1 増加する“引き継ぎなし退職”

ある日突然、社員から、

「今月末で退職します。今日から退職日まで有休(年次有給休暇)をいただきます」

と申し出があったらどうしますか? 今、退職を申し出た社員が、残りの有休を全て消化して出社しないケースは増えています。昨今話題の退職代行サービスを使って、会社とのコミュニケーションを完全に遮断するケースも多いです。

正直なところ、あまり戦力になっていない社員であれば、突然の退職でも残りの社員で十分にカバーできるので、むしろ論点は、負担がかかる残りの社員へのフォローとなります。

一方、管理職など幅広く仕事をしている社員が退職する場合や、テレワークなどの影響もあって組織がサイロ化し、そこそこ重要な業務を“自分色”に染めてしまっている社員が退職する場合は、引き継ぎが必須です。となると、「引き継ぎもせずに突然いなくなるなんて無責任だ!」という憤りはさておき、会社が冷静に対応しなければ、残された社員のためになりません。

では、どうすればよいのか。それは、

出社しない社員に対し、「引継書の記入を依頼する」「有休の買い取りを打診する」などの方法で、“引き継ぎなし退職”の問題を乗り切ること

です。以降で詳しく説明しますので、確認していきましょう。また、引継書については、次章でダウンロードして使えるひな型を紹介していますので、必要に応じてご活用ください。

2 引継書の記入を依頼する

社員が退職日まで出社してこない場合は、「引継書」の記入を求めましょう。

引継書とは、退職する際に現職者から後任者へ業務を円滑に引き継ぐための文書

です。社員には有休を取得する権利があるので難しいですが、出社して引き継ぎをするのに比べればハードルは低いですし、「後任者や取引先がどうしても困ってしまうから……」と説明すれば、応じてもらえる可能性はあります。

次の書面は、筆者が作成した簡易的な引継書のひな型です。下のボタンからワード形式でダウンロードできますので、自社の特性を踏まえて修正してください。

退職時引継書

作成日:           作成者:
  
所属部署:         退職予定日:

1.業務概要

  • 主な担当業務:
  • 業務の進め方:
  • 現在の進捗状況:
  • 重要なポイント:

2.業務の引継ぎ

  • 引き継ぎ担当者:
  • 引き継ぎのスケジュール:
  • 必要な資料・情報の所在:

3.アクセス権限・保管場所情報

  • システムアクセス権限:
  • システムID・パスワード:
  • 重要書類の保管場所:

4.注意点・問題点

  • 業務で注意すべき点:
  • 現在の課題:
  • 今後の対応方針:

5.関係者リスト

  • 主要連絡先(上司・同僚・取引先):
  • 相談・連絡が必要な場合の窓口:

6.その他

  • 特記事項:
  • 退職後の連絡先:

こちらからダウンロード

なお、引継書の作成は、社員が退職の意向を示した直後に着手させましょう。ケースによりますが、この時期であれば、まだ心理的な距離も近く、詳細な情報を引き出しやすいこともあるからです。

3 有休の買い取りを打診する

引継書の記入依頼と並行してもう一つ、必要に応じて検討したいのが「有休の買い取り」です。原則として有休の買い取りは禁止されていますが、退職時については、

会社が有休の買い取りを予約することや、本来なら請求できるはずの有休日数を減らしたり与えなかったりすることは違法である

という行政通達(昭和30年11月30日基収4718号)がある一方で、

結果的に取得されない有休について、日数に応じて賃金を支給することは違法ではない

とした裁判例(昭和29年3月19日神戸地裁判決)があります。

簡単に言えば、

会社と社員が合意すれば、有休の買い取りが認められる余地がある

ということです。あくまでも合意があればということなので、会社が「有休を買い取るから出社しろ!」と強制したり、社員に不利益となる情報をちらつかせて合意に持っていったりすることは認められません。しかし、条件(買い取る日数や金額など)も含めて交渉の余地は十分にあるはずです。

4 退職代行サービスの場合は相手の窓口に伝える

今や退職代行サービスのラッピングバスが繁華街を走る時代。社員が退職代行サービスを利用しても不思議ではありません。この場合、社員との直接的なやり取りは著しく制限されるので、引き継ぎだけでなく、会社備品の返却や退職金の支払いなどの問題も出てきます。

そのため、退職代行サービスを運営する業者(以下「退職代行業者」)には次のような対応で臨みましょう。

1)法的権限の確認

退職代行業者の正体が、「弁護士」「労働組合」「民間事業者」のいずれであるかによって法的権限が異なります。例えば、弁護士資格のない民間事業者が、退職の条件について会社と交渉することは、非弁行為に当たり認められません。まずは、退職代行業者の法的権限を確認しましょう。

2)社員本人の意思確認

退職の申し出が、社員本人の意思によるものかを確認しましょう。例えば、退職代行業者に対して、社員本人が自筆で記入した退職届の提出を求めることが可能です。

3)退職日や有休消化の意向の確認

いつ退職したいか、有休を消化する意向があるかなどについて、書面での確認を求めます。

4)会社備品の返却と引き継ぎの要求

会社備品の返却や引継書の作成を、退職代行業者を通じて社員に要求します。

5)直接連絡の提案

退職代行業者に対し、退職金や未払い給与の支払いについて、退職代行業者を介さず直接社員と連絡を取りたい旨を伝え、その方法を提案します。

5 複雑なケースの場合、専門家への相談も検討する

退職で問題が発生した場合、会社と社員の話し合いなどで解決するのが望ましいですが、次のような深刻な状況の場合においては、弁護士への相談が必要になるケースもあります。

1)重要な機密情報の持ち出しが疑われる場合

会社の機密情報が関係していたり、個人情報保護に関わる問題があったりする場合です。

2)意図的な業務妨害が行われている場合

重要書類の破棄や隠匿、システムへの故意の損害行為などがある場合です。

3)著しい損害が発生している場合

取引先との関係に重大な支障を来していたり、業務の長期停止で損害が出ていたりする場合です。

例えば、引き継ぎがされないことにより、業務が長期停止して大きな損害を被った場合(上記の3)に該当)などは、弁護士を通して損害賠償を請求できる可能性があります。

とはいえ、法的手段の検討は慎重に行う必要がありますので、あくまでも話し合いによる解決が困難な場合の最終手段として考えておきましょう。

以上(2025年3月作成)

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