書いてあること
- 主な読者:社員にマルチ商法や宗教勧誘をやめさせたい経営者
- 課題:プライベートにどこまで関与できるか分からない。特に宗教は信教の自由がある
- 解決策:プライベートでも「企業秩序」を乱す活動には毅然と対応する。就業規則に「社員としての地位」を利用して行われる活動を規制する規定を設ける
1 就業規則に定めて迷惑な勧誘をストップする!
社員が仕事以外のことも気軽に話せるのは良いですが、もし、マルチ商法や宗教勧誘をしている社員がいたらどうでしょうか。誘われた社員は、上司や同僚との関係性を考え、不本意ながら誘いに応じてしまうかもしれません。
会社としての建前は「プライベートは本人の自由」ということになるでしょうが、マルチ商法や宗教の問題が後を絶たないのは事実ですから、静観するだけというわけにもいきません。では、会社は社員によるマルチ商法や宗教勧誘をやめさせられるのでしょうか。
大切なのは、就業規則でルールを定めることです。具体的には、
「企業秩序」を乱すようなマルチ商法や宗教勧誘を禁止
します。なお、企業秩序とは、会社が存立し、事業を円滑に運営し続けるために守るべき秩序のことをいいます。
企業秩序は漠然とした概念ではありますが、就業規則で明確にルールを定め、マルチ商法や宗教勧誘が企業秩序にどのような影響をもたらすのかを整理していけば、会社としての対応方針はおのずと定まります。以降で詳しく紹介していきます。
2 大切なのは就業規則の「服務規律」
1)企業秩序を乱してはならないことを「服務規律」で定める
通常、企業秩序のルールは
就業規則の「服務規律(社員が守るべき基本的な行動規範)」
で定めます。社員は会社と労働契約を結んだ(雇用された)時点で、服務規律などで定めた企業秩序のルールを遵守する義務を負い、社員がこれに違反した場合、会社は就業規則の規定により懲戒処分を科すことができると解されています(最高裁第三小昭和54年10月30日判決など)。
プライベートに就業時間の服務規律が適用されるのかが気になりますが、過去に最高裁が
職場外での職務遂行に関係がない行為であっても、企業秩序に直接の関連を有するものもあり、それが規制の対象となることも許される
と判断した例があります(最高裁第一小昭和49年2月28日判決など)。つまり、プライベートでのやり取りでも、企業秩序を乱すものについては、服務規律を適用できるのです。
2)「社員としての地位を利用」がキーワード
社内とプライベートの両面で企業秩序を乱す活動を規制したい場合、就業規則に次のような規定を設けることが考えられます。
【規定例】
第○条(服務規律)
社員は、次の各号に掲げる事項を守り、服務に精励しなければならない(下記以外の号は省略)。
- 会社の許可なく、会社構内および施設において、政治活動、宗教活動、社会活動、物品の販売、勧誘活動、集会、演説、貼紙、放送、募金、署名、文書配布その他業務に関係のない活動を行わないこと(就業時間外および事業場外においても、社員としての地位を利用して、他の社員または取引先等に対して同様の活動を行わないこと)
黒字部分は、マルチ商法や宗教勧誘のうち、「就業時間中、社内(事業場内)での活動」を規制するもの、赤字部分は、「プライベート、社外(事業場外)での活動」を規制するものです。ポイントは赤字の「社員としての地位を利用して」という文言です。これは、
会社に雇用されることで生じる人間関係(上司、同僚、部下など)を利用する
という意味です。前述した通り、
社員から社員に対して行われるマルチ商法や宗教勧誘は、社内の人間からの誘いだからこそ断りにくい
という面を持っています。一部の社員がそうした断りにくさに付け込むことを防ぐというのが、この文言の趣旨です。
また、規定例では社内の人間だけでなく、社外の取引先等を相手とする活動も規制の対象としているので、例えば、外回りの社員などが自分の取引先や顧客に迷惑行為を働くような事態も防ぐことができます。
3)企業秩序を乱した場合、懲戒処分の対象とすることは可
服務規律に違反して企業秩序を乱した社員については、就業規則の懲戒事由に該当すれば、懲戒処分の対象とすることができます。
一般的な懲戒処分の内容は、次の通りです。
- 懲戒解雇:即時に解雇する。懲戒処分の中では最も重い処分となる
- 諭旨解雇:退職願の提出を勧告した上で、解雇とする
- 出勤停止:数日間、出勤することを禁じ、その間は無給とする
- 降格:役職の罷免・引き下げ、または資格等級の引き下げを行う
- 減給:一定期間、賃金支給額を減額する
- けん責:始末書を提出させ、将来を戒める
