書いてあること
- 主な読者:派遣社員の同一労働同一賃金について知りたい派遣元(派遣会社)の経営者
- 課題:どうやって派遣社員の賃金が決まるの? 退職金は必ず支給しなければならない?
- 解決策:「労使協定方式」で決めるのが主流。「基本給・賞与・手当等」「通勤手当」「退職金」の3項目については、賃金の最低水準があるので注意
1 「労使協定方式」が主流。ただし賃金の最低水準に注意
「同一労働同一賃金」とは簡単に言うと、
仕事の内容などが同じなのに、パートや派遣社員であるという理由だけで、正社員などよりも低い待遇にすることはできない
という考え方です。パートも派遣社員も基本は同じですが、派遣社員特有のルールが1つあります。それが「待遇の決め方」です。労働者派遣法により、派遣元には、
- 労使協定で派遣社員の待遇を決める「労使協定方式」
- 派遣先に応じて、派遣社員の待遇を決める「派遣先均等・均衡方式」
のいずれかによって、同一労働同一賃金を実現することが義務付けられています。どちらを選択するかは派遣元の自由ですが、「派遣先が変わっても逐一全ての待遇を見直す必要はなく、派遣社員の収入も安定しやすい」という理由から、1.の労使協定方式が主流のようです。
ただし、労使協定方式には注意点があります。それは、
職種や地域などに応じて、賃金(退職金を含む)の最低水準が決められていること
です。詳細は後述しますが、通勤手当や退職金の支給額が最低水準に達していない場合、支給額の引き上げを検討しないといけません。
派遣社員の同一労働同一賃金は2020年4月1日から施行済みですが、今の賃金状況に問題がないか、いま一度チェックしてみるとよいでしょう。この記事では、労使協定方式における賃金の最低水準の考え方を紹介していますので、参考にしてください。
また、同一労働同一賃金の基本や、労使協定方式と派遣先均等・均衡方式の概要などを知りたい人は、次の記事をご確認ください。
2 賃金の最低水準のルールは3項目に分かれている
労使協定方式では、「基本給・賞与・手当等」「通勤手当」「退職金」の3項目について最低水準のルールが設けられています。ちなみに、基本給・賞与・手当等とは、賃金全体から通勤手当、退職金、残業代(時間外・休日・深夜労働に対して支払うもの)を除いた金額のことです。
1)基本給・賞与・手当等
基本給・賞与・手当等の最低水準は、次の計算式で算出した金額(時給換算)です。計算の結果、1円未満の端数が生じた場合は「切り上げ」になります。
各基準値・指数の具体的な数字は、厚生労働省ウェブサイトから確認できます。
■厚生労働省「労使協定方式(労働者派遣法第30条の4)『同種の業務に従事する一般労働者の賃金水準』について」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000077386_00001.html
2)通勤手当
通勤手当の最低水準は、次のいずれかの金額です。どちらを適用するかは労使で選択することとされ、派遣社員によって1.と2.を使い分けるよう労使協定で定めることもできます。
- 通勤費の実費相当額(定期代など)
- 厚生労働省が定める金額(2021年度は74円、2022年度は71円、どちらも時給換算)
ただし、通勤手当の支給額に上限を設けている場合は注意する必要があります。通勤手当の支給額が1.の実費相当額を下回る派遣社員については、必ず2.の最低水準が適用されるからです。ちなみに、通勤手当の支給額が2.の最低水準に達しているかどうかは、通勤手当を時給換算した金額で判断します。例えば、通勤手当が毎月支給されている場合、
毎月の通勤手当の支給額÷(1日の所定労働日数×1カ月の所定労働日数)≧74円(71円)
となっていれば、最低水準に達していることになります。
3)退職金
退職金の最低水準は、次のいずれかの金額です。どちらを適用するかは労使で選択することとされ、派遣社員によって1.と2.を使い分けるよう労使協定で定めることもできます。
- 厚生労働省が認める統計調査(賃金構造基本統計調査など、「1)基本給・賞与・手当等」のURLを参照)を基にした金額
- 基本給・賞与・手当等の最低水準×6%(時給換算、1円未満の端数は「切り上げ」)
ただし、中小企業退職金共済制度等(中小企業退職金共済制度、商工会議所の特定退職金共済制度、中小事業主掛金納付制度(iDeCo+)、企業型の確定拠出年金など)に加入する場合は、必ず2.が適用されます。なお、拠出金は会社が拠出するもののみが対象で、派遣社員(加入者)本人が拠出金を上乗せする、いわゆる「マッチング拠出」は対象外です。
3 派遣社員の賃金の見直しは必要? シミュレートしてみよう
次に、派遣社員の賃金について見直しが必要かどうかシミュレートしてみましょう。ここでは、職種が「一般事務員」の派遣社員を例に、シミュレーションのイメージを紹介します。
まずは、前提条件を次のように設定します。
次に、賃金の最低水準の金額を計算します。厚生労働省の基準値・指数などについては、「2022年度」のものを使用した場合、最低水準の合計金額は次のようになります。
この賃金の最低水準の合計金額と、図表2の現在の賃金とを比較すると、次のようになります。
- 賃金の最低水準の合計金額:1万4224円(8時間換算、1778円×8時間)
- 現在の賃金:1万1531円(8時間換算)
- 差額:2693円(8時間換算、1万4224円-1万1531円)
この場合、賃金が最低水準に達していないため、支給額を引き上げなければなりません。仮に派遣社員の1日の所定労働時間を8時間、1カ月の所定労働日数を20日とした場合、
通勤手当や退職金込みで、1カ月当たり5万3860円(2693円×20日)の引き上げ
が必要になります。
4 労働条件の不利益変更に注意
第3章では、派遣社員の賃金が最低水準に達していないケースを取り上げましたが、逆に現在の賃金が最低水準を上回っていて、経営者が「これまで賃金を払いすぎていたのでは……」と見直しを検討するケースも考えられます。
しかし、賃金の引き下げは「労働条件の不利益変更」に当たるため、実施するには、
- 労働組合の同意を得て、労働協約を変更する
- 合理的な内容であることを前提に、就業規則を変更する
- 個々の派遣社員の同意を得て、労働契約を変更する
のいずれかの手続きが必要です。なお、「合理的な内容であることを前提に、就業規則を変更する」場合、派遣社員が被る不利益の大きさや労働条件変更の必要性、変更内容の相当性や労働組合等との交渉状況その他の事情等を考慮して合理性が判断されることになります。
基本的に、最低水準だけを理由にして賃金を引き下げるのは合理的とはいえませんが、経営上の高度の必要性があり、代償措置の存在等の相当性が認められる事情があれば、その合理性が認められる余地が出てくるでしょう。とはいえ、トラブル防止の観点から考えると、可能な限り個々の派遣社員の自由な意思に基づく合意を得た上で就業規則を変更するのが望ましいです。
以上(2022年3月)
(監修 弁護士 八幡優里)
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