書いてあること
- 主な読者:経歴詐称や犯罪歴の秘匿をした人を採用してしまった経営者
- 課題:こうした人でも、一度採用してしまうと簡単には解雇できない
- 解決策:面接と試用期間中に見破る。本採用してしまった場合は、配置転換など雇用継続の努力をした後であれば、解雇が認められる余地がある
1 経歴詐称で入社してきた社員でも簡単には解雇できない
採用ではミスマッチがつきものですが、
「学歴・職歴」「健康状態」「犯罪歴・処分歴」などについて詐称(嘘をつく)や秘匿(不利な事実を隠す)をして入社してくる社員
については話が別で、会社として看過することはできません。
ただ、理不尽に思えますが一度採用したら、たとえ経歴などを詐称して入社してきた社員であっても簡単には解雇できません。解雇は、客観的に合理的な理由があって、社会通念上相当と認められる場合でないと無効となるからです。
そのため、経歴詐称など「秘密を抱えた社員」については、
- 面接の段階で見抜き、採用しない
- 試用期間中に見抜き、本採用をしない
- 本採用してしまった後は、配置転換などで雇用継続の道を探る
- それでもダメなら解雇する
といったように段階を踏んで対応することになります。
この記事では、上の4段階の対応について詳しく説明した後、「学歴・職歴」「健康状態」「犯罪歴・処分歴」といった秘密の内容に応じたポイントを紹介します。
2 秘密を抱えた社員への対応は4段階で考える
1)面接の段階で見抜き、採用しない
採用した後に解雇するのは大変ですが、採用前なら会社には「採用の自由(誰を、どのような条件で採用するかの自由)」があります。ですから、面接時に社員の秘密を見抜き、採用しないことが最も有効な対策です。
面接時の質問によって「秘密を抱えているか」をある程度判断することができる可能性があります。例えば、「はい」か「いいえ」で答えられる質問ではなく、求職者に説明をさせる質問をしてみましょう。「○○の業務に携わった場合、あなたは何ができますか?」と質問し、詳しく答えてもらいます。求職者の受け答えに違和感を覚えたら、その部分を深掘りして求職者の考え方や能力レベルを確認します。
2)試用期間中に見抜き、本採用をしない
採用時に社員の秘密を見抜けなかった場合、次のポイントは「試用期間」です。試用期間中に業務への適性などを確認し、社員として必要な能力が備わっていないと判断できる場合は、本採用をしないという選択肢があります。
「本採用をしない=解雇」ということですが、試用期間は本採用前に適性を判断するための期間なので、本採用後よりも解雇が認められやすい面があります。例えば、実務経験を条件に採用した場合、面接時に担当する業務内容とそれを遂行できるかを確認し、試用期間中に実際にできているかを確認します。その上で適性がなければ、本採用の拒否を検討します。
ちなみに、試用期間における本採用の拒否は退職に関する定めに当たるので、就業規則等に「試用期間中において不適当と認めた者は、解雇することがある」などと定めておきましょう。
3)本採用してしまった後は、配置転換などで雇用継続の道を探る
本採用した後で秘密が見つかった場合、簡単には解雇できません。例えば、ドライバーとして採用したのに、本採用後に運転に支障がある病気が判明し、運転が難しいことが分かったような場合、別の仕事に配置転換するなどして、雇用継続を検討していくのが基本となります。
なお、就業規則等に「業務上の必要がある場合には、配置転換を命ずることができる」といった規定を定めておくことが前提となります。
4)それでもダメなら解雇する
配置転換などをしても社員が能力を発揮できない場合、ようやく解雇が検討できます。解雇には、社員の能力不足などを理由とする「普通解雇」、詐称や秘匿の懲罰としての「諭旨解雇・懲戒解雇」があります。
いずれにしても会社が自由に解雇できるわけではなく、
- 客観的に合理的な理由がある(客観的に見て解雇はやむを得ないといえる理由がある)
- 社会通念上相当と認められる(社員の行為や状況に照らして、解雇が妥当である)
という要件を満たさなければ無効になります。前述の3)で雇用継続の道をきちんと探っていれば、解雇後に社員と裁判などのトラブルになっても、会社は解雇の要件を満たしていると認められやすくなります。
3 学歴・職歴に秘密がある社員の対処
1)会社にどのような影響がある?
学歴・職歴の詐称や秘匿に当たるのは、次のようなケースです。
- 最終学歴が高卒なのに、大卒であると嘘をつく
- 資格者でないのに、資格者であると嘘をつく
- 前の会社に在籍していた期間を、実態よりも長く偽る
専門的な知識が必要な業務に就かせる、または将来的にそれらの業務に就くことを期待して採用する場合、学歴・職歴などは重要な判断材料になります。ですから、そこに詐称や秘匿があると、会社の計画が狂ってしまいます。
2)入社前の段階で秘密を見つけ出すには?
求職者に求める能力の水準が明確なのであれば、知識、教養、技術力などを確認できるテストを実施するといいでしょう。例えば、語彙力・読解力・計算力などの基本的な能力を測る「SPI」は多くの会社が採用に活用しています。特定の資格が必要な業務に就かせる予定があれば、その資格試験の過去問などを解かせてみるのもよいでしょう。
また、履歴書と他の書類を突き合わせて、学歴・職歴を判断する方法もあります。例えば、雇用保険被保険者証には前職での被保険者資格取得日、源泉徴収票には前職の会社名や年収などが記載されているので、詐称や秘匿がないかを判断する材料になります。
3)採用してしまったら?
