書いてあること
- 主な読者:グループ企業に転籍する社員に対し、これから退職金を支払う予定がある経営者
- 課題:退職金の支払い方法によって支給額がどう変わるのか分からない
- 解決策:自社での勤務期間と他社での勤務期間を別々に取り扱い、個別に退職金を支払う「清算型」と、2社での勤務期間を通算する「通算型」がある。具体的な支給額については、本稿でシミュレーションを紹介している
1 退職金制度に関する労務知識
1)労働基準法における賃金の取り扱い
企業と従業員の間には、労働契約に基づく雇用関係が成立しています。雇用関係の基本は「労働者による労働力の提供」と「企業による賃金の支払い」ですが、その他にも労働基準法(以下「労基法」)などの法令で多様な労働条件(労働契約の期間、賃金、労働時間、就業の場所など)が定められています。
賃金は「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」と定義されています(労基法第11条)。
また、労基法において支払い方法などが規定されており、これを賃金支払いの5原則といいます(労基法第24条)。賃金支払いの5原則は次の通りです。
- 通貨払い:賃金は通貨で支払う
- 直接払い:原則として、賃金は労働者に直接支払う
- 全額払い:社会保険料など一部を除き、賃金の全額を支払う
- 毎月1回以上払い:毎月1回以上のペースで支払う
- 一定期日払い:毎月一定の期日に支払う
2)退職金の機能
退職金とは、労働契約期間の満了(定年退職)または途中終了(解雇や退職)を事由に企業が従業員に支給する金銭を指します。退職金の機能は諸説がありますが、一般的には次の3つが有力とされています。
- 功労報奨説:在職中の功労に対する報奨としての退職金
- 老後保障説:退職後の従業員の老後保障としての退職金
- 賃金後払説:在職中の賃金の後払いとしての退職金
現在、多くの企業が何らかの形式で退職金制度を導入しており、退職金は退職金制度は賃金制度や労働時間制度と並ぶ主要な労働条件の1つとなっています。
2 退職金の取り扱い
1)任意的・恩恵的に支払う退職金
基本的に、任意的・恩恵的に支払われる退職金は、労基法の賃金には該当しません。前述した通り、労基法第11条では「労働の対償として支払う金銭を賃金」と定義しているからです。従って、次のような事項は、企業が自由に決定することができます。
- 退職金制度の適用を受ける従業員の範囲
- 退職金支払額の決定、計算方法
- 退職金の支払い方法
- 退職金の支払期日
2)就業規則などに基づいて支払う退職金
就業規則に退職金制度に関する定めをした場合、それに基づいて企業より支払われる退職金は賃金とほぼ同様の取り扱いとなります(労働協約などに退職金制度を定めた場合も同様の考え方となりますが、本稿では就業規則に注目します)。
就業規則は、企業と従業員が順守する労働条件をまとめた職場のルールブックです。常時10人以上の従業員を雇用する企業(実際は、本店や支店などの事業場単位となります)には、就業規則の作成と、就業規則を作成・変更した場合に労働基準監督署に届け出ることが義務付けられています(労基法第89条)。
就業規則に定められる事項は労働条件の1つであり、それに基づいて支払われる退職金は労働の対償であると考えることができます。労働の対償として支払われる金銭は労基法第11条の賃金に該当するため、企業は就業規則に基づいて、退職する従業員に退職金を支払わなければなりません。
3)賃金と全く同じではない
退職金が就業規則に定められた事項であっても、労基法上、賃金と全く同じものになるわけではなく、あくまでも「ほぼ同様の取り扱い」となります。なぜなら、次のような違いがあるため、両者を全く同じように取り扱うことができないのです。
- 賃金:毎月1回以上のペースで支払う
- 退職金:雇用契約期間の満了または途中終了時に、1回だけ支払う
なお、退職金の支払期日は退職金規程に定めますが、仮に退職金の支払期日に関する定めがない場合は、従業員が退職金の支払いを企業に請求してきた日から起算して7日以内に支払うことになります(労基法第23条第1項)。
3 転籍者に対する退職金の支払い方法
1)転籍とは
ここからは、転籍者に対する退職金の支払い方法について考えていきます。
転籍とは、企業と従業員が現在交わしている労働契約を解消した上で、従業員が別の企業と新たに労働契約を締結することです。通常、転籍はグループ企業間で行われるため、当事者である従業員にも「転籍によって別の企業に勤める」という意識があまりないことがありますが、労働契約の解消と新規締結という面から考えると、通常の転職と変わりません。つまり、転籍によって従前の労働条件はリセットされるということです。
