書いてあること

  • 主な読者:会社経営者・役員、管理職、一般社員の皆さん
  • 課題:コミュニケーションに関わる知識やノウハウは、頭では理解できても、実際の場面で使いこなせるようになるまでには高いハードルがあるものです。
  • 解決策:前回シリーズ『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』での知識やノウハウを聞いただけではまだ一歩を踏み出せない、あるいはトライしてみたがうまくいかないという方のために、新シリーズでは【実践編】として社内の“あるある”場面を想定した質問に対して一緒に考えながら、実践イメージを膨らませていただきます。またリーダー側の視点とは別に、若手社員側の視点による上司世代との上手な付き合い方のヒントも紹介していきます。リーダー世代と若手社員とのコミュニケーションギャップを埋めることは、世界を舞台にスピーディな成長をめざす日本企業にとっても喫緊の課題だからです。

1 欠員分の業務をチーム内で振り分けたら若手Eさんは拒否、どう声をかけますか?

今シリーズは、前シリーズ『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』の実践編です。

知識やノウハウは分かったけれど、「現場で実践するにはまだハードルが高い」「うまく一歩を踏み出せない」という方のために、毎回実際にありそうなさまざまなシチュエーションを想定して、どんなコミュニケーションを取るのが望ましいかを一緒に考えていきます。

第5回では皆さんの身近な話題として、会議をテーマに取り上げてみました。いかがだったでしょうか。今回は課題[事例5]です。再掲しますので、考えた解答を思い出してみてください。まだ考えていなかった方もぜひ考えてみてください。自ら考えないで、解説だけを読んでいても力はつきませんよ。

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Q.部下のEさんに対して、あなたはこの後、最初にどんな声をかけますか? また、それを考える際に注意するべきポイントを3つほど挙げてください。書かれているさまざまな要素を考慮してみましょう。

[事例5]

〇上長や人事部からは「働き方改革の一環として残業はなるべくしないように」と要求される中、部署に欠員があり、その業務の穴をみんなで埋めなくてはなりません。上司であるあなたは、ベテラン社員に手分けしてもらいながら、若手のEさんにも一部を振ることにしました。まだ一人前とはいえませんが、本人にとっても成長の“チャンス”だろうと考えたのです。

〇Eさんを呼んで「欠員もあったので、この仕事を新たに担当してほしい」と伝えました。するとEさんから「この仕事の意味って何ですか? 私が担当する意味がありますか?」と返されたのです。

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テーマは「新たな仕事の依頼」です。これまでの事例と同様に起こっている事象を整理することから始め、現場で起こっていることの可能性を探ってみましょう。

2 部署の「欠員」をどう捉えるべきか

部署に「欠員」が出ることは珍しくないでしょう。本人の意思による退職もあれば、会社の意向による組織再編に基づく異動もありますね。

急な欠員を会社や上から告げられた際は、上司としては焦るでしょう。日常業務が目の前にあるわけで、事例のように欠員となる人が抱えていた業務を、他の人に振らなければなりません。

そこで「じゃあ、欠員補充があるまでは私がやろう。久々に現場を味わってみるか」と発想する上司は根本的に間違っています。最後の最後の選択肢としてはあるかもしれませんが、基本的に上司が現場に戻ってはいけません。

なぜなら、上司としての仕事、例えばマネジメントや組織づくり、今後に向けたビジョンを提示するといった、本来やるべき仕事が疎かになるからです。「だったら私が犠牲になって徹夜をすればいい」というのは昭和の考え方、美談でも何でもありません。それで体を壊したらもっと困るのは部下と会社です。

組織再編による欠員は、会社から「残った人数で今までかそれ以上の成果を上げて、生産性を上げてくれ」というメッセージです。本人の意思による退職の場合も、会社から補充の計画がなければ同じ意味だと捉えるべきでしょう。

今後、伸び盛りの部署や新規の部署は別として、多くの部署では「増員」よりも「欠員」を期待されるケースが多くなります。背景には日本企業の世界的に見た生産性の低さが挙げられます。現状の生産性では、世界はおろか、国内との大手競合とも戦えず、生き残っていけないからです。

上司は「欠員」を前向きに捉えるべきです。これぞ、“部下の育成”と“生産性向上”を図るチャンスだと。1人減っても残ったメンバーで、以前と変わらぬ、あるいはそれ以上の売上や利益を上げられる方法を考えて必ず実現しようと。

