書いてあること

  • 主な読者:これから増えるかもしれない「労働審判手続」による社員とのトラブルに備えたい経営者
  • 課題:労働審判手続は聞き慣れない。それに、審理の内容が非公開のため情報が少なく、手続のイメージがつかみにくい
  • 解決策:社員から労働審判手続の申立てがあったら早期に弁護士に相談する。第1回期日での回答が特に重要

1 会社が不利? 準備が不十分な状態で争う

解雇や賃金の支払いなどをめぐって社員とトラブルになった場合、社員が「会社と話し合ってもらちが明かない」と判断すると法的手続に打って出ることがあります。訴訟手続、総合労働相談、紛争調整委員会によるあっせんなどの他に、「労働審判手続」があります。

労働審判手続は、「原則3回以内」という短い期日で集中的に審理を行うため、主張書面や証拠書類の一括提出主義が取られています。これにより、労働紛争の迅速な解決ができますが、裏を返すと、社員は十分な準備で労働審判手続に臨んでくるのに対して、会社は態勢が整わないうちに労働審判手続に突入することになりかねません。

労働審判手続の概要は後述しますが、経営者が心得ておくべきことは、社員から労働審判手続の申立てがあったら早期に弁護士に相談することです。労働審判手続では、最初の主張書面、証拠書類によって紛争解決の大きな道筋が確定します。従って、早期に弁護士に相談し、次の内容について打ち合わせておくことが極めて重要になるのです。

  • 予想される争点の整理
  • 会社の主張の方向性の検討
  • 証拠の収集(事情をよく知る関係者の日程の確保も含む)
  • 事案の見通しと調停となった場合の解決イメージ(いくらまで金銭の支払いが可能なのかなど)

それでは、労働審判手続の特徴や対応のポイントなどを確認していきましょう。

2 労働審判手続の特徴は?

1)「労働審判委員会」が審理を行う

労働審判手続では、「労働審判委員会」という会議体が審理を行います。労働審判委員会は、裁判官である労働審判“官”1名、裁判官ではないですが、労働関係に関する専門的知識、経験を有する労働審判“員”2名で構成されています。通常、労働審判“員”は使用者側・労働者側の団体が推薦した弁護士となります(使用者側と労働者側が1名ずつ)。

審理は法廷ではなく裁判所の一室において、各出席者が室内の円テーブルを囲む形式で行われます。なお、審理の内容は非公開です。

2)原則3回以内で終了する

労働審判法により、労働審判手続は原則として3回の期日で手続を終了させなければなりません。「特別の事情がある場合」は3回を超えることも認められていますが、この特別の事情は極めて狭く解釈されており、3回を超える例はほとんど見られません。実務上、2回で終了することが多いです。

なお、このように期日の回数に制限があることから、裁判所からは、事情をよく知る担当者や、調停を成立させるか否かの決定権を持つ担当者の出席が求められます。そのため、これらの担当者にも出席してもらうようにしておきましょう。

3)主張書面や証拠書類は一括で提出する(一括提出主義)

労働審判手続では、労働紛争の迅速な解決を図るため、主張書面や証拠書類の一括提出主義が取られています。そのため、使用者側・労働者側共に、主張立証責任に関係なく、想定される争点や事前の交渉経緯などに関する主張証拠を、第1回期日の前に一括で提出しなければなりません。これ以降の提出が認められないわけではありませんが、あくまで例外的です。

4)労使間の個別的な労働紛争を扱う

労働審判手続の対象は、「労使間の個別的な労働紛争」です。次の3つが社員からの申立てが多い内容で、特に多いのは、解雇に関する紛争(地位確認)と賃金未払いに関する紛争です。

  • 解雇、配置転換、降格の効力を争う紛争
  • 賃金、退職金、解雇予告手当の支払いを求める紛争
  • セクハラ・パワハラによる損害賠償を求める紛争

ただし、セクハラ・パワハラの加害者本人に対する請求(労使間の紛争でない)や不当労働行為などの集団的な紛争(個別的な紛争でない)は、労働審判手続の対象になりません。

5)比較的争点が単純な紛争、調停による解決の可能性がある紛争の解決に適している

労働審判手続は、原則3回以内で終了し、主張書面や証拠書類の一括提出主義が取られている都合上、比較的争点が単純な紛争の解決に適しています。一般的に、能力不足解雇や単純な残業代未払いに関する紛争は申立てがされやすくなっています。

一方、内容が複雑、請求金額が大きい、膨大な証拠を要するといった紛争の解決には適していません。例えば、整理解雇、差別的取扱い、就業規則の不利益変更、労災に関する事件などは申立てがされにくいといえます。もっとも、新型コロナウイルス感染症の拡大による経営不振から、今後は整理解雇、雇止めに関する労働審判の申立てが増加することが懸念されます。

また、実務的にはほとんどが調停で解決されているため、次のように交渉の経緯などから見て調停による解決が見込める事案については、申立てがされることが多いといえます。

  • 主要な事実関係の認識に大きな相違がない
  • 想定される解決金の認識に大きな相違がない
  • 感情的な対立がない

労働組合が絡む事案でなく専ら個別的な事案である場合にも、労働審判の申立てがされやすいといえます。

3 労働審判手続の流れと終了のパターンは?

