書いてあること

  • 主な読者:就業規則等に服務規律(業務を遂行するに当たって社員が守るべき行動規範)に関する条文を設けている企業の経営者
  • 課題:社員の服装などを服務規律でどこまで規制できるのか、服務規律に違反した社員に対して、どの程度の懲戒処分が許されるのかなどが分からない
  • 解決策:社員に対する規制や懲戒処分など、服務規律の実務に関するポイントをQ&A形式で紹介する

Q1 服務規律に定める内容はどのようなもの?

服務規律に定める内容は企業によって異なりますが、厚生労働省「モデル就業規則(平成31年3月)」では、次の内容が定められています。

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また、今どきの内容として、社員のSNS利用について定めている企業もあります。近年は、SNSを利用する社員による、個人情報の漏洩や企業の品位を下げる投稿が問題となっています。そのため、「勤務中に私的にSNSを利用しないこと」「SNSを利用して取引先等の悪口を公開しないこと」などを服務規律に定めている企業があるようです。

この他、「副業・兼業をしないこと」「勤務中に政治活動、宗教活動、集会などをしないこと」「私的な活動のために企業の名前を使用しないこと」などを定めている企業があります。ただし、副業・兼業については、近年「事前に許可を受けた場合は、副業・兼業を認める」など、解禁に踏み切っている企業もあります。

Q2 そもそも服務規律の法的根拠は?

服務規律について具体的に定めた法令がないため、「そもそも社員を服務規律に従わせることは、法的に問題ないのか?」という疑問を抱く人がいるかもしれません。

これについては、過去に最高裁判所が「労働者は、労働契約を締結して企業に雇用されることにより、企業に対し、労務提供義務を負うとともに、これに付随して、企業秩序遵守義務その他の義務を負う」という判断をしています(富士重工業事件 最三小昭和52年12月13日判決)。

この企業秩序遵守義務により、企業は服務規律を遵守するよう社員に命じることができると解されます。また、服務規律に定める個々の内容については、各種法令が法的根拠となるものもあります。

例えば、「ハラスメントの禁止」の場合、パワハラ、セクハラ、マタハラについて、労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法といった法律により、ハラスメント防止に関する対策を講じることが企業に義務付けられており(パワハラ防止については、大企業で2020年6月1日、中小企業は2022年4月1日から義務化)、服務規律で規制することに合理性があるといえます。

また、「個人情報保護」の場合、個人情報保護法により、個人情報の適正な管理に関する対策が企業に義務付けられているため、服務規律で規制することに合理性があるといえます。

Q3 服装などの規制はどこまで許される?

前述の通り、社員は企業秩序遵守義務を負っていますが、一方で日本国憲法により、自己決定権(個人的な事柄について、公共の福祉に反しない範囲で自由に決定する権利)を保障されています。そのため、企業秩序の維持という目的を超えて社員の行動を規制することはできません。とはいえ、服装などの場合、「企業秩序」と「個人の自由」のバランスが難しく、どこまでを服務規律で規制してよいものか悩みどころです。

この基準は明確ではありませんが、過去の裁判例などを基に考えると、規制の必要性を次のようにレベル分けすることができます。

  • 1.社員の安全のため > 2.企業の利益のため > 3.それ以外で企業の秩序維持のため

企業の事業内容や社員の職種などによって判断が変わる可能性がありますが、服装の場合、例えば次のように考えることができます。

1.社員の安全のため

建設現場でヘルメットを着用するよう社員に義務付ける場合などが該当します。労働契約法により、企業は社員がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務を負っているからです。

2.企業の利益のため

ホテルのフロントやハイヤーの運転手など清潔さが求められる職種において、ひげを整えるよう社員に義務付ける場合などが該当します。清潔さを損なうことがサービスの売り上げなどに影響し、企業に不利益となる可能性が高いからです。ただし、例えば「ひげが整っていて不快感を生じさせないのに、そることを一律で義務付ける」ような場合は、過度な規制に当たると判断されることもあります。

3.それ以外で企業の秩序維持のため

特に清潔さが求められる職種ではないが、社会人として常識的な最低限の身だしなみ(汚れたシャツを着て出勤しないなど)を社員に義務付ける場合などが該当します。汚れた服装の社員がいると、他の社員に不快感を与え、職務に影響が出る可能性があるからです。

「1.社員の安全のため」と「2.企業の利益のため」に該当する場合は、比較的規制の必要性が認められやすいと思われますが、「3.それ以外で企業の秩序維持のため」に該当する場合は注意が必要です。

例えば、「汚れたシャツを着て出勤しない」という規制は、企業秩序を守る上である程度必要性があると考えられます。しかし、「女性社員はスカート着用を義務とする」という規制の場合、スカートを着用しないことが必ずしも企業秩序に影響するとは限りません。規制を設ける必要性がなければ、逆に女性社員に対するセクハラであると判断される可能性があります。

Q4 プライベートを服務規律で規制できる?

