起業した会社が初めて「社員」を雇う場合、それまで無縁だった「労働者特有のルール」に戸惑ってしまうかもしれません。例えば、「社会保険・労働保険」がそうです。「保険の適用を受ける会社・社員」は、法令により決まっています。手続きに抜け漏れがないようにしないと罰則もあるので、注意が必要です。
そこで本記事では、初めて人を雇うときに押さえておくべき社会保険・労働保険のルールを紹介します。「これまで経営者1人あるいは役員だけで仕事をしていて、社員の労務に不慣れ」という経営者の助けになれば幸いです。

1 そもそも社会保険・労働保険とは?

社会保険は3種類(健康保険、厚生年金保険、介護保険)、労働保険は2種類(雇用保険、労災保険)に分けられます。社員が各保険の適用される「適用事業所」に勤め、「被保険者」の要件を満たせば、さまざまな給付を受けられます。唯一、労災保険については、被保険者という概念がないので、保険の適用を受ける会社に勤めるだけで給付を受けられます。
なお、各保険の運用に当たって、会社と社員(労災保険は会社のみ)は、一定の保険料を負担する必要があります。

1)社会保険

1.健康保険
社員がプライベートで病気やけがをしたり、出産したりしたときのための保険です。治療などを原則3割負担で受けられたり、病気やけが、産休(産前・産後休業)などで働けない場合に給付金が支給されたりします。保険料は、会社と社員が半分ずつ負担します。

2.厚生年金保険
社員が年を取ったり、障害を負ったり、死亡したりしたときのための保険です。原則65歳になったら年金が支給されたり、障害を負った場合や死亡した場合に給付金が支給されたりします。保険料は、会社と社員が半分ずつ負担します。

3.介護保険
社員に介護が必要になったときのための保険です。原則65歳になったら、介護サービス(訪問介護や通所介護など)を利用した際の費用が補填されます。保険料は、会社と社員が半分ずつ負担しますが、保険料が発生するのは社員が40歳になってからです。

2)労働保険

1.雇用保険
社員が仕事を辞めたり、雇用継続が困難になったりしたときのための保険です。失業したり育休(育児休業)中だったりして働けない場合や、スキルアップのための特定の講習を受講・修了した場合などに給付金が支給されたりします。保険料は、事業の種類ごとの保険料率に応じて、会社と社員がそれぞれ負担します。

2.労災保険
社員が通勤中や業務上の事情で病気やけがをしたとき(労働災害に遭ったとき)のための保険です。治療などを原則無料で受けられたり、病気やけがで働けない場合や障害が残った場合、死亡した場合などに給付金が支給されたりします。保険料は、全額会社が負担します。

2 社会保険・労働保険の適用を受ける会社

図表1の要件を満たす会社は、必ず社会保険・労働保険の適用を受けます。強制適用なので、要件を満たすようになった場合は所定の手続きを行い、保険に加入しなければなりません。なお、加入は事業所単位なので、支店や営業所がある場合はそれぞれで手続きをします。

社会保険・労働保険の適用を受ける会社の画像です

1)社会保険の適用を受ける会社

法人の事業所(株式会社など。経営者のみの場合を含む)、常時5人以上の社員を使用する個人の事業所(農林漁業、一部のサービス業などを除く)は、社会保険に加入しなければなりません。
適用事業所となる要件を満たすようになった場合、その日から5日以内に、「新規適用届」を所轄の日本年金機構年金事務所(または事務センター)に提出します。
ちなみに、本来社会保険の適用を受けない事業所でも、社員の半数以上が適用を受けることに同意すれば、社会保険に加入できます。この場合は、上記の同意を得てから速やかに「任意適用申請書」を年金事務所(または事務センター)に提出します。

2)労働保険の適用を受ける会社

1人でも社員を使用する場合は、事業主が法人か個人かを問わず労働保険に加入しなければなりません。ただし、農林水産業、畜産業、養蚕業については一部適用が任意とされている場合があります。なお、労災保険の加入手続きを怠っていた場合でも社員は労災保険の給付を受けることができますが、その場合は、労災保険の給付にかかる費用の一部または全部を会社が負担しなければなりません。
適用事業所の要件を満たすようになった場合、その日から10日以内に「保険関係成立届(特殊用紙のため、労働基準監督署から直接用紙をもらう)」を所轄の労働基準監督署に、「雇用保険適用事業所設置届」を所轄のハローワークに提出します。なお、多くの事業の場合、雇用保険と労災保険を1つの労働保険として取り扱いますが(一元適用事業)、農林水産業、建設業などは両者を別々に取り扱う関係で(二元適用事業)、保険関係成立届を労働基準監督署とハローワークの両方に提出する必要があります。
ちなみに、本来労働保険の適用を受けない事業所でも、任意加入の手続きをすることで適用を受けることができます(ただし、雇用保険は社員の半数以上の同意が必要です)。また、社員の半数以上(労災保険については過半数以上)が加入を希望した場合は、事業主は加入手続きをしなければなりません。手続きは、社員の希望があったときもしくは同意が得られてから速やかに行います。提出する書類と提出先は通常の場合と同じです。

3 社会保険・労働保険の適用を受ける社員

図表2の要件を満たす社員には、必ず社会保険・労働保険が適用されます(第2章の会社側の加入手続きが完了していることが前提)。強制適用なので、要件を満たすようになった場合は所定の手続きを行い、保険に加入しなければなりません。