むしろ部署のほうから「部下の育成と生産性向上のためにも、1人減らしてほしい」と会社に提案してほしいくらいです。会社はそういう上司を求めています。

「そんなことしたら、誰かを他の部署へ異動させるか、辞めさせなければならなくなる」。そうでしょうか。メンバーの中には、今の仕事にマンネリを感じている人や、違う仕事もしてみたいという人もいるはずです。自ら手を挙げた人を優先してあげてください。そうすれば無駄な退職も減らせます。

本人に「異動」という発想がないケースもあります。私なら「今後のあなたの成長を考えれば、早い内に異なる部署を経験した方がいいよ」と説得して背中を押します。部下を新たな業務や環境に置いて成長させるのは、上司の重要な仕事の一つです。

「欠員」になるのにどうやって日常業務を回すのでしょうか? まずは今の業務を整理し見直して、無駄を徹底的に省くことが先決です。身近なところではAIやロボットが強力な助っ人になるでしょう。「まだChatGPTを使ったことがない」という人は、私が社長なら「時代についていけていませんね、上司失格ですよ」とお話しします。

オープンAIが2022年の11月にChatGPTをリリースし、早々に無料サービスを(またハイエンドの有料サービスも)提供してから、ずいぶん時間がたっています。生産性を常に意識できている上司ならとっくに使いこなしているはずだからです。ChatGPTの驚きの能力と、ハルシネーションなどの課題についてはここでは詳しく触れませんが。

3 若手Eさんは、なぜ新たな仕事を拒否したのか

ここまで読まれて、「欠員」に対する考え方について「なるほど」と思われた方。皆さんの部下は、あなた以上に「欠員」に対する認識がないと思います。だとすれば、彼らは今回欠員分の業務を振り分けられたことを、本音ではどのように捉えているでしょうか。

「欠員があったのに補充がない、残業規制もあるのにどうしろっていうんだ」

「現状でも日々の仕事を回すのでパンパンなのに、新しい仕事など受けられるはずがない。うちの上司は何も分かっていない。上司や会社に掛け合って一日も早く増員してくれ」

メンバーは心の中ではそんなふうに思っていることでしょう。仕事を振って受けてくれたベテラン社員ですらも、心の中では憤慨しているかもしれません。

若手Eさんは、なぜ新たな仕事を拒否したのか想像してみましょう。恐らく本音はすぐ上の会話文(「 」部分)の通りで、若いがゆえに心の声が思わず出てしまったのでしょう。

さらに想定できるのは、Eさんがまだ一人前に育っていない可能性です。だとすれば、「自分の担当業務ですらまだおぼつかないのに、さらに他の人が担当していた業務などできるはずがない」と感じているでしょう。

結果として、Eさんが「この仕事の意味って何ですか? 私が担当する意味がありますか?」という表現で悲鳴を上げたのかもしれません。また、次のような前向きな気持ちからの可能性もあります。

「自分は戦力にすらなれていなくてみんなに申し訳ない。担当業務を一人前にできるように日々必死に努力しているけど、それでいっぱいいっぱい……。新しい業務を受けたら全てがうまくいかなくなってみんなにも会社にも迷惑をかけてしまう」

Eさんに断られたあなたは、じゃあベテラン社員に振るしかないかと、頭を下げてさらなる負担を強いるでしょうか。彼らはベテランがゆえに表向きは「大変ですよね、分かりました」と平穏を装って受け入れるふりをするかもしれません。

でもベテラン社員にも限界はあるし、心の中ではEさんが発したのと同じ気持ちなのであれば、いっせいに退職してしまう可能性もあります。そんな状況を招いたのはだれでしょう。そう、上司であるあなたです。

4 上司は常に「部下の育成と、部署の生産性向上を担う」立場

私は欠員者の業務を快く受け入れてくれたベテラン社員にも感謝しますが、若手のEさんにも感謝したいです。結果として現場の状況を教えてくれたのですから。

私がEさんに最初にかける言葉は次のようなイメージです。

「今回の欠員でEさんが戸惑っている状況は分かりました。そうやって本音を言ってくれたことに私はとても感謝しています。ありがとう。仕事の現状を詳しく聞かせてください」

