起因性」が否定され、業務災害になりません。
ワーケーションの際、例えば、
ホテルでテレワークをしている最中に喉が渇き、階段下の自動販売機に飲料水を買いに行こうとして階段から転落した場合
などは、業務災害に当たる可能性があります。飲料水を買いに行く行為が、業務に付随する生理的行為に該当すると考えられるからです。
2)通勤災害の考え方
次に通勤災害は、
- 自宅と就業場所
- 就業場所と他の就業場所
- 帰省先と赴任先と就業場所の三者間(やむを得ない事情がある場合)
のいずれかを、合理的な経路・方法で移動していて被災した場合に労災として認定されます。
ただし、合理的な経路を逸脱(通勤上、不要な遠回りなどをした場合)したり、移動を中断したり(通勤と関係ない行為をした場合。ただし日用品の購入などは可)していて被災した場合は、通勤災害になりません。ワーケーションの際、例えば、
ホテルでテレワークをするという前提があって、自宅とホテルの往復中に被災した場合
などは、通勤災害に当たる可能性があります。この場合、自宅とホテルの往復が、「自宅と就業場所」の移動に該当すると考えられるからです。
4 業務に関する費用以外は個人負担としても差し支えない
ワーケーションで発生する費用としては、自宅とホテル間の交通費や宿泊費、通信費などが考えられます。結論から言うと、
通信費など業務に関する費用以外は、個人負担としても差し支えない
と考えられます。
自宅とホテル間の交通費や宿泊費は、出張や社内研修のように会社命令に基づくものであれば、会社負担とするのが妥当です。ただ、会社命令ではなく社員自身の意思で就業場所を選択している場合は、個人負担としても差し支えないでしょう。
通信費については、会社がパソコンなどを貸与する場合、会社負担とします。社員が私物のパソコンなどを使って業務を行う場合も、業務に要した分については会社負担とするのが妥当でしょう。
この他、最近は、社員がホテルなどでワーケーションを行いながら、人間ドックや保健指導、運動指導などを受けられるサービスも登場しています。社員がこうしたサービスを受ける可能性がある場合、福利厚生として会社負担にするのか、社員の意思に任せて個人負担にするのかも決めておきましょう。
5 必要に応じて就業場所や対象者、使用機器などを制限する
ワーケーションの就業場所は、
原則として社員が自由に選択できるようにしつつ、「集中できなかったり、セキュリティーに問題があったりする場所は認めない」というのが基本
です。例えば、不特定多数が出入りし、パソコンの画面を見られる恐れがある場所は不適切です。どこまでやるかは会社次第ですが、参考として紹介すると、
始業前に就業場所の状況を映せるコミュニケーションツールを使用して、上司の承認を得ている会社
もあります。
また、ワーケーションの対象となるのは、
ある程度自立して業務を遂行できる社員
です。このあたりも会社次第になりますが、例えば、就業規則で「能力や勤務態度を考慮して、所属長が承認した者を対象とする」などと定めておき、事前にワーケーションの就業場所や期間を申請してもらう形にすると、管理がしやすくなります。
ワーケーション中に使用する機器については、
会社が貸与するパソコンやWi-Fi端末を利用させるのが基本
です。私物のパソコンなどの利用を認める場合は、
- 会社指定のセキュリティーソフトをインストールさせる
- フリーのWi-Fiには接続させないようにする
などの対策を取りましょう。Wi-Fi環境を整備しているホテルなどは多くありますが、セキュリティーの強度が異なるので、社員には会社から貸与したモバイルルーターなどを使用させるのが無難です。対策の詳細については、総務省の資料などが参考になります。
■総務省「テレワークセキュリティガイドライン(第5版)(令和3年5月)」■
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/cybersecurity/telework/
以上(2024年6月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)
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