社会保険・労働保険の適用を受ける社員の画像です

1)社会保険の適用を受ける社員

正社員、週の所定労働時間と月の所定労働日数が、正社員の4分の3以上のパート等は必ず社会保険に加入しなければなりません。これらに該当しないパート等も

  • 週の所定労働時間が20時間以上
  • 月の賃金が8万8000円以上
  • 雇用見込みが2カ月超
  • 学生でない
  • 会社の厚生年金保険の被保険者数が100人超(2024年10月からは50人超)

という要件を全て満たす場合、社会保険への加入が義務付けられます(なお、正社員もパート等も、介護保険の適用を受けるのは40歳からです)。未加入の場合、6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金が科せられることがあります。また、過去に遡って保険料を納付する必要がある他、延滞金を徴収されることがあります。
被保険者となる要件を満たすようになった場合、その日から5日以内に、「被保険者資格取得届」を所轄の日本年金機構年金事務所(または事務センター)に提出します。社員に被扶養者(社員によって生計を維持されている、配偶者や子などの家族)がいる場合、「被扶養者(異動)届」も併せて提出します。
ちなみに、経営者や役員も、法人に使用されて報酬を受ける場合は、原則として社会保険に加入しなければなりません。手続きは社員の場合と同じです。ただし、経営に参画する頻度が少ない非常勤の役員などは加入の対象とならないケースもあるので、このあたりは所轄の年金事務所に事前に相談することをお奨めします。

2)労働保険の適用を受ける社員

週の所定労働時間が20時間以上で雇用見込みが31日以上ある社員は、雇用保険に加入しなければなりません。未加入の場合、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられることがあります。また、過去に遡って保険料を納付する必要がある他、追徴金・延滞金を徴収されることがあります。労災保険については、第2章の会社側の加入手続きが完了していれば、全社員(経営者などを除く)が自動的に保険の適用を受けられるようになります。
雇用保険の被保険者となる要件を満たすようになった場合、その日の翌月10日までに「被保険者資格取得届」を所轄のハローワークに提出します。労災保険については、被保険者という概念がないため、特に手続きはありません。
経営者や役員は、原則として雇用保険に加入できません。ただし、経営業務以外の業務にも携わり賃金が支払われる「兼務役員」については、「兼務役員雇用実態証明書(リンクは東京ハローワークのもの)」を所轄のハローワークに提出して認定を受ければ加入できます。また、労災保険についても中小事業主等に該当する経営者などは、所轄の都道府県労働局長の承認を受ければ「特別加入」が可能ですし、兼務役員も経営業務以外の業務中に発生した労働災害について、労災保険が適用されます。

4 補足:保険料に関する1年間の実務の例

前述した通り、社会保険・労働保険に加入すると、会社と社員(労災保険は会社のみ)は、一定の保険料を負担する必要があります。最後に保険料に関する1年間の実務の例を簡単にまとめましたので、確認してみてください。

保険料に関する1年間の実務の例の画像です

1)社会保険料について

社会保険料は、毎月、会社と社員が半分ずつ負担します。社員負担分については会社が賃金から天引きし、日本年金機構から毎月20日頃に届く「保険料納入告知書」に基づき、会社負担分と併せて発生月の翌月末に納付します。
社会保険料は、社員が社会保険に加入した(被保険者資格取得届を提出した)際、その時点の賃金額に基づく「標準報酬月額」に保険料率をかけて算出します。これを「資格取得時決定」といいます。
しかし、賃金は通常、勤続とともに上がっていくので、以降は一定の周期ごとに標準報酬月額と社会保険料の見直しが行われます。具体的には、会社が毎年7月10日までに、その年の4月から6月に支払った賃金額などを記載した「算定基礎届」を所轄の日本年金機構年金事務所(または事務センター)に提出します。届出内容をもとに、その年の9月から翌年8月までの社会保険料が決定されます。これを「定時決定」といいます。
また、会社によっては毎月の賃金とは別に、賞与を支給することがあります。賞与が社員の労働の対償として支払われる性質のもので、支給回数が年3回以下の場合、支給額に基づく「標準賞与額」に保険料率をかけた賞与保険料を納付する必要があります。具体的には、賞与の支給日から5日以内に賞与額などを記載した「被保険者賞与支払届」を所轄の日本年金機構年金事務所(または事務センター)に提出します。

2)労働保険料について

労働保険料は、雇用保険料については会社と社員が、労災保険料については会社が負担します(雇用保険料の社員負担分は、毎月の賃金から天引き)。一般的な事業の場合、毎年4月1日から翌年3月31日までに対象となる被保険者に支払った賃金総額に保険料率を乗じて労働保険料を算出します。
労働保険料は、毎年6月1日から7月10日までの間に、賃金総額の見込み額に基づく「概算保険料」を算出して申告・納付し、翌年の同じ時期に実際の支給額に基づく「確定保険料」を申告して、概算保険料との差額分を精算します。これを「年度更新」といいます。
労働保険料は、7月10日までに一括で納付するのが基本ですが、次の場合は3回までの分割納付が認められます。

以上
(監修 社会保険労務士 志賀碧)

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2023年6月30日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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