『新たな3つのコミュニケーション習慣』の「褒める=感謝の言葉」を伝える、です。Eさんが心を開いてくれたら、現状を知るべく「傾聴」してみましょう。

同じようにベテラン社員も、個別に面談の場に呼んで本音を引き出しましょう。例えばこんな感じです。

「今回は突然の欠員で部署が厳しい状況の中、文句も言わず新たな業務を引き受けてくれて、すごくありがたかったです。ありがとう!」

「欠員が出たこととその対処について本音ではどう思っているのか聞かせてもらえますか。併せて今後この部署がどうなっていくべきかを一緒に考えてください」

それで相手が心を開いてくれたら、「前向き発想」の期待の言葉も忘れずに添えましょう。

同時にEさんにもベテラン社員にも、上に書いた『2 部署の「欠員」をどう捉えるべきか』の内容を語っていきましょう。

欠員が出たままになるのはなぜか、補充しない意図とは。業務改善やAI、ロボット導入による効率化は、本人の仕事を奪うのではなく成長のチャンスであること。こうした点が理解されれば、現場からの生産性向上は一気に進みます。

ただし一度や二度話しただけでは、十分に伝わらないと思います。上司が何度も覚悟をもって説明し、現場の意見も聞きましょう。

なぜ今、生産性向上が必要なのか。それは部下にとってどんなメリットがあるのか。欠員によって人減らしをしようとしているのではないこと。異動して新天地で活躍できれば本人の成長となり、会社にとっても欠員と増員で二重に生産性向上となることを共有しましょう。

上司は常に「部下の育成と、部署の生産性向上を担う」立場と認識してください。そして繰り返しになりますが、そのことを日ごろから上司がメンバーに何度も話して、理解しておいてもらうことが肝要です。

【今回の3つのポイント】

1 今回の「欠員」の意図をはっきりさせて、部下と共有する

2 上司は「部下の育成と、部署の生産性向上を担う」立場と認識し、日頃より部下とも共有しておく

3 Eさん、ベテラン社員それぞれに感謝を伝え、現状を「傾聴」した上で、みんなで対応策を考える

最後に、部下の皆さんの立場でできることを考えてみましょう。上司が語ろうが語らなかろうが、認識できていようがいなかろうが、会社は「部下の育成と、部署の生産性向上」を期待しています。

一人ひとりがふだんから、「自分は1年後、3年後、5年後にどんな姿になっていたいか」を描いてみる。部署内での仕事の任され方、いつごろには〇〇に異動したいと上司に伝えましょう。無責任だと思われないよう、自分がいなくなっても業務が回る方法を上司に提案してみましょう。予定よりも早く希望の未来が実現できるかもしれません。

日本企業の生産性は岐路に立たされています。現場からすれば、現状でも厳しいのに欠員があれば破綻してしまうと訴えたい気持ちは分かります。でもそれでは今後、国内の競合、世界の競合と戦って生き残ってはいけないのです。

もっとラクして稼げる仕事を探しますか? 残念ながらそんな仕事も会社もありません。今よりラクな仕事に移れば待遇が下がるか、AIに取って代わられる可能性が高くなるだけです。覚悟を決めて前向きに取り組む道を選んだほうが、未来は開けますよ。

ものは廃止し、AIやロボットも駆使して効率化を図り、今より人が減っても負担なく回せる環境をイメージしていきましょう。そうすればあなたの実力も上がり、生産性が向上して待遇も上がっていくことでしょう。

5 年上の部下Fさんに指示していい? “ため口”でいい? どう声をかけますか?

次回に向けた課題[事例6]を紹介します。

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Q.年上の部下Fさんに対して、あなたはこの後、最初にどんな声をかけますか? また、それを考える際に注意するべきポイントを3つほど挙げてください。書かれているさまざまな要素を考慮してみましょう。

[事例6]

〇あなたの部下として、年上のFさんが配属されました。他の部下と同じように指示命令を出したところ、「はいはい、分かりました」といった返事のし方で、素直に受け入れてくれている感じがしません。上司と部下の関係なのに、正直そうした態度は気になります。

〇これからも普通に指示命令を出していいものか、また話し方は他の部下に対するのと同じような“ため口”でいいのか、どう話すべきか迷っています。

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テーマは「年上の部下との付き合い方」です。これまでの事例と同様に起こっている事象を整理することから始め、現場で起こっていることの可能性を探ってみましょう。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。もし日常で近いシーンに出会うことがあれば、ご自身で考えて『新たな3つのコミュニケーション習慣』の実践にトライしてみてください。

次回もお楽しみに。

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※武田が以前上梓した書籍『新スペシャリストになろう!』および『なぜ社長の話はわかりにくいのか』(いずれもPHP研究所)が、ディスカヴァー・トゥエンティワンより電子書籍として復刻出版されました。前者はキャリア選択でお悩みの方に、後者はリーダーやトップをめざしている方にお薦めです。

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以上(2024年12月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
https://www.brightside.co.jp/

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