書いてあること

  • 主な読者:「パラレルキャリア」について知りたい経営者
  • 課題:どんなメリットがあるのか。本業に支障が出ないか懸念している
  • 解決策:パラレルキャリアを認めることで、優秀な人材の流出を防ぐ可能性がある

1 自己成長・自己実現の手段が多様化してきた

1)2枚目の名刺を持つ時代

「ちょっと待ってください。実は私こんなこともやってまして」

朝活や交流会などで名刺交換をするとき、こう言いながら2枚目の名刺を差し出してくる人が増えてきました。今話題の「パラレルキャリア」を実践している人です。

パラレルキャリアとは、ピーター・F・ドラッカーがその著書である『明日を支配するもの—21世紀のマネジメント革命』において紹介した考え方です。この著書の中でパラレルキャリアは、組織よりも人間の寿命のほうが長くなった時代の生き方の1つとして、「これまでの本業を続けながら、パラレルキャリア(第二の仕事)を持つこと」が紹介されています。現在、パラレルキャリアというワードは多義的に用いられていますが、大きな特徴として次の2つを挙げることができます。

  • 副業やダブルワークとは異なり、必ずしも収入を第一の目的としていない
  • パラレルといってもキャリアが完全に並行するわけではなく、相互に作用し合う

2)マズローの欲求5段階説との関係

パラレルキャリアが注目される理由の1つは、働き方が多様化し、1つの会社に40年以上も所属し続けるスタイルにとらわれなくなってきたからです。代わって、社外にも活動の場所を持つことで可能性を見いだし、自己実現を果たそうと考える人が増えているのです。この状況を、人のモチベーションの在り方を示したマズローの欲求5段階説で示すと、次のようになります。

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マズローの欲求5段階説における最も上位の欲求は「自己実現欲求」です。従来は本業として勤める会社で出世して周囲から認められ、「やりたいことをできる権限を持つ」ことが、自己実現欲求を満たすための有力な手段と考えられていました。「出世が何より」という時代のキャリア形成の在り方です。

今でも、出世はビジネスパーソンが大成するための手段であることに変わりはありません。しかし、パラレルキャリアを実践する人にとって、自己実現の場所は本業として勤めている企業に限定されません。そのため、地域おこしのためにNPOに参加して汗をかいたり、プロボノとして自分が持っている能力を社会に還元したりと、出世以外の方法により、自己実現を果たそうとする人が増えてきました。

2 並行するキャリアをつなぐもの

1)本業への影響をどう考えるべきか?

こうしたパラレルキャリアについて、企業のマネジメント層とパラレルキャリアを実践している従業員の間で認識の相違が生じやすいのは、本業への影響です。

例えば、人手不足に悩む中小企業の経営者は、従業員が週末の活動で張り切り過ぎて本業に支障を来し、場合によっては退職してしまうのではないかと懸念を抱くでしょう。確かに、パラレルキャリアを実践している従業員の中には、本業ではなく、自分の興味のあることや成し遂げたいことに注力するために退職するケースもあります。しかし、全体から見ればまだ少数派であり、そもそも本業をおろそかにしてもよいという甘えもありません。むしろ、本業とパラレルキャリアで得た知見を融合させ、それぞれのレベルを高めていこうと考えるのが一般的です。

パラレルキャリアにおけるキャリアは、本業とそれ以外の二者択一ではなく、相互に作用し合うものであると考えることができます。以降で、その関係を確認してみましょう。

2)イノベーション思考

例えば、パラレルキャリアの一環として参加するNPOや研究会には、立場や意見が異なる様々な人が集まってきます。そこで地域おこしなど自分の目的を達成するためには、互いの考え方を理解することから始めなければなりません。程度の差こそあれ、参加者は意欲にあふれた人たちです。こうした中で相手の意見を聞き、自分が主張すべきところは主張しながら物事を進めていくことで、これまでにない新しい発想が生まれてくることがあります。こうした経験は自ら積極的に発想をする訓練になり、上司から与えられた仕事を受け身でこなすだけのスタイルを改めるきっかけになります。

3)リーダーシップ

本業である勤め先の役職には、一定の公式な権限が与えられています。それでも人を動かすことは難しく、指示を出しても快く従ってくれない部下もいます。公式な権限があっても発揮するのが難しいリーダーシップを、NPOなどで実現するのは至難です。皆が自分の確固たる意見を持っている場においてリーダーシップを発揮するためには、より深く相手のことを知り、相手の立場に立って自分の意見を伝えなければなりません。また、他人の話をよく聞き、受け入れることで自身の思考の幅が広がると同時に、他者を受け入れる「寛容性」も養われます。

4)人脈

パラレルキャリアを実践することで、通常の活動の中ではなかなか知り合うことのできない人と同じ釜の飯を食いながら、“濃い付き合い”をすることができます。知り合う仲間は、国会議員、弁護士、主婦など実に様々です。こうした人脈を本業で使うことに抵抗を感じる人は少なくありませんが、いざというときに頼れる存在であることに変わりはありません。また、日ごろから多様な人と付き合うことで、これまでのネットワークではアンテナに引っかかってこなかった分野の情報を素早くキャッチすることができます。

3 最大のメリットはリテンション?

1)人材不足と多様性の確保

企業が従業員のパラレルキャリアを認めることで得られるメリットは様々ですが、特に中小企業における最大のメリットはリテンション(優秀な人材の流出を防ぐ施策)かもしれません。前述の通り、ある意味で“滅私奉公”的な会社への貢献意識が変化している中で、従業員が出世とは異なる別の自己実現の方法を取り入れ始めています。

働き方改革の影響もあり、従業員の多様な働き方が社会的に容認されつつある昨今、パラレルキャリアを実践している従業員、あるいは意識している従業員にとって、パラレルキャリアを認めてくれる企業と、抑制しようとする企業では、評価は大きく分かれます。当然ながら、自分がやりたいことを認めてくれる企業で働きたいと思うでしょう。

人材不足と多様性の確保への対応は、規模を問わず日本の企業がこれから長期的に向き合っていかなければならない重要な経営課題です。その対策の1つとして、従業員のパラレルキャリアを認めることは検討に値するかもしれません。

2)“拡張OFF-JT”から始めてみる

パラレルキャリアから中小企業が学ぶ根本的なことは、働き方に対する従業員の意識の変化です。パラレルキャリアに取り組んでいない従業員であっても、本業という枠から少し外れたところで学び、刺激を受けたいと考えている人はたくさんいます。

そこで、いわゆる「OFF-JT」を充実させることは、従業員の意向に沿うと同時に企業にとってもメリットがある取り組みかもしれません。OFF-JTは職場外で行われる本業に関係するテーマの研修です。これを拡張して、ボランティア研修や他社への就業体験など、本業と少し離れたメニューを取り入れたり、そうした活動を人事考課の中で評価する“拡張OFF-JT”は、従業員の自己実現をサポートする仕組みとなるでしょう。

また、“拡張OFF-JT”によって企業が従業員の本業以外の活動に理解を示し、サポートすれば、従業員は「この会社は古い」といきなり退職することなく、企業ともう1つの活動の両立を目指すことでしょう。

以上(2019年4月)

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画像:pixabay

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