服務規律は社員が職場で服するルールであるため、原則としてプライベートまでは及びません。例えば、プライベートの服装を服務規律で規制することはできません。

ただし、過去に最高裁判所は「職場外での職務遂行に関係がない行為であっても、企業秩序に直接の関連を有するものもあり、それが規制の対象となることも許される」という判断をしています(国鉄中国支社事件 最一小昭和49年2月28日判決)。

従って、プライベートであっても、例えば飲酒運転による交通事故や横領など、刑法上の犯罪行為などについては、規制の対象となると考えて差し支えないでしょう。

やや複雑なのが、法令で規制されていない「副業・兼業」などの場合ですが、前述の「1.社員の安全のため>2.企業の利益のため>3.それ以外で企業の秩序維持のため」の基準を使って考えると、次のように判断することができます。なお、企業の事業内容や社員の職種などによって判断が変わる可能性があります。

1.社員の安全のため

トラック運転手やとび職など、職務中にけがなどをする可能性が高い事業において、副業・兼業を禁止する場合などが該当します。副業・兼業は一般的に過重労働につながりやすく、社員の疲労の蓄積が、生命の危険に直結する可能性が高いからです。

2.企業の利益のため

競合企業での副業・兼業を禁止する場合などが該当します。社員が副業・兼業先で企業秘密を話してしまったり、引き抜きを受けたりした場合、企業の不利益になる可能性が高いからです。

3.それ以外で企業の秩序維持のため

一概には言えませんが、社会的に広く許容されていると言い難い事業(風俗業など)を営む企業での副業・兼業を禁止する場合などが該当します。社風などにもよりますが、他の社員に不快感を与え、職務に影響が出る可能性があるからです。

Q5 服務規律違反の懲戒処分はどこまで許される?

服務規律で特にトラブルになりやすいのが、服務規律に違反した社員に対する懲戒処分の問題です。社員に対する懲戒処分は、労働者の行為の性質・態様などに照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は無効とされています(労働契約法第15条)。そのため、仮に服務規律の内容は適正でも、服務規律に違反した社員に、違反内容に照らして重すぎる懲戒処分を与えることはできません。

一般的な懲戒処分を処分の重さ順に並べると、次のようになります。

  • 懲戒解雇:即時に解雇する。懲戒処分の中では最も重い処分となる。
  • 諭旨解雇:退職願の提出を勧告した上で、解雇とする。
  • 出勤停止:数日間、出勤することを禁じ、その間は無給とする。
  • 降格:役職の罷免・引き下げ、または資格等級の引き下げを行う。
  • 減給:一定期間、賃金支給額を減額する。
  • けん責:始末書を提出させ、将来を戒める。

「1.懲戒解雇」から「3.出勤停止」までの懲戒処分は、原則として服務規律違反の中でも、特に悪質なものに対してのみ適用できると考えられます。

特に悪質なものとは、飲酒運転による交通事故や横領など、刑法上の犯罪行為などに該当するケースです。

セクハラなどの場合は、内容によって判断が変わります。例えば、強制わいせつ罪に該当する場合や社員が一定の精神障害を発症した場合は、「1.懲戒解雇」から「3.出勤停止」までの懲戒処分が妥当かもしれません。しかし、これらに該当しない場合は処分として重すぎると判断される可能性があります。その場合、懲戒処分を「4.降格」「5.減給」などに引き下げる必要があるかもしれません。

服装などに関する服務規律違反の場合は、「1.懲戒解雇」から「5.減給」までの懲戒処分は、処分として重すぎるかもしれません。「6.けん責」を何度か繰り返しても改善が見られない場合に、初めて「5.減給」などの重い処分を検討するのが通常です。

Q6 懲戒処分を検討する際に注意すべきことは?

前述の通り、懲戒処分を行うに当たっては客観的な合理性と、社会通念上の相当性が必要です。社員が服務規律に違反した場合は、社員の行動に対して、「懲戒事由に該当するか?」「懲戒処分が必要か?」「懲戒処分の内容が妥当か?」について、慎重に判断する必要があります。

また、実際に裁判などに発展した場合、次のような内容が判断要素として重視される傾向にあるので、併せて押さえておきましょう。

  • 服務規律を社員に周知していたか?
  • 服務規律が遵守されるよう、社員に対し、注意喚起や研修(ハラスメント防止研修など)を行っていたか?
  • 過去に同じ服務規律違反を犯した社員に対し、異なる懲戒処分が適用されていないか?

この他、特にトラブルになりやすいのが、減給をしたり懲戒解雇により退職金を不支給としたりする場合、つまり賃金や退職金の減額を伴う場合です。

減給については、労働基準法により「1回の控除額が平均賃金(過去3カ月間の賃金総額を暦日数で除した金額)の1日分の半額を超えず、総額が1回の賃金支払総額の10分の1を超えない」ようにすることが義務付けられています。

退職金については、懲戒解雇した社員への退職金を不支給とすることについて、長年の勤続の功を打ち消す重大な背信行為がなければ認められないとされ、70%の減額が妥当と判断された裁判例があります(小田急電鉄事件 東京高裁平成15年12月11日判決)。

減給や、懲戒解雇とする場合の退職金の不支給(または減額)については、いま一度就業規則等の内容を見直しておく必要があるでしょう。

以上(2020年4月)
(監修 弁護士 田島直明)

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画像:pixabay

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