書いてあること

  • 主な読者:部下のヤル気を引き出したい経営者
  • 課題:部下との信頼関係をしっかりと築きたいが、飲みにケーションなどもできず困る……
  • 解決策:水卜アナの言動から、“ありのままに正直な”自分をさらけ出すコミュニケーションを学び、部下との信頼関係を強固にする

本連載では、最も旬といえる3人のリーダーを「マネジメントの三賢人」として取り上げます。なにゆえ彼らのチームビルディングやメンバーコミュニケーションが素晴らしいのかについて、組織開発の理論を用いて解説していきます。事例を理論とともに学ぶことが、実践につなげていく近道だと考えるからです。学んで真似て体得する、です。

最終回の本稿では、女性リーダーとして日本テレビの水卜アナを取り上げます。彼女が「理想の上司」に選ばれ続ける理由を紐解くと、そこには、今最も必要とされる組織づくりのヒントが詰まっていました。ぜひ組織変革の一助としてください。

  • 第三の賢人
    日本テレビ水卜麻美アナ
    「理想の上司」女性部門で5年連続1位に輝く。この4月には日本テレビの看板である朝の情報番組の総合司会に抜擢された、いまや日テレを代表する女性アナウンサー

学んで真似るポイント

  • 組織に心理的安全性をもたらすための土台となる自己開示の重要性とその方法
  • 上司からの自己開示は、部下との信頼関係を築く上で、極めて重要なコミュニケーション
  • 自己開示の返報性が機能することで、組織に心理的安全性がもたらされるようになる
  • 上司は自分を自慢する自己提示に陥りがち。だからこそ水卜アナの自己開示力をお手本に

1 『ZIP!』の総合司会

日本テレビの水卜麻美アナウンサー(33)が、また「理想の上司」の女性部門で第1位に輝きました。このランキングは、某保険会社が“今春入社を控えた新社会人”を対象に“理想の上司として思い浮かぶ有名人”を聞いて発表しているもので、いまでは年頭の恒例行事となってきた感があります。冒頭で「また」と言ったのは、このランキングにおいて水卜アナが5連覇しているからです。

3月まで司会を務めた朝の情報番組『スッキリ』で、水卜アナは「本当に、真面目に言って、後輩のおかげだなって思っていて」と慕ってくれる後輩に感謝のコメント。メインMCの加藤浩次さんに、そういう言葉が理想の上司に選ばれる理由であるとツッコまれ、水卜アナ本人は「いいこと言っちゃったみたいになっちゃった!」と照れました。こうしたトークにも彼女の人柄がにじみ出ています。

一方で、仕事ぶりも高く評価されています。存在感はあるけれど出しゃばらない。番組では自らの役割はきっちりとこなす。アナウンサーとしての技術も確か。この4月の改編で3年半務めた『スッキリ』を卒業し、『ZIP!』の総合司会に就任することになったのも、こうした評価の賜物でしょう。

実は、日テレの朝の情報番組で女性がメイン司会になるのは史上初です。日テレの朝番組といえば、あの『ズームイン!! 朝!』。初代の徳光和夫さんはじめ、福留功男さん、福澤朗さん、羽鳥慎一さんと日テレを代表するアナウンサーが代々司会を務めてきました。局の看板番組の系譜を継ぐ「朝の顔」に抜擢されたわけです。

2 ぶっちゃけキャラの好感度

そのキャラを確立したのは、入社1年目で抜擢された『ヒルナンデス!』での食リポでした。その食べっぷりが話題になり、食いしん坊キャラが定着しました。また日テレの入社面接で、変顔を披露して内定を勝ち取ったという武勇伝もあってか、ミスコンあがりの美人系女子アナたちとは、明らかに一線を画す「親しみやすさ」が、彼女の好感度をぐんぐん上げていきました。

しかし水卜アナが支持される本質は、「変顔」や「食いしん坊」といったキャラによるものだけではないと思うのです。自分が「食いしん坊」であることを素直に認めていること、もっというと、全面的に「食いしん坊」な自分を受け入れているわけではない、ということさえ包み隠さずにいること。これが水卜アナの“ぶっちゃけ力”の半端ないところです。

アナウンサーという職業柄、もっと自己管理すべきかもしれないと思っているのに、“食欲に負けてしまっている”という本音を、水卜アナはものすごく正直に話します。誰でも感じたことのあるような“身近な悩み”を、テレビに出ている有名人が“女子会ノリ”で話してくるわけです。親近感を持たないはずがありません。

これが「自己開示」の持つパワーです。自己開示とは、自分に関するプライベートな情報を相手に話すこと。特に少し恥ずかしいと感じるくらいのことを正直に打ち明けると、「そんなことまで話してくれるなんて、自分に心を開いてくれているんだ」と相手は認識し、心の距離が縮まりやすくなります。

3 転んだアザまで自己開示

水卜アナの自己開示エピソードを、もうひとつ紹介しましょう。

女性芸人の頂点を決める『THE W』の記者会見でのこと。MCでタッグを組むチュートリアルの徳井義実さんと2人で出席することになっていたのが、徳井さんが開始予定時刻に間に合わないというハプニングが発生。相方の到着まで時間を埋めるべく、水卜アナが急きょ“前説”を行うことになったのです。