1)労働審判手続の流れ

労働審判手続は、次の流れで進行します。

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まず、申立てがなされると、第1回期日は申立てから40日以内の日程で指定されます。会社には裁判所から申立ての内容が記載された「申立書」の副本が送付されます。会社は、申立書の内容を確認の上、第1回期日の1週間前までに、反論をまとめた「答弁書」を提出します。

第1回期日までには労使双方の主張書面や証拠書類が出そろうため、労働審判委員会は第1回期日前に、それらを確認して争点を検討します。第1回期日当日は、労働審判委員会が争点に基づき、当事者や関係者に対して質問を行います。これを「審尋」といいます。

審尋を終えると、いったん当事者は退席し、労働審判委員会で評議がされ、当該事案に対する心証が形成されます。労働審判委員会は、その心証に基づいて、解決案(調停案)を示し、その後は、調停の成立に向けた手続が進むことになります。労働審判委員会からの解決案の提示は、第1回期日中に行われることが多く、第1回期日は、審尋を含めて2時間程度を要する場合が多いです。

2)労働審判手続の終了のパターン

労働審判手続の終了のパターンとしては、次の3つがあります。

  • 調停の成立
  • 労働審判
  • 労働審判を行わず終了

実務では約7割が調停の成立で終了しています。例えば、解雇事案の場合、次のような調停案が考えられます。

  • 申立人と相手方は、申立人が相手方を令和○年○月○日付で合意退職したことを相互に確認する
  • 相手方は、申立人に対して、本件解決金として○○万円の支払義務があることを認める

なお、労働審判手続は非公開であるため、調停が成立した場合は、「申立人および相手方は、本件紛争の経緯および本調停の内容を、正当な理由なく第三者に口外しないことを相互に約束する」などの守秘義務条項を加えることもあります。

3回の期日で調停が成立しない場合、労働審判委員会が労働審判を下します。審判については、基本的に調停案として示される内容と類似することとなります。例えば、解雇事案では、次のような審判が下されます。

  • 相手方は、申立人に対し、令和○年○月○日付で行った解雇の意思表示を撤回し、申立人が相手方を令和○年○月○日付で会社都合により合意退職したことを確認する
  • 相手方は、申立人に対し、本件解決金として〇〇万円の支払義務があることを認め、これを直ちに支払う

ただし、この審判は、2週間以内にどちらかが異議を申し出ると失効し、通常の訴訟手続に移行します。異議の理由は問われないため、労働審判の効力は不安定なものといえます。

また、件数としてはあまり多くはないですが、当該紛争が労働審判による解決に適していないと労働審判委員会が判断した場合、労働審判を下すことなく終了することもあります。この場合も訴訟手続に移行することとなります。

4 労働審判手続の対応ポイント

1)第1回期日が勝負

第1回期日「前」の準備だけでなく、第1回期日「当日」の対応も重要です。第1回期日では、労働審判委員会から審尋が行われますが、審尋での回答内容や回答態度は労働審判委員会の心証に大きく影響します。

次のようなケースは、労働審判委員会の心証を悪くしたり、調停成立が難しいと判断されたりする恐れがあるため、注意が必要です。弁護士とともに事前に想定問答を作成し、リハーサルを行い、会社にとって弱い点の補強や回答の練習をしておきましょう。

  • 主張・証拠書面で記載したストーリーと、回答内容が適合しない
  • 会社担当者であれば当然ながら知り得る事項について、しどろもどろな回答をする
  • 感情的な回答をする

2)訴訟手続への移行を想定しておく

最終的に訴訟手続へ移行する可能性があることを想定しておくことも重要です。必ずというわけではありませんが、通常は労働審判手続での主張や証拠が、そのまま訴訟手続でも使われます。そのため、「どうせ調停で終わるだろう」と高をくくらず、訴訟手続へ移行して判決となった場合を十分に視野に入れ、主張立証の構成を組み立てておく必要があります。

また、労働審判“官”は裁判官ですので、労働審判委員会から提示される調停案の内容や、場合によって直接的に行われることがある心証開示の内容は、訴訟手続に移行した際の裁判所の判断を予測する重要なファクターとなります。

会社としては、これらの調停案や心証開示の内容から、訴訟手続へ移行した場合のリスクと早期解決のメリットを慎重に検討しながら、調停案を承諾するか否か判断することが重要です。

以上(2021年8月)
(執筆 日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 堀田陽平)

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画像:pixabay

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