書いてあること
- 主な読者:自社の退職金制度の方向性について考えている経営者
- 課題:退職金制度は必要か? 必要だとしたら、どのぐらいの額を用意すべきか?
- 解決策:公的年金の減少に伴い、老後の生活における退職金の重要性は増している。総務省「家計調査年報」などから老後に必要な資金を試算、自社の制度と照らし合わせる
1 なぜ今、退職金制度が必要なのか?
最近では「もう社員が定年まで働く時代じゃないから……」と、退職金制度の見直しや廃止を検討する会社も少なくありません。ただ、社員の退職金制度に対するニーズは、もしかしたら今後高まっていくかもしれません。「人生100年時代」といわれるほどの高齢化の陰で、
公的年金の支給額が減少し続けていて、老後の生活資金が足りなくなる恐れがある
からです。仮に御社に充実した退職金制度があれば、今働いている社員は安心ですし、新たに社員を募集する際のPRなどにも使えるでしょう。
この記事では、退職金制度を導入したり、見直したりする予定のある会社が、退職金の支給額などを検討する材料として、まず老後の生活にどのぐらいの資金が必要なのかを紹介します。
2 年金の保険料は増加、支給額は減少
2023年3月末時点の公的年金(老齢基礎年金+老齢厚生年金)の平均支給額は、年約174.0万円です。10年前は約181.6万円で、10年間で約7.6万円減額していることが分かります(厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業の概況」)。一度の食事にかかる費用を1000円(1日3食で3000円)だと仮定すると、25日分以上の食事代がなくなってしまう計算です。
年金支給額が減少している理由の1つは、少子高齢化により現役世代1人で支えなければならない高齢者の数が増加しているからで、この傾向は今後も変わらない可能性が高いです。ですから、仮に公的年金の支給額減少を退職金制度でカバーできるなら、社員にとっては非常に魅力的です。
とはいえ、退職金制度を充実させるには、そもそも老後の生活にどのぐらいの費用がかかるのかを知っておく必要があります。早速、シミュレートしてみましょう。
3 一体いくら必要? 老後資金のシミュレーション
ここでは社員が65歳で退職した後の老後資金についてシミュレートしてみます。なお、シミュレーションは統計データを参考にした一例です。実際の内容は、社員の生活水準や希望するライフスタイルによって大きく変わることをご理解ください。
1)夫婦2人暮らしのケース
2023年における65歳以上の夫婦のみの無職世帯の実収入は、月約24.5万円です。一方、同じ世帯にかかる生活費は、税金や社会保険料などを含めて月約28.3万円です(総務省統計局「令和5年家計調査年報」)。
実収入(24.5万円)から生活費(28.3万円)を引くと、毎月3.8万円の赤字
になります。2023年における平均寿命は、男性が81.09歳、女性が87.14歳ですから、退職してから20年以上赤字続きになる可能性があります(厚生労働省「令和5年簡易生命表」)。65歳で退職したとして、85歳までの生活を想定した場合、
- 実収入:24.5万円×12カ月×20年=5880万円
- 生活費:28.3万円×12カ月×20年=6792万円
- 実収入-生活費:5880万円-6792万円=-912万円
となります。912万円分の老後資金を何らかの方法で補填しないといけません。なお、前述した通り公的年金の支給額は減少し続けており、仮にこの先90歳、95歳と平均寿命が延びていけば、補填すべき額はさらに大きくなる可能性があります。
2)1人暮らしのケース
2023年における65歳以上の単身無職世帯の実収入は、月約12.7万円です。一方、同じ世帯にかかる生活費は、税金や社会保険料などを含めて月約15.8万円です(総務省統計局「令和5年家計調査年報」)。
実収入(12.7万円)から、生活費(15.8万円)を引くと、毎月3.1万円の赤字
になります。夫婦2人暮らしのケースと同じく、65歳で退職後、85歳までの生活を想定した場合、
- 実収入:12.7万円×12カ月×20年=3048万円
- 生活費:15.8万円×12カ月×20年=3792万円
- 実収入-生活費:3048万円-3792万円=-744万円
ですから、744万円分の老後資金を何らかの方法で補填しないといけません。
4 どんな退職金制度なら老後資金を賄える?
前章のシミュレーションで、年金などの実収入だけでは老後資金を賄いきれていないことが分かりました。退職金制度の内容を検討する際の1つのポイントは、
老後資金の赤字(「実収入-生活費」のマイナス分)を退職金で補えるかどうか
です。前章のシミュレーションの数字を参考にするなら、夫婦2人暮らしの場合はあと912万円、独身の場合はあと744万円を、退職金で補う必要があります。また、前述した通り、家計の赤字は今後広がっていく可能性があり、補填すべき額はさらに大きくなります。
ちなみに、中小企業の社員(大学卒の場合)が定年退職時にもらえる退職金は、2022年平均で約1092万円です。なお、2022年時点で71.5%の中小企業が退職金制度を導入していますから、制度を社員に魅力的に見せるには、ある程度工夫が必要です(東京都産業労働局「令和4年中小企業の賃金・退職金事情」)。
社員にとって魅力的な退職金制度の選択肢としては、
- 同業他社よりも多くの退職金を払う
- 運用次第で退職金を増やせる制度を導入する
- 退職金が多く支払えないなら、老後資金を補う他の福利厚生を導入する
などがあります。制度の例をいくつか紹介しましょう。
こうした退職金制度をうまく活用すると、社員は老後資金の赤字を補うだけでなく、逆に黒字に転じさせて自分の趣味や大切な人のために使うお金を作れる可能性も出てきます。
ただ、退職金制度にはメリットと同時にデメリットもあります。ここでは詳細を割愛しますが、例えば企業型DCのように社員が自分で運用する制度の場合、運用成績に応じて退職金を増やせる可能性がある反面、運用に失敗すると元本割れしてしまう恐れがあるのです。
次回は、退職金制度ごとのメリット・デメリットや、実際に運用する場合のアクションプランについて紹介します。
以上(2024年10月作成)
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