書いてあること

  • 主な読者:新型コロナウイルス感染症の対策の指標が欲しい経営者
  • 課題:懲戒処分で強制力を持たせたり、プライベートでも命令したりできるのかを知りたい
  • 解決策:同業・同規模の会社の標準的な感染症対策を参考にする。多くのことを社員に求める場合は、丁寧な説明が必要

“ウィズコロナ”の時代。当面、会社の感染症対策も続きます。経営者は、事業と感染症対策のバランスを取らなければなりません。弁護士に、法的な見地から会社の感染症対策について聞きました。

1 感染症対策はどこまでやれば十分?

会社には、社員が安全で健康に働けるよう配慮する「安全配慮義務」があります。会社がこの義務を怠ったために、社員が新型コロナウイルス感染症(以下「コロナ」)にかかった場合、社員やその家族から損害賠償請求を受ける恐れがあります。とはいえ、安全配慮義務違反の基準は明確ではありません。実務ではどのように判断されるのでしょうか?

――感染症対策はどこまでやれば十分ですか?

社員がコロナにかからないようにするためにどのような感染症対策を実施すべきかは、社員の業務や職務の内容などによって異なるため、一概には言えません。「消毒を10回したので大丈夫」といったような明確な基準を設けることもできません。会社や社員の具体的な状況によって、求められる感染症対策は異なりますし、「本当に会社でコロナにかかったのか」という感染経路の問題もあります。

――具体的にどういうことですか?

まず業種です。例えば、不特定多数の人が出入りする飲食店のホールスタッフなどの場合、店舗内の消毒やマスクの着用は、多くの経営者や店舗が行っています。

そのため、このような対応を怠り、結果として店舗でクラスターが発生して社員も感染してしまった場合、「安全配慮義務を十分に果たしていなかった」と言われる可能性は高くなってくると思います。

他方、例えば、各自がパーテーションで区切られたデスクに座って仕事をし、誰かと対面で話したりすることがないような場合、会話による飛沫感染などは想定しにくいので、就業時間中にマスクを着用していなかったとしても、「直ちにコロナに感染する」とは言いにくいと思います。

そのため、就業時間中に社員にマスクを着用させていなかったとしても、先ほどの飲食店のホールスタッフなどに比べれば、「安全配慮義務を十分に果たしていなかった」とは言われにくいと思います。

――社員が感染したら、会社は安全配慮義務違反に問われるのですか?

感染したというだけで、直ちに会社の責任となるわけではありません。先ほど「感染経路の問題もあります」と言いましたが、原則として安全配慮義務違反とコロナにかかったこととの間に、相当因果関係があることが必要です。

コロナについての判例はこれからですから、はっきりしたことは言えませんが、コロナ感染による疾患については、どのような機会に感染したのかが特定され、それが業務に起因したものであると認められる必要があります。コロナにかかったとしても、休日に買い物をしたときに感染したのかもしれませんし、友人からうつったのかもしれません。「本当に勤務中に感染したと言えるのか」という点の立証は、通常、なかなか難しいと思います。

もちろん、だからといって、社員の安全配慮義務をおろそかにしてよいわけではありませんし、労災認定される可能性はあります。労災認定と裁判の判断基準は若干違いますが、労災については、次のように若干緩い判断基準が設けられているようです。

――なるほど。企業規模はどうですか?

企業規模も、若干ですが安全配慮義務の成否に影響を与えると思います。例えば、体温が高い方が来訪したときのためにサーモグラフィーを設置するといった対応は、社員へのコロナ感染を防ぐ上で有効ですが、導入コストの問題もあるので、導入が容易な会社も、そうでない会社もあるでしょう。

このような場合も、「サーモグラフィーを設置していなかったので感染した」と確実に言うことは難しいですから、サーモグラフィーの設置の有無が、安全配慮義務違反の成否に直結するわけではありません。ただ、企業規模などを考慮し、対策を取れる状況にあるかによって、会社に求められる安全配慮の程度も異なります。

2 感染症対策の内容はどうやって決めればいい?

人員や費用の制約上、会社が実施できる感染症対策には限りがあります。感染症対策の内容はどうやって決めればいいのでしょうか?

――会社の感染症対策を決めるに当たって、何か指標になる資料はありますか?