経験のない水卜アナは、そこで「本邦初公開です」というネタを披露しました。それは「マンホールで滑りまして、ここにえげつないアザを作ってしまったんです」というもので、右ひざにできた痛々しいアザを披露。「転んだ時はあんまり痛くないじゃないですか。“転んだことの恥ずかしさ”でその場を逃げ出したいということだけで頭いっぱいで、『私、全然今転んでないですからね』みたいな顔をしてバーっと立ち去って、次の日に普通に『スッキリ』に出ようとしてスカートをはいたら『何これ!?』って……」と、 “アザあるあるネタ”を明かしたのです。

さらに水卜アナは続けます。「どうしようと思って『スッキリ』にずっとロングスカートで出ていたんですけど、今日はさすがにちょっとドレッシーに決めようと、結婚式でいつも着ている一張羅の黒いワンピースを着たら、ひざが意外に出るスカートで、皆さまに『あいつは一体どうしたんだ?』って思われる前に、先に発表しておこうかなと思いました」。

こうして流れるようなトークで場を盛り上げ、「本当に私の超絶しょうもない前説にお付き合いいただいて、ありがとうございました! 」と謙虚にあいさつ。会見のピンチを救った水卜アナに、報道陣からは大きな拍手が沸き起こりました。(「水卜アナ、初公開の自虐ネタで会見ピンチ救う『えげつないアザが……』」、マイナビニュース、2019年6月19日配信より)

4 自己開示の返報性

自己開示は、信頼関係を築くのに欠かせないコミュニケーションといわれています。特に上司と部下といった上下関係の場合、上司側の自己開示は重要となります。水卜アナが理想の上司に選ばれる理由は、(意図して行っているのではないにせよ)このものすごい自己開示力のおかげです。

企業でも政治の世界でも、ディスクローズ(情報を明らかにすること、発表すること)の重要性が高まっているのはご存じのとおり。情報が開示されないと透明性がなくなり、信頼・信用が得られないからです。これはリーダーシップにも当てはまります。部下から信頼を得たかったら、リーダー自身が、自分がどういう人間なのかを真っ先に明らかにする必要があります。この第一歩が信頼関係を築く礎となるのです。

自分の情報をさらけ出してくれると、“心の壁” が取り除かれ、安心感が生まれます。積極的に自己開示をすることで、好感や信頼感を与えられるのです。

そして相手から自己開示されると「こんなにさらけ出してくれたんだから、私も自分の話をしなきゃ」と感じ、自己開示をお返ししたくなる心理が働きます。自己開示は相手を信じて渡すプレゼントですが、もらうとお返しもしたくなるのです。これを「自己開示の返報性」といいます。

つまり上司が自己開示をすることは、部下の自己開示を促すことになるのです。例えば日々の職場でのコミュニケーションで「いや~困ったな~」とか「わあ、嬉しい!」とか、上司が自分の気持ちを素直に話すと、部下も「困った」「助けて」が言いやすくなります。小さな自己開示の連続が信頼関係を育んでいくのです。

こうした職場は、まさに「心理的安全性」が担保されている環境に他なりません。心理的安全性(Psychological Safety)は、この連載を通してのキーワードです。心理学用語で、 “他人の反応におびえたり、羞恥心を感じたりすることなく、自然体の自分をさらけ出すことのできる環境を提供すること”を意味します。あのグーグルが、最もパフォーマンスを発揮するチームの条件として発表したことで、一気に注目を集めるようになりました。

リーダーの自己開示は、組織に心理的安全性をもたらす一丁目一番地なのです。

5 自己開示と自己提示

おそらく自己開示の重要性について異を唱える人はいないでしょう。最近、組織マネジメントにおいて注目を集める「1on1」といった1対1の面談でも、上司の自己開示がスムーズな対話につながるとされています。読者の中には「日々、自分から率先して自己開示している」という人も少なくないかもしれません。

しかしながら、実は、リーダーがきちんと自己開示できているかというと、やや疑問符が付きます。本人は自己開示しているつもりでも、自分を良く見せることを目的とした “自分語り”になってしまっていることがしばしば見受けられるからです。例えば、ある人が「東大に入ったものの、周りが優秀すぎて友達ができなかった」というエピソードを披露したとしましょう。「大学になじめなかった」という失敗談を打ち明けているようで、実はこれ、「東京大学出身である」というアピールにも聞こえますよね。

このように“相手からの褒め言葉や承認欲求の充足を主な目的”としたコミュニケーションは、自己開示ではなく、「自己提示」と呼ばれる行為です。上位管理者であるという立場から、部下から尊敬を勝ち取りたいとか評価されたいといった心理が働くのも理解はできますが、それだと「自慢している」「虚勢を張っている」と解釈されてしまうことも多々あります。

自己開示の達人として、水卜アナを取り上げたのはココです。彼女からは、良く見られたいという邪心がまったく感じられませんよね。彼女が組織マネジメントの観点から戦略的に自己開示しているかどうかはさておき、見習ってほしいのは、彼女の“ありのままに正直な”自分をさらけ出すコミュニケーションスタイルです。

“ありのままに正直に”話す自己開示のポイントは、1.仕事と無関係の話を仕掛ける、2.返答にプライベートな要素を交ぜる、3.ときには部下に弱みを見せる、の3つと言われています。もっと砕けた表現だと、「趣味」であるとか「笑える失敗談」とか「自信のないところ」とか。そういったちょっとした自己開示から始めていけばよいとされています。しかし職場という名の戦場で、日々「鎧」を着て戦ってきたビジネスパーソンには、そのちょっとしたことが、意外と難しいのかもしれません。そんな時には、ぜひ水卜アナを思い出してみてください。

以上(2021年4月)
(執筆 平賀充記)

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画像:Halfpoint-Adobe Stock

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