ただし、社員の違反内容に照らして重すぎる懲戒処分は認められません。例えば、マルチ商法や宗教勧誘によって社内から苦情が出たとしても、それを理由に直ちに「懲戒解雇」や「諭旨解雇」などを科すことは「重すぎる」という判断になります。
ケース・バイ・ケースですが、基本的には
1回目の違反については、原則として単なる「注意」または「けん責」処分とし、以降も改善が見られなければ、その内容に応じて処分を引き上げる
という対応になるでしょう。なお、処分を引き上げる場合は、
社員の活動内容が「法律に違反しているか否か」
が1つの判断基準になります。次章で、マルチ商法、宗教勧誘、投票依頼を例に、法律のルールと会社としての対応を紹介するので、確認していきましょう。
3 法律のルールと会社としての対応
1)マルチ商法(連鎖販売取引)
マルチ商法とは、特定商取引法で規制されている「連鎖販売取引」の通称で、
個人を販売員として勧誘し、さらにその個人に次の販売員の勧誘をさせるという形で、物品の販売などを連鎖的に拡大していく取引のこと
をいいます。「他の人を入会させるだけで紹介料がもらえるから短期間で稼げる」などと言って個人を勧誘し、一方でその個人に取引を行うための条件として金銭を負担させるといった特徴があります。
特定商取引法では、
- 勧誘の際は、「自分や事業者の名前」「勧誘を目的としていること」「商品等の種類」を相手に明示しなければならないこと
- 「商品内容、取引の利益・負担、契約解除の方法などについて嘘をつく(または隠す)」「相手を威嚇する」「公衆の出入りしない場所で勧誘や契約締結を行う」といった行為をしてはならないこと
などが定められていて、これらに違反するマルチ商法は違法になります。逆に言うと、これらに違反しなければ一応合法ですが、このあたりはマルチ商法を行う事業者が合法に運営するための体制を整えていても、販売員の熟練度などによってはトラブルが起きることもあります。
会社としては、
- 法律違反となるマルチ商法だけでなく、それに類似する取引についても、「不安に思う社員がいるかもしれないから」という理由で許可しない
- 無許可で活動を行った社員については、注意またはけん責処分にし、以降も同様の活動を繰り返すようであれば、その内容に合わせて処分を引き上げる
といった対応が考えられます。
2)宗教勧誘
宗教勧誘とは一般的に、
特定の宗教に入信している人が、無宗教の人などを入信させる目的で勧誘すること
をいいます。
日本国憲法では「信教の自由」として、個人が自分の支持する宗教を信仰する自由や、宗教活動を行う自由が保障されています。宗教勧誘も宗教活動の一環であり、それ自体は禁止されていません。一方で、宗教勧誘を受ける側の人間にも信教の自由があるため、これを抑圧して入信させることは認められません。
「入信しないことを伝えているのに、宗教勧誘をやめない」など、宗教に関する嫌がらせを「レリジャスハラスメント(レリハラ)」と呼ぶことがあります。レリハラは、法律で定義されたハラスメントではありませんが、このように他人の信教の自由を抑圧することは、
民法の不法行為(故意・過失によって他人の権利や法律上の利益を侵害する行為)
に該当する可能性があります。
会社としては、
- 就業時間中は、社員は職務に専念する義務があるので、就業時間中や事業場内における宗教勧誘は全面的に禁止する
- プライベートでの宗教勧誘は禁止しないが、社内に迷惑行為を受けた社員のための相談窓口を設置し、レリハラなどの相談があった場合は宗教勧誘をやめるように指示する
- 1.で就業時間中や事業場内において宗教勧誘を行った社員、2.で会社の指示を受けたにもかかわらず宗教勧誘をやめない社員については、注意またはけん責処分にし、以降も同様の活動を繰り返すようであれば、その内容に合わせて処分を引き上げる
といった対応が考えられます。
3)投票依頼
投票依頼とは一般的に、
選挙のタイミングで、知人などに対し特定の党、政治家への投票を依頼すること
をいいます。
投票依頼については、公職選挙法により、
- ウェブサイト上での依頼文の掲示、SNSのメッセージ機能などによる依頼は可
- 電子メール(携帯電話のショートメッセージを含む)による依頼は不可(候補者や政党からのメールを転送することも不可)
とされています。
なお、日本国憲法では「思想および良心の自由」が定められていて、誰に投票するかは本来自由であり、投票依頼に応じない相手に対してしつこく投票を迫ることなどは、場合によっては民法の不法行為(前述)に該当する可能性があります。
会社としての対応は、宗教勧誘の場合と基本的に同じです。
以上(2023年2月)
(監修 弁護士 田島直明)
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