例えば、厚生労働省「職場における新型コロナウイルス感染症の拡大を防止するためのチェックリスト」には、人がよく触れる場所の消毒、リモートワークの実施など、基本的な感染症対策が掲載されています。このようなチェックリストを見ながら、対策導入を検討していくのがよいのではないでしょうか。

ただ、先ほども申し上げた通り、業種や企業規模によって会社に求められる感染症対策の内容は変わります。ですから、チェックリストに掲載されている内容を全て実施する必要があるわけではありません。

しかし、その場合でも、実施をよく検討したというプロセスは踏むべきですし、導入できない理由をきちんと議論し、代替策を取るということをしておくことがよいと思います。また、そのような検討プロセスを、議事録など記録に残しておくということが有用だと思います。

――なるほど。では、具体的にどうやって感染症対策の内容を決めればいいですか?

まずは、自社と同業・同規模の会社の標準的な感染症対策を押さえることです。公的機関や民間企業が実施しているアンケート調査などが参考になります。

例えば、中小企業基盤整備機構「新型コロナウイルス感染症の中小・小規模企業影響調査(2020年5月)」などを参考に、中小企業の標準的な感染症対策を考えていくという方法があると思います。

他にも、新聞や雑誌の記事、ウェブサイトの記事、業界団体が実施しているアンケート、他社の発表している対応内容、専門家の意見なども参考になります。

――標準的な感染症対策を押さえた後は、どうすればいいですか?

社内で議論の上、標準的な感染症対策の中から、自社が実施できるものを選択します。

例えば、上述のアンケートでは、中小企業が実施している感染症対策で最も多いのは、「備品(マスク・除菌スプレー)配布・設置」(50.3%)です。50.3%という数字を多いと捉えるか少ないと捉えるかは微妙なところですが、最も多くの会社で実施されている対策ですから、「この対策は導入する方向で考えるべき」と言えるでしょう。

実際、東京ではほとんどの方がマスクを着用していますが、そのような実情から言っても、「マスクの配布は対策として導入した方がいい」と言えそうです。ただ、夏場は熱中症の問題もあり、人との接触頻度が低い場合、「熱中症予防のためにはむしろマスクの着用を義務付けるべきでない」という議論もあり得ます。社員の安全・健康という観点から、会社が真剣に検討をすることがあるべき対応だと思います。

他方、上述のアンケートでは、「パーテーションの設置」を現在導入しているのは10.2%ですから、例えば、コストと相談して、「今は対策から外す」という判断の材料にはなるかと思います。

いずれにしても、感染症対策の内容を決めるに当たって「何を参考にしたか」「どのような議論があったか」などを書面に残し、プリントアウトするかPDFデータで取っておくなどして、後で根拠を示せるようにしておくとよいでしょう。

感染者が出て安全配慮義務違反に問われても、明確な方針に基づいて感染症対策の内容を決めていることが証明できれば、会社の責任が減免される可能性があるからです。

3 感染症対策に協力しない社員に懲戒処分を科せる?

会社が感染症対策を決めても、社員の協力がなければ感染を防ぐことはできません。ある程度強制力を持たせたい場合、感染症対策に協力しない社員に懲戒処分を科すというのも1つの選択肢です。その際、法的にはどのような注意点があるのでしょうか?

――就業時間中のマスク着用を義務付け、違反した場合は懲戒処分を科すことを考えています。法的に問題はありませんか?

前提として、社員に懲戒処分を科すためには、就業規則に懲戒事由を定める必要があります。例えば、服務規律の中に「社員は、会社が社員の安全を守るために指定した内容を遵守しなければならない」といった規定があれば、これを根拠にすることも考えられます。服務規律違反が懲戒事由となっていれば、それを根拠に懲戒処分を検討することになります。

また、この「安全を守るために」というところに、感染症対策という内容が読み込めるかは疑義もありそうですから、もう一歩、踏み込んで規定を置く場合には、服務規律に、「感染症等の予防のため、会社が指定した対応内容を遵守すること」といった規定を新しく置くことも考えられます。

ただし、就業規則に規定があるからといって、必ず懲戒処分を科すことができるわけではありません。

――具体的にどういうことですか?

