1 「業務外の早出」を放置すると会社に弊害が生じることも
A社長が朝早く会社に来て仕事をしていると、まだ始業時刻前なのに、社員のBさん、Cさんが出社してきました。驚いたA社長が話しかけると、2人は苦笑いしながらこう言いました。
A社長「2人とも随分早いな。始業は9時からだぞ? 何か急ぎの仕事でもあるの?」
Bさん「いいえ、そういうわけでは……。ただ、通勤ラッシュが苦手で」
Cさん「年のせいか朝早く目が覚めてしまうので……。会社で読書でもしようかと」
用がないのに朝早くから出勤してくる社員は、意外と多いものです。多少なら問題ありませんが、行き過ぎると次のような弊害が生じる恐れがあります。
- 早出時に勤怠打刻されると、その分の賃金を支払う必要が出てくる
- 始業前に事故などが起きた際、会社が対応できない
- 空調設備を朝から稼働させることでコストが増える
一方、社員側には「通勤ラッシュを回避できる」「朝の時間を自己啓発などに使える」「(夏の時期は)涼しい時間帯に作業ができる」など利点があるのも事実です。そういった意味では、
労務管理上のポイントを押さえた上で業務外の早出を認める
という選択肢も考えられます。
2 労務管理のポイントは「労働時間管理」「安全管理」
業務外の早出を認めるかどうかを検討する際、まず押さえるべきポイントは次の2つです。
1)労働時間管理:働いていない時間については、賃金の支払いは不要
業務外の早出については、
原則として労働時間には該当せず、賃金の支払い義務もありません。
これは、「ノーワーク・ノーペイの原則(働いていない時間には給料が発生しない)」に基づくものです。ただし、完全月給制(1カ月単位で算定され、労働時間に関係なく定額で賃金を支給する)などの例外もあるため、自社の給与体系との整合も確認しましょう。
2)安全管理:業務外でも労災が認定される場合あり
早出中の事故でも、次のようなケースでは労災が認められる可能性があります。
- 業務災害:業務に従事していなくても、会社の施設や設備が原因で事故が発生した場合
- 通勤災害:就業日に早めに通勤している途中で事故が起きた場合
さらに、会社側に落ち度があれば、「社員の安全管理を怠った(安全配慮義務違反)」として行政指導の対象となったり、被災者である社員から損害賠償請求を求められたりするリスクもあります。
3 ルールを作り、社員に周知徹底することがカギ
業務外の早出を認める場合、会社がルールを明確にし、社員に厳守させる必要があります。次で紹介するルールなどを就業規則等に明文化し、社員に周知徹底しましょう。
1)「事前申請」ルールで、早出の把握と区別を
早出を希望する社員には、
理由に関係なく「事前申請」を義務付け
ましょう。例えば、社員が早出を希望する場合、前日に申請させます。その際、申請書(紙)や申請フォーム(Web)に、「業務上の早出」「業務外の早出」のチェック欄を設けておき、早出の時間については
- 「業務上の早出」→労働時間にカウントする(賃金を支払う)
- 「業務外の早出」→労働時間にカウントしない(賃金を支払わない)
というように申請内容に応じて取り扱いを分けます。ただ、社員の中には、本当は業務外の早出なのに、業務上の早出であると嘘の申請を挙げて、賃金を多くもらおうとする不届きな人間もいるかもしれないので、防止策として
業務上の早出をする場合、「申請時に業務内容も記載させる」「上司が成果物を確認する」
といった対応も必要になってくるでしょう。逆に、本当は業務上の早出なのに、「仕事が遅れていることを上司に悟られたくない」や「会社に余計な経済的負担を掛けたくない」という理由で、業務外の早出として申請を挙げる社員もいるかもしれません。こうした社員がいないか、定期的に実態を調査することも大切です。勤怠管理システムについても、早出時間が自動で労働時間に含まれないように設定されているかをよくよく確認する必要があります。
2)「時差出勤制度」で、コストと柔軟性の両立を
業務外の早出をする社員が増えると、社内の照明や冷暖房などの水道光熱費がかさみます。そこで、「時差出勤制度」の導入も検討します。
時差出勤制度とは、所定労働時間を変更せずに始業・終業時刻を変更する制度
です。例えば、1日の所定労働時間が8時間、休憩が1時間の社員について、始業・終業時刻だけを「9時始業、18時終業」から「8時始業、17時終業」に変更するイメージです。所定労働時間は8時間のまま変わらないので、水道光熱費の問題を最小限に抑えられます。なお、時差出勤を導入する際は、就業規則の変更・届け出が必要です。さらに柔軟な制度を目指すなら、社員に始業・終業時刻を自ら管理させる「フレックスタイム制」を導入するのもよいでしょう。ただし、「導入の要件が細かい」「社員が制度を理解し適切に運用することが求められる」「社員の稼働する時間帯が時差出勤制度以上にバラバラになりやすい」などの注意点もあります。
3)危険な場所には立ち入らせない
始業時刻前は安全管理が手薄になりやすく、建設業や製造業では早出した社員が事故を起こすリスクが高まります(例:上司の見ていないところで作業場などに立ち入ってけがをする)。
そこで、業務外の早出をする社員については、
事務室や休憩室など安全な「待機場所」を設定し、作業場には立ち入らせない
ようにルール化します。出社から始業までの時間は待機場所で過ごしてもらい、作業場などには立ち入らないよう厳命するのです。待機場所を定めることが難しい場合などは、社員が行動してよい範囲を厳格に決めておくようにします。この他、早出時の私物持込や設備利用(Wi-Fi、飲食など)に関するルールも、安全管理や情報管理の観点から必要です。
4)場合によっては、早出そのものを禁じることも必要
例えば、荒天・災害時には、社員が「早めに出社しておこう」と考える場合がありますが、それで事故に遭うと、安全配慮義務違反で会社が責任を問われることもあります。ですから、
防災気象情報などの内容に応じて、社員に自宅待機を命じる(早出そのものを禁じる)
といった対応が必要になってくるでしょう。
以上(2025年9月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)
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