ここで、次のケースで考えてみましょう。基本的な考え方は清算型と通算型に大別されます。
- 株式会社ABCから、そのグループ企業である株式会社XYZに転籍した転籍者に対する退職金の支払い
2)清算型
清算型とは、株式会社ABCへの勤務期間と株式会社XYZへの勤務期間を別々に取り扱い、個別に退職金を支払うケースです。
転籍によって転籍者は株式会社ABCを退職します。転籍者が株式会社ABCの退職金制度の支給要件を満たしている場合、株式会社ABCは退職金規程に基づく退職金を転籍者に支払います。また、転籍者が将来、転籍先である株式会社XYZの退職金制度の支給要件を満たした場合、株式会社XYZは退職金規程に基づく退職金を転籍者に支払います。
3)通算型
通算型とは、株式会社ABCへの勤務期間と株式会社XYZへの勤務期間を通算して算定した退職金を支払うケースです。
通算型の場合の退職金の支払い方法はさまざまですが、例えば、株式会社ABCは転籍者が同社を退職する際に発生していた退職金を負担し、残りを株式会社XYZが負担するなどします。
4)退職金の額の違い
転籍によって従前の労働条件はリセットされるため、基本は清算型の処理となります。しかし、実際には退職金の額の問題などから通算型を採用している企業も少なくありません。清算型と通算型で退職金の額が異なるのは、次のような計算式によるものです。
- 退職金=勤続年数×算定基礎額×支給率+加算金
算定基礎額は基本給をベースに決定されるのが通常で、このような退職金の計算に基本給を組み入れる制度を本給連動型の退職金制度といいます。本給連動型の退職金制度の場合、勤続年数が長いほど退職金の額が大きくなります。退職金の額を計算する際のベースとなる退職時の基本給や支給率などは、勤続年数が長いほど有利になっていくためです。
仮に、株式会社ABCと株式会社XYZがともに、同じ本給連動型の退職金制度を導入していたとします。ここでは、株式会社ABCと株式会社XYZが導入している本給連動型の退職金制度を次の通りとします。
転籍者が株式会社ABCと株式会社XYZにそれぞれ20年ずつ、計40年間勤続したとすると、清算型と通算型では退職金の額が大きく異なります(以下は、清算型と通算型の違いを分かりやすく示したものであり、実際の運用は個々の企業で異なります)。
1.清算型:195万520円あるいは231万8360円
清算型の場合、退職金の額は株式会社ABCから支払われる勤続年数20年分の97万5260円、同じく株式会社XYZから支払われる勤続年数20年分の97万5260円の合計で、195万520円となります。
また、株式会社XYZに中途入社した際の算定基礎額を勤続年数21年のテーブルからスタートし、支給率は勤続20年のテーブルを利用した場合、株式会社XYZから支払われる退職金は134万3100円となります。株式会社ABCから支払われる97万5260円と合わせると231万8360円となります。
2.通算型:701万5200円
通算型の場合、退職金の額は勤続年数40年分の701万5200円となります。この退職金を株式会社ABCと株式会社XYZがどのように案分するかはさまざまですが、例えば、株式会社ABCが97万5260円(株式会社ABCを退職する際に発生している退職金の額です)、株式会社XYZが603万9940円(701万5200円-97万5260円)とするケースもあります。
4 退職金規程の記載例
清算型と通算型のいずれを採用するにしても、その実施根拠となる退職金規程が必要です。清算型の場合は特に記載する事項はありませんが、通算型の場合はその取り扱いを分かりやすく退職金規程に記載しなければなりません。
通算型を実施する場合の退職金規程の記載例は次の通りです。
【第○条(転籍者に対する退職金の支払い)】
就業規則第○条により、別表第○(省略)に定める関連会社(以下「転籍先」)に転籍した従業員(以下「転籍者」)の退職金の取り扱いは次の通りとする。
- 退職金は、転籍者が転籍先を退職した日の翌日から起算して2カ月以内に支払う。
- 退職金の算定期間は、転籍者が会社に入社した日から転籍先を退職するまでの通算された期間とする。
- 会社と転籍先の退職金規程で異なる内容がある場合は、原則として会社の規定を適用する。
以上(2019年4月)
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画像:photo-ac