まず、就業時間中のマスク着用を義務付けたとしても、会社がマスクを提供せず、それが理由で義務を履行できない場合、懲戒処分を科すことはできないでしょう。

また、マスクをしないことで、直ちにコロナ感染が引き起こされる蓋然性が高いとも言えませんから、懲戒に値する違反行為かというと、慎重な判断が必要です。

例えば、「何度も注意をしているのに社員が聞き入れず、マスクを着用しないことについて、他の社員からクレームが出ている」など、会社の秩序や他の社員への影響があるかといった点も加味し、違反の程度が重いとか、それにより生じる会社への損害(会社の秩序への影響を含む)があって、懲戒処分が有効になると考えられます。

4 感染を防ぐため社員のプライベートの行動を制限できる?

会社が社員に具体的な指揮命令を下すことができるのは、原則として就業時間中のみです。プライベートで社員がコロナにかかるのを防ぎたい場合、会社として何かできることはないでしょうか?

――緊急事態宣言が再度発出された場合、「就業時間外でも、人の密集する場所に立ち入らないよう社員に義務付け、違反した場合は懲戒処分を科す」ことを考えています。問題はありませんか?

就業時間外に、懲戒処分という制裁付きで、特定の行動を命じたり禁止したりするのは難しいでしょう。

――いくらプライベートといっても、感染の危険があるような行動は見過ごせません。何か会社としてできることはないですか?

人の密集する場所に立ち入らないよう社員に「要請」することは可能でしょう。ただし、要請はあくまでもお願いであり、懲戒処分はできないと考えます。

社員の協力を得るには、コロナにかかった場合のリスクを説明し、社員に納得してもらうしかありません。最も大切なのは本人や家族の健康であり、みんながコロナ対策を重く受け止める雰囲気を作りつつ、自発的な対応を促すしかないでしょう。

実際、感染者が出てしまえば、保健所対応や、事務所の消毒、他の社員の検査などが必要になったりしますし、場合によっては、取引先への説明や、面談・会社訪問予定をキャンセルせざるを得なくなったりします。その社員や他の社員が休むことになれば、会社の機能不全というリスクもあります。こうした説明を社員にしていくしかないのではないでしょうか。

――分かりました。ちなみにプライベートの行動が原因で、社員がコロナにかかった場合、会社が安全配慮義務違反に問われる可能性はありますか?

就業時間中、会社が必要な感染症対策を講じていたのであれば、会社が安全配慮義務違反に問われる可能性は低いと思います。

5 感染症対策よりも事業を優先することは許されない?

感染症対策は社員を守るために必要不可欠です。しかし、感染症対策のために事業を行うことができないという事態になっては本末転倒です。感染症対策と事業のバランスはどのように取るべきでしょうか?

――緊急事態宣言が再度発出されたら、社員にリモートワークを義務付けようと考えています。しかし、どうしてもオフィスでなければできない業務もあります。緊急事態宣言中、こうした業務に従事する社員を出社させたら、安全配慮義務違反になるのでしょうか?

政府が2020年4月7日に発出した緊急事態宣言(同年5月25日に全面解除)には、法的拘束力がありませんでした。実際、社員を出社させている会社は多くありました。前回の緊急事態宣言時のような状況であれば、電車やバスで出勤したからコロナにかかる「蓋然性が高い」とも、言いにくいでしょう。こういった事情から、仮に同種の緊急事態宣言が再度発出された場合、宣言発令中に社員を出社させたからといって、それだけで直ちに、安全配慮義務違反に問われることはないと思います。

ただし、緊急事態宣言の趣旨が、国民の生命の危険を回避することにある以上、漫然と社員に出社させることには反対です。業務上の必要性や緊急性と相談しながら行うのが、緊急事態宣言の趣旨に沿う対応ですし、社員を漫然と危険にさらす対応は、社員の理解も得られないと思います。

――具体的にはどのような場合が考えられますか?

例えば、「機密事項を扱う業務で、リモートワークで実施するにはセキュリティー上の問題がある」「早急にクライアントに納品すべき商品があり、オフィスに出社しないと入手できない」といった場合、業務上の必要性や緊急性が高いと言えるでしょう。

逆に、特に何も検討せずに、「これまで通り」という理由だけで社員に出社を命じ、高熱を出している社員も何らの対策も取らず漫然と出社させ、それが原因で他の感染者が出た場合などは、安全配慮義務を尽くしたとは言いにくいでしょう。

以上(2020年7月)
(監修 みらい総合法律事務所 弁護士 田畠宏一)

pj00380
画像:pixabay

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です