学歴・職歴を詐称した社員を解雇し、会社と社員が争いになった裁判例(大阪地裁平成6年9月16日決定)では、
- 学歴の詐称については、会社が過去に高卒未満の学歴の者を採用していて、学歴重視で採用活動を行っていたとまではいえないので、就業規則所定の「重要な経歴を偽り採用された場合」に当たらない
- 職歴の詐称については、社員を採用する際に採否や適性の判断を誤らせるので、就業規則所定の「重要な経歴を偽り採用された場合」に当たる
として、解雇は有効と判断されました。
また、労働者派遣事業を営む会社が、「経営コンサルタント業務の経験がある」と職歴を詐称して入社した社員を解雇し、争いになった裁判例(東京地裁平成22年11月10日判決)では、
職歴の詐称については、仮に社員が本当のことを話していたら、会社は雇用しなかっただろうと認められる場合、会社に具体的な損害がなくても、「重要な経歴を偽り採用された場合」に当たる
として、懲戒解雇は有効と判断されました。
学歴・職歴の詐称や秘匿が解雇事由に当たるかは、会社の過去の採用実績や、詐称や秘匿が業務や会社の秩序にどのぐらい影響を与えるかなどによって判断されるようです。
4 健康状態に秘密がある社員の対処
1)会社にどのような影響があるか?
病気などの詐称や秘匿に当たるのは、次のようなケースです。
- 病気にかかっているのにそれを隠す、治ったと嘘をつく
- 特定の業務を控えるよう医者から言われているのに、それを隠す
会社は、社員の健康状態を考慮して担当業務に就かせるので、病気などについて詐称や秘匿があると、予定通りに人員を配置できなくなる恐れがあります。
2)入社前の段階で秘密を見つけ出すには?
健康状態が業務に及ぼす影響が大きい場合、面接で求職者に健康状態を確認しますが、質問できるのはあくまでも業務への適性を判断する範囲となります。また、病歴は「要配慮個人情報」という機微な個人情報なので、情報の取り扱いは慎重に行います。
3)採用してしまったら?
ガソリンスタンドなどを経営する会社が、視力障害を秘匿して入社し重機運転手の業務に就いた社員を解雇し、争いになった裁判例(札幌高裁平成18年5月11日判決)では、
視力障害は社員の総合的な健康状態に影響するレベルのものではなく、重機運転手として不適格とまではいえない
として、解雇は無効と判断されました。
病気などについての詐称や秘匿が解雇事由に当たるかは、それが社員の心身の安全や業務にどの程度影響を与えるかによって判断されるようです。
5 犯罪歴・処分歴に秘密がある社員の対処
1)会社にどのような影響があるか?
犯罪歴・処分歴の詐称や秘匿に当たるのは、次のようなケースです。
- 過去に犯罪を行って刑罰を受けたのに、そのような事実はないと嘘をつく
- 前職で不祥事による懲戒解雇を受けたことについて、その事実を秘匿する
過去に犯罪を行っていても、更生しているのであれば業務に支障はないでしょう。ただ、他の社員は不安に思うかもしれません。
2)入社前の段階で秘密を見つけ出すには?
犯罪歴の詐称や秘匿を防止するために、求職者に賞罰欄が設けられた履歴書を提出してもらいます。賞罰の「罰」とは、「一般に確定した有罪判決(前科)」のことで、会社から特別に言及されない限り、起訴猶予事案などの犯罪歴(前歴)は含まれません。賞罰欄が設けられた履歴書を指定すれば、求職者は少なくとも前科については会社に告知しなければならなくなります。
ただし、古い前科について告知を求める際は注意が必要です。過去に強盗罪で懲役刑を受けたことなど、前科・前歴を採用時に告知しなかった社員を解雇し、会社と社員が争いになった裁判例(仙台地裁昭和60年9月19日判決)で、次のような判断がされているからです。
- 履歴書の中に賞罰欄がある場合、求職者は真実を記載しなければならない
- ただし、刑法第34条の2(注)により刑が消滅した前科については、特段の事情(前科が労働力の評価に重大な影響を及ぼすなど)がない限り、労働者に告知義務はない
(注)刑法第34条の2では、懲役や禁錮の刑の執行を終わるなどしてから10年の間、罰金以下の刑の執行が終わるなどしてから5年の間、再び罰金以上の刑に処せられなければ、刑の言い渡しは効力を失う(法律上は刑を受けたことがないものとして扱われる)とされています。
この他、犯罪歴・処分歴の詐称や秘匿を見つける方法としては、身元保証書や退職証明書を提出させることなどが考えられます。
身元保証書は、求職者が入社後、本人の故意や重大な過失で会社に損害が生じた場合、本人と身元保証人が連帯して責任を負うという書類です。犯罪歴・処分歴に限らず、過去に何らかの問題があった求職者は、身元保証人を見つけにくいので、提出を渋る場合があります。
退職証明書は、前職の会社などを退職したことを証明する書類です。前職の退職理由が記載されているため、懲戒解雇の秘匿などを見つけられる場合があります。
3)採用してしまったら?
2)の裁判例では、履歴書の賞罰欄に犯罪歴を記載しなかったことが争点となりましたが、
社員の犯罪歴は既に刑が消滅したもので、こうした前科について会社が言及することは、労働者の更生の妨げになりかねない
として、解雇は無効と判断されました。
これを踏まえると、会社には犯罪歴・処分歴ではなく、現在の就業態度や能力によって社員を処遇することが求められているといえるでしょう。
なお、犯罪の経歴(前科や犯罪行為をした事実)、本人を被疑者・被告人として刑事事件に関する手続きが行われたことなどは、「要配慮個人情報」に当たるので、前述した病歴などと同じく、取り扱いには細心の注意が必要です。
以上(2023年12月更新)
(監修 みらい総合法律事務所 弁護士 田畠宏一)
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