1 「人事権の裁量の濫用」に当たる人事評価は違法
人事評価は、社員に「会社から評価された」という達成感を与え、モチベーション向上につなげる重要な制度です。しかし、上司(評価者)の主観を完全に排除することが難しく、
- 好き嫌いで評価しているのでは?
- 最近のミスだけが強調されすぎているのでは?
と受け取った社員が、不満から離職してしまうこともあります。とはいえ、社員の不満を恐れて甘く評価するのは健全とはいえませんから、上司はあくまで毅然とした評価をするべきです。
一方、もう一つ意識しておきたいことがあります。それは、
人事評価の内容が「人事権の裁量の濫用」に該当する場合は違法
になるということです。具体的には、
- 残業している社員を「頑張っている」と高く評価する
- 大きなミスをした社員を就業規則より厳しい降給にする
などのケースですが、こうした問題は、
働いている時間の長短を評価要素に組み込んでいたり、経営者や上司の鶴の一声で高評価も低評価も認められたりするような、昔ながらの感覚が残る会社で起こりがち
です。「人事評価は毅然とするべきであるが、違法はいけない」という、当たり前のことを実現するために、この記事を参考にしていただければ幸いです。
2 残業している社員を「頑張っている」と高く評価するリスク
人事評価の内容が法令に違反していれば無効であり、会社が損害賠償義務を負うこともあります。特に、次のような法令(強行法規)違反につながる人事評価は認められません。
- 国籍・信条・社会的身分を理由に、労働条件について差別をする(労働基準法第3条)
- 性別を理由に、賃金について差別をする(労働基準法第4条)
- 性別を理由に、異動や契約更新について差別をする(男女雇用機会均等法第6条)
- 妊娠・出産・育児休業・介護休業等を理由に、不利益な取扱いをする(男女雇用機会均等法第9条、育児・介護休業法第10条当)
妊娠・出産により育児休業等を取得した女性に対し、会社が復職後の成果報酬をゼロとする査定を行い、トラブルに発展した事案では、
査定の内容は、育児・介護休業法における不利益取扱いの禁止の趣旨に反し、人事権の裁量の濫用に当たる
と判断されました(東京高裁平成23年12月27日判決)。こうした過ちを起こさないための最も単純な解決策は、例えば、
- 育児休業等をしている社員の人事評価は、前年度の評価を据え置く
- 同等の等級にある社員の成果報酬査定の平均値を用いる
ことです。
また、
残業や休日労働に協力する社員を「頑張っている」と高く評価し、そうでない社員を「努力が足りない」と低く評価する
といったことがあるなら、すぐに改めましょう。
2024年4月からは、労働基準法の「時間外労働の上限規制」が、すでに適用済みの業種に加え、建設業や物流業にも適用されるようになりましたが(いわゆる2024年問題)、こうした法の趣旨に反する人事評価は、人事権の裁量の濫用に当たる恐れがありますし、そうでなくても社員のほうから、「時代に逆行している古臭い会社」と見切りを付けられる可能性があります。
3 大きなミスをした社員を就業規則より厳しい降給にする
就業規則や賃金規程にない基準、あるいは定めに違反する基準を用いて人事評価を行うと、人事権の裁量の濫用に当たる恐れがあります。例えば、賃金の決定方法は必ず就業規則などに定めて社員に周知・開示し、守らなければなりません。そのため、
いかに社員が大きなミスをしたとしても、就業規則などの定めを超える降給はできない
のです。
なお、人事評価によって降格された社員は降給となるのが通常ですが、前提は、
役職などと賃金が連動していることを就業規則などで明確に規定しておく
ことです。御社の就業規則などを確認してみてください。次のように定めてあれば問題ありません。
【就業規則の規定例】
第●条(昇格・降格)
会社は、社員に勤務成績不良など職務不適格事由がある場合、役職罷免、職位および資格等級の引き下げなどの降格を命ずることがある。
【賃金規程の規定例】
第●条(昇降給・昇降格)
- 職務給の昇給・降給は、毎年1回、原則として4月に行うものとする。
- 昇給・降給は、別表1(省略)に定める基準に基づき人事考課により決定する。
- 職務等級の昇格・降格は、別表2(省略)に定める基準に基づき人事考課により決定する。この場合、昇格・降格後の役職と職務等級に基づき賃金を決定する。
- 懲戒処分による降格および勤務成績不良等、職務不適格事由による人事権の行使としての降格の場合も、降格後の役職と職務等級に基づき賃金を決定する。
以上(2025年9月更新)
(執筆 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)
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