書いてあること
- 主な読者:社内提案を取り入れている企業の経営者
- 課題:良い提案がない。提案自体なかなか挙がってこない
- 解決策:ノルマ制やインセンティブ、評価制度の確立などによって提案を出しやすい雰囲気作りが必要
1 社内提案の意義
社内提案制度を導入して、社員の多様な知識を経営に生かそうと試みる企業が多くあります。社内提案制度の対象となる事柄は、些細な業務改善から新規事業の立案までさまざまです。いずれの場合も、社員の多様な知識を提案という形でうまく吸い上げ、適切に選別し、実際に行動に移すことができれば、社内提案制度は企業にとって有益な取り組みになります。
一方で、社内提案制度を導入したものの提案の件数が集まらなかったり、提案はそこそこ集まってくるものの、“中身のある提案”が出なかったりなどの問題を抱える企業が少なくありません。こうした問題が生じる理由はさまざまですが、提案の量と質を確保するために重要となるポイントを押さえることで、解決できる部分も少なくありません。
本稿では、「日ごろ、顧客と接している営業部門の社員の感覚をマーケティングに生かす」「製造部門の社員が感じている製造工程のムダ・ムラ・ムリを改善して生産性を高める」といったレベルの提案を募るケースを想定し、提案の量と質を確保するためのポイントについて解説します。
2 提案の量を確保するためのポイント
1)ノルマ制の導入
提案の量を確保する上で、最も効果的だといえるのはノルマ制です。具体的には「1人1日1件」「グループで月30件」といったルールを設けて、社員に提案の提出を求めます。
ノルマ制が導入されたことに反発し、提案の提出を拒む社員が出てくることも想定されますが、提案の提出は業務の一環であることを繰り返し社員に伝えると同時に、管理職がきちんとノルマを守って率先垂範することで、社員もそれに倣うようになってくるでしょう。
2)提案を提出したくなる雰囲気づくり
管理職などが積極的に声掛けをして、社員が社内提案を提出したくなる雰囲気をつくることが大切です。具体的には、良い提案を出してくれた社員を皆の前で賞賛したり、ある提案を取り上げ、それをさらに深掘りするためのミーティングを開催し、社内提案制度に対する社員の意識を高めるなどの方法があります。
とはいえ、管理職が絶えずそのような働きかけを社員にするのは難しい面があり、しつこく言い過ぎると社員が嫌がってしまうこともあります。そのため、「月曜日の朝礼」など、社内提案制度について通知する日を決めておくとよいでしょう。
3)インセンティブを与える
せっかく提案を提出しても、それが何の評価にもつながらないようでは、社員は提案をする気がなくなってしまいます。そのため、何らかの方法で社員の提案を評価する仕組みを取り入れることが重要です。
分かりやすい方法は、金銭的なインセンティブを与えることです。例えば、提案1件について100円(100件提案したら1万円)を「提案手当」などの名目で支払う方法があります。ただし、この場合、とにかく提案を出して手当を稼ごうとする社員が出てくる可能性があります。これを回避するためには、提案を評価して点数をつけ、高い点数を獲得した提案や実現に至った提案に対して、「提案手当」を支給したりするとよいでしょう。
3 提案の質を確保するためのポイント
1)提案しやすいテーマを設定する
提案の質を高めるためには、社員が提案しやすいテーマを設定することが重要です。
例えば、製造部門と営業部門や経理部門を比較して考えてみましょう。製造部門からは提案が出やすく、またその内容も優れていると評価されることが多い理由の一つは、製造部門では「歩留り」や「5S」など改善すべきポイントが明確で、QCなどの手法も確立されており、提案が他部門に比べ比較的容易なためです。
一方、営業部門や経理部門の場合、製造部門のように改善すべきポイントが明確になりにくい面があり、具体的な手法が確立されている分野も限られます。そのため、単に「提案を提出してください」と指示しても、営業部門や経理部門は何を提案すればよいのかイメージしにくいものです。
この問題を解決するために、次のように提案する内容を明確にして、社員に通知する必要があるでしょう。
- 新規営業先を毎月10件獲得するために、現在の営業活動で見直すべき点を提案してほしい
- 営業利益率を○○ポイント引き上げるために必要な施策を提案してほしい
- 営業の成功事例と失敗事例を共有するための仕組みを提案してほしい
- クレームを月間○件に抑えるために必要な取り組みを提案してほしい
- 経費請求の手間を軽減するための仕組みを提案してほしい
- 経理業務を効率化するために必要なシステムを検討してほしい
- 経理業務を進める上で感じているムダ・ムラ・ムリを教えてほしい
上記は一般的な内容を列挙した一例ですが、実際に社員に提案の内容を示す際は、企業の事業方針などに即したものにする必要があります。そのため、管理職が社員に対して部門の方針はもとより、全社的な事業方針についてもきちんと説明し、進むべき方向性や問題意識を共有しておかなければなりません。
2)提案評価の体制
提案の質を高める上で、提案を評価する人の力量も重要です。
例えば、社員からの提案を社長自ら評価する場合、社長が社員からの提案の全てに目を通すのが難しいことがあります。そのため、集まってきた提案を選別し、ある程度件数を絞り込んだ後で社長が評価するといったことになります。
問題は、社長に提出する提案をどのように選別するかです。社長に提出する前に各部門の部長クラスが評価する方法もありますが、それでは部長クラスの負担が大きくなりますし、視点が偏る恐れがあります。とはいえ、一般に製造部門からの提案を営業部長が正しく評価することは適任ではありません。
そのため、提案評価の体制としては、各部門の管理職クラスが参加する「提案委員会(仮称)」を設置し、同委員会が中心になって、複数人が目を通しつつ、役割分担をして提案を評価するとよいでしょう。
ただし、例えば全社的なコスト削減活動の場合、管理職が各部門の利益代表者になってしまい、自部門にとって有利な提案ばかりを取り上げてしまうことが懸念されます。 また、管理職は業務に精通している一方で、自身の考えや感覚に合わない提案を排除してしまうかもしれません。しかし、排除された提案の中には、これまでにない斬新なアイデアが隠れている可能性があります。そこで、「提案委員会(仮称)」には、各部門の管理職の他に若手社員や、経営企画室など客観的な視点で提案を評価する社員を加えることが非常に重要なポイントです。
3)評価基準
提案の評価基準は企業によって異なりますが、主要な項目はあらかじめ設定しておくことで評価がしやすくなります。例えば次のような項目を設定し、5段階で評価する方法もあります。
- 事業方針に合致しているか
- 数字などが具体的に記載されているか
- 新しい発想が盛り込まれているか
この他、「提案委員会(仮称)」が提案を評価しやすくするために、フォーマットやカテゴリ、表記ルールはきちんと決めておくとよいでしょう。
4)フィードバックしながら、提案しやすい雰囲気をつくる
「提案委員会(仮称)」を通じて社長に上がってきた提案については、社長は必ず目を通し、その提案について評価できるポイント、見直したほうがよいポイントを明らかにした上で、その提案をした社員にフィードバックします。社長から直々にフィードバックを受けた社員は、次回以降、その内容を踏まえて提案を提出してくるようになるため、質も上がっていきます。
また、社長からのフィードバックは、必要に応じて提案者の氏名を隠す形で全社的に共有するとよいでしょう。質の高い提案は、社長や管理職にとって耳の痛い話であることが少なくありません。そうした提案であっても、きちんと社長が目を通し、なおかつコメント付きで全社で共有するようになれば、社員は安心して提案を出すことができるでしょう。
5)実行に移す
社員から提出された提案のうち、効果が見込めるものは実行に移していくことが重要です。いくら提案を提出しても、一向にそれらが実現されないようでは、社員はやる気を失ってしまいます。そのため、小さなことでも良いので、具体的な行動を起こし、それを社員に見せることが重要です。そのやり方には次のようなものがあります。
- 実際にプロジェクトとして始動させる
- 提案を提出した社員に、社長や役員が話を聞く場を設ける
- 社長から、管理職に対して検討を指示する
4 企業事例:サトーホールディングス「三行提報」
社内提案制度の成功例として知られている企業に、サトーホールディングスがあります。サトーホールディングスは、自動認識技術を使用した商品の開発、製造、ソリューションの開発、インテグレーションを提供する企業で、アジア、オセアニア、米州、欧州など、グローバル展開している東証一部上場企業です。
サトーホールディングスが行っている取り組みは「三行提報(さんぎょうていほう)」(「企業を良くする創意・くふう・気付いた事の提案や考えとその対策の報告」の略称)と呼ばれるもので、1976年から実施されています。「三行提報」が開始されたのは、創業者である佐藤陽氏が労働争議によって倒産の危機にひんした際、「社員の声に耳を傾けるようにすれば、こうした問題が起こらないだろう」と考えたことがきっかけとなっています。そのため、経営側が社員の声に耳を傾ける姿勢を持つことが「三行提報」の一つの特徴となっています。
「三行提報」では、社員は100文字以上127文字以内(英語の場合は上限が150ワード)の短文で業務改善や営業のアイデアなどをまとめて提出し、それがデータベースに蓄積されます。また、その中から選ばれた約50件が社長にプリントされて渡されると同時に、幹部にも電子データで送られる仕組みになっています。また、50件に選ばれなかった「三行提報」についても、有用と判断されるものは、各部署のナレッジリーダーに展開され、判断を任せられる仕組みになっています。
「三行提報」はサトーホールディングスに深く根付いており、より良い製品・サービスを実現するための原動力となっているようです。
以上(2019年3月)
